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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

タワーマンション

作者: 玄米茶
掲載日:2025/12/19

平日の夜、カシオはラブホテル街を徘徊していた。

そういう癖がいつの間にか生じていた。

何をするわけでもなく、ただ、ラブホテル街を徘徊しながら、A子とゆかりのことをぼんやりと考えているのだった。

どちらが自分にとって大切な人なのだろうと。

本当はどちらも大切にできたらいいのだが。



そんなことを考えながら運転する車の運転席と助手席の両方の窓を全体の3分の1程度開けて、カタカナや英語表記のカラフルな文字で彩られたラブホテルのネオンに囲まれながら静かに徐行する。

そして一時停止の表示のところでパトカーも感激するぐらいにピタリと確実に停止するとアイドリングストップがかかった。

同時に地獄耳だと自負するカシオの両耳をそのラブホテル街に吹き込む外気に向かって研ぎ澄ませる。

しーんと静まりかえる窓の開いた車内。

都会らしい静寂だ。虫の声も川の流れる音も聞こえないが、地下深くまで張り巡らされているであろうインフラ機構の数々が体内を循環する血液のように忙しく動き回っているのが分かる。そんな音が聞こえてくるのだ。それは地下鉄の線路を車輪が擦れる音であるかもしれないし、どこかの不倫カップルが痕跡を消すため流した今日付けの体液が下水を流れる音かもしれない。それらが何度も繰り返されているのが分かる。環境保全とかエコだとかいう言葉が馬鹿馬鹿しくなるぐらいに。

もちろん、それを地上から目にすることはできないし、普通の人なら聞こえないような音だろうが、カシオの鼓膜には確実に振動を与えていた。







ラブホテルの目の前の一時停止線で確実に停止しているだけと見せかけて、実はその隙にラブホテルの開いている窓などから漏れ出るいやらしい音に車内から耳を澄ましているとラブホテルの従業員なら防犯カメラ越しでもお見通しなのだろう。

身長180㎝ぐらいのプロレスラーのような男と細身のめがねをかけた男性2人組が利用者専用の入り口ではない勝手口のような黒い小さな扉から白いゴミ袋を2つ持って出てきたのだが、こちらを警戒しているのが分かる。

ラブホテルのスタッフだろう。

盗聴されていないかなどを気にしているのだろうか。

おそらく、ゴミ出しはついでで、実際はカシオを観察している。

さっさとゴミ出しして戻ればいいのに、立ち止まったままチラチラとカシオの方を見てきたため、アイドリングから再度、エンジンのかかった車を発進させ、逃げるように左折した。








ラブホテル街を抜けて大通りに入るとアクセルを踏み込んだ。パトカーに追われる盗難車のように疾走し、しばらく走ると海が見えてきてアクセルを緩めた。この辺には海底にそびえ立つお城のようなラブホテルがちらほらあるが、どれも古くて汚い印象だ。看板の明かりすら灯っておらず、営業しているのかすら分からないような廃墟みたいなホテルもある。

カシオはハンドルを握る窓の開いた車内から眼球だけを動かして夜の海を眺めていた。

思えばA子とカシオの出した体液もコンドームやティッシュペーパーに受け止められ、包み込まれながら長い下水の道を潜り抜け、果ては大海原という1つの着地点に放出された。

それはカシオがA子の体内で出した約1億個もの精子が生存競争を経てたったひとつ、子宮に着床するのと同じように。

終着地点はいつも同じであとは子宮に流すか下水に流すかの違いだけだとカシオは思った。

妊娠を望まないのなら下水へ、妊娠を望むのなら子宮へ。

ところで、ゆかりの子宮へは何回出したことだろう。

子宮の奥の奥まで身体ごと目一杯出した記憶がふとよみがえる。

気持ち良かった。

しかし、今はA子に取って変わっただけの話だ。

ひたすら走らせた愛車を他の新車に乗り換えるように。それは至って普通で健全なサイクルだ。

どこか懐かしくもあり、新鮮にも感じられる夜の海風が車内の空気を循環させ、そんな風を吸い込んだカシオは、再びアクセルを踏み込んだ。







もう、あの男たちもいないだろう。

そう思ってあのラブホテル街に引き返し、また同じように停止線でアイドリングをかけ、窓越しに両耳をラブホテルへと向け、研ぎ澄ませた。

しかし、誰もいない代わりに何も聞こえなかった。

そして、A子の本音もゆかりの想いも何も聞こえてこなかった。ただ、かろうじてさっきの海風がカシオの顔面を微かに吹き抜けたような気がした。



セックスをする時は大きな喘ぎ声を出すものというのはカシオの偏見だ。またはそういう願望を抱いているとも言える。

静かなセックスだってきっとたくさんあるのだろう。

そう思って車を発進させようとした時のことだった。

ふと見上げるとラブホテルの2階部分の4つある客室のたった1つの四角い窓から人の影が揺れ動いて見えたのだ。他の客室は全部暗いのに、そこだけ人影がある。

窓は曇りガラスになっていて内部を詳細に確認することはできないが、明かりがついていて人が動いているのが黒い影のようなもので分かる。

両手を振り上げたり、前にかがんだりする大胆な動きが見て取れた。

裸の女性が台の上などに手をつき、前かがみになって立ち、背後から男性が挿入した女性の丸いお尻を手のひらでパチンパチンと叩いている光景が思い浮かんだ。

それを窓際でやっていると。

そう思いながら見ていると興奮した。

しかし、しばらくするとその部屋の明かりが突如消えた。

そのラブホテルの中で唯一明るかった部屋だ。

その部屋が何事もなかったかのように突然暗くなって死んでしまったようになった。

いや、少なくとも愛し合った後の明かりの消え方ではない。広々としたホール内で行われた最終公演のハッピーエンドに終わるミュージカルが閉幕する時のような照明の名残惜しい感じの消え方ではなかった。あっさり暗くなり、感極まる観客を出入り口まで誘導する補助灯の暖かみのようなものさえそこにはなかった。何の余韻にも浸れない。パッと喧嘩別れでもしたかのようにあっさり消えたのだ。つい数秒前までセックスしていてそんな展開になるのだろうか。

しばらく考えを巡らせたが、冷静になって、清掃の人が行為後の客室をただきれいにしていただけだと考えると少し虚しくなった。







そうして徘徊するラブホテル街も、A子と身体を重ねるときに利用するラブホテルも含め、たいていは同じ表情をしていた。

カラフルでチカチカする建物の脇にいつも横づけしているデリヘル送迎車。

カップル。夫婦。老夫婦、不倫カップル。

ゲイ、レズ、盗聴男、探偵、刑事、浮気された妻、妻の浮気相手を探る夫、パパ活。

例外なく、みんなセックスをする。または、そうした行為を捕らえようとしている。

たとえば、ただ突っ立ってるだけの男。スーツ姿でスマホ片手に電話する男。挙げればきりがない。

そしてラブホテル街を徘徊するカシオ。

他からどう見えているのだろうか。

ただの変質者か不審者だろう。




社会で言われているような文化遺産とか有形文化財とか聞こえはいいが、現地に来るのはたいてい暇を持て余した高齢者。

若者のわの字もそこには存在しない。

もし来ているとしてもそれは学校行事などによる強いられたものだ。そして書きたくもない日記やレポートを書かされる。それのどこが文化的なのだろうか。別にそれを悪いと言っているわけではない。

しかし、ラブホテル街は国から文化的価値を認められたわけでもないのに若者から高齢者まで幅広い世代にもれなく愛されていて認知されている場所だ。

そして、それは学校行事のように強いられるものではないし、むしろ皆、何かを求めて積極的にやって来る。

たとえば愛や快楽、情熱、お金、好奇心、本能など。

本来ならばそうした場所が文化的であり価値があると言えるのではないだろうか。

しかし、実際は社会の「恥部」のように扱われている。



もし、カシオがどこかの省の大臣なら、A子とよく利用するホテル仲人というラブホテルが有形文化財「ホテル仲人」になる日もそう遠くはないはずだと思った。







A子とラブホテルでセックスを重ねるごとにA子というより、女性自体が人間ではなく精巧にできたオナホールに見えてしまい、カシオからすれば自分の局部を気持ちよくさせてくれるいち道具でしかなくなっていたような気がしていた。

でも、多くの人はそれを愛とか絆とか結びつきとかいう言葉で包み隠し、偽装し、女性もそれを信じている。

カシオからすれば本当に愛が存在するならセックスなんて必要ないのではないかと思っていた。

いや、どうも愛とセックスを一緒にできないのだ。カシオの恋愛観が歪んでいるのだろうか。

きっとそうだろう。物心ついた時から愛の結晶などという言葉が嫌いなのだから。




快楽が愛ではなくエゴだとして、愛が犠牲を伴った無償のものだとしたら。

いくら相手のことが大切だと口にしても、そこにセックスという快楽を訴求している時点で所詮は自分にとっての脳内報酬を求めているだけに過ぎないと感じてしまい、それこそがまさにエゴではないかと思ってしまう。

愛とは本来そんな生々しいものではなく、もっと清らかで見返りを求めないものでなければ愛とは呼べないとカシオは考えていた。

むしろ、自分に苦痛が伴ってでも相手のために尽くしたいと思えるのが愛ではないかと思っていた。

そう考えると自分に苦痛が伴ってでも尽くしたい相手なんて存在しなかった。でも、自分を犠牲にしてまでカシオに尽くしてくれる女性が欲しいとは感じていた。

結局は自分がかわいいのかもしれない。

そして、そう思いながらラブホテルを出入りし、毎回、ベッドで射精して気持ちよくなる僕をゆかりやA子はどう感じているのだろうかと考えていた。







その日のホテル仲人の受付にも見えないおばさんは座っていた。

こういうところで働く人は少し訳ありな人が多いというイメージがあるが、カシオならむしろ好奇心で一緒に働いてみたいと考えていた。

そこに座っているだけでいろんな男女がやって来るのだから。

部屋の清掃(汚物処理など)はともかく、受付は楽しそうだ。

受付の横にある部屋のパネルはほとんどが埋まっており、その数だけ男女がヤっていると思うとやはり特殊な場所なんだと思った。







A子とエレベーターに乗り込む。

扉が閉まったと同時に抱きしめる。

照れながら笑うA子。

1ヶ月ぶりのデートだ。

扉が開き、部屋の前まで向かっていると女性従業員が早歩きで横を通り過ぎた。全身、黒ずくめで目立たない格好をしているのだが、こちらをちらっと一瞬気にしたのが直感的に分かった。

しかし、部屋に入り、ドアを閉めるとその瞬間にカシオとA子だけのプライベート空間となった。少しほっとした。

まるでホーム中に反響する新幹線の発車ベルの音が扉が閉まると同時に小さくなってミュートされていくように。




メイクされた白いベッドまで行き、また抱きしめた。


「会えると思ってなかった」

A子がそんなことを言った。

カシオとA子の関係は脆く儚いものだとA子自身も分かっていたのかと思っていたが、A子は「もう二度と会えないと思ってた」とさっき言った言葉に「二度と」をつけ加えて言い直した。



「どういうこと?」

二度と会えないとはいくらなんでも大袈裟過ぎる気がする。

二人の関係が儚く脆いものだとしても会うたびに今後は二度と会えないなどとはふつう思わないだろう。

どうしてそんなこと言うのか尋ねるとA子は「DM」とだけ言った。





「DMですごく言ってきて言い合いになったでしょ?」

カシオには全く思い当たるものがなかった。

そもそもA子にそんなDMをしたことがない。

それにA子がどんなSNSを使っているのかすら知らない。





「DMなんてしてないよ」

そう言うとA子はすぐに「なりすましだったのかも」と言った。

どうやらカシオになりすました人間がA子に喧嘩を仕掛けるようなDMをしたというのだ。

そしてA子はカシオだとばかり思いレスをし、その中で激しく言い争ったそうなのだ。

そして、その言い合いがきっかけでA子はカシオに二度と会えないと勘違いしていたようだったのだ。




カシオになりすますような人間なんているのだろうか?

カシオが有名人ならともかく。






カシオはふと考えた。

僕になりすまして得をする人間。

つまり、A子の機嫌を損ねて得をする人間。

つまりは、僕とA子との関係を引き裂こうとしている人間。





「ゆかり」の3文字が一瞬、頭をよぎったが、わざわざそんなことをするほど執着しているとも思えなかったし、現実味が湧かなかった。

それにゆかりも暇ではないだろう。



そして、そんなことを考えていると、カシオは何だか申し訳ない気持ちになって、慰めるようにA子の頭を優しく撫でた。

本当に子猫を撫でているかのようだ。

全体的に小柄で丸くて柔らかい。






カシオの推理はA子の思う壺だと財原美賀子の部下である愛美は思った。

ここはラブホテル仲人の管理人室。

大量に仕入れたコンドームの入った段ボール箱が床の上に1つ、フードの夏フェア用メニュー写真が複数枚机の上に散らばっている。

そしてホテルの出入り口を示す防犯カメラ映像が記録されてはまた記録されていく。

刑事に求められたらいつでも開示するつもりだ。

そして実は各客室の内部を映した映像も画面表示を切り替えれば観ることができる。(これは刑事も知らない。バレたらやばい)

仲人では防犯対策のため、やむを得ず客室内にも防犯カメラを設置することにしたのだ。

もちろん、それを公にはしておらず、カメラ自体も超小型のものなのでまず気づかれないだろう。

そういう説明をオーナーからは受けているが、今まで撮ってきた膨大なセックス映像がどんな形で用いられているのかは不明だ。それに進んで観ることもない。罪悪感も伴う。

オーナーが趣味で観ているのか、販売されているのかも分からない。

少なくとも防犯対策として実際に役に立ったことはあまりないと思う。

だから普段は客室内の映像はモニターに映さず、(データとして記録はされているのだろうが)ホテルの出入り口を示す映像だけを監視している。むしろそれがふつうだ。

しかし、部下である愛美は私のいない隙を狙い、勝手に画面を切り替え、他人のセックスを間近で鑑賞していた。そういう時は注意するのだが、あんまりきつく言って辞められても困るのであまり踏み込んだことはできなかった。

この業界はただでさえ人手不足だから。





「前の時は手を繋ぎながら入って行ってたのにね」


愛美はどうもこの手を繋ぎながら仲人にやって来るカップルのファンらしい。

歳が近い感じだし、親近感が湧くのだろうか。

この前、来た時はずっとこの二人のセックスを最初から最後までモニター越しに釘付けになっていた。まるでサッカーの試合を観戦するかのように。

私はその間はいつも備品の整理をしながら知らんふりをして早く終わらないかと思っていた。

そしてやっと二人がホテルを出ると、愛美が元気よくその客室の清掃に行き、それを済ませた後、ティッシュに包まれた精液入りのコンドームを嬉しそうに今日のお土産に持ち帰るって言いながら戻ってきたこともあった。



当初、この二人(カシオとA子)が恋人繋ぎをしながら何度かホテルに入る映像が愛美の記憶にあったためか、なぜ今回は手を繋いでなかったのか不思議に思ったそうだ。




「でも、そういうことね。彼女、彼の愛を確かめたいんだ」

愛美がにやにやしながら私に言う。

私はこの日もコンドームの発注をしていた。夏場はすぐに在庫が底をつく。そして、愛美はその横で足を組みながらパイプ椅子に座っていた。





「客室の清掃は終わったの?」

発注書に「財原実賀子」と書き終えた後で私は呆れたように言った。




二人が裸で抱擁を交わしているベッドの音声付き映像が管理人室にリアルタイムに流れているままだ。ビートを刻むようにあんあんと。内心、やめてほしいと思っている私のことなどお構い無く、ニコニコしながら愛美が続けた。




「彼女のDMの話は嘘で、彼になりすました架空の人間、、、、彼とA子の仲を阻むような共通の敵を作ることでこの恋を燃え上がらせようと彼女は考えているんだと思う」



ここで一呼吸置くように私の方を見ながらドヤ顔する愛美の推理に多分、揺らぎはないのだろう。



「彼からしたら身に覚えのないことを彼女から言われたら気になるでしょ?そしてそれがなりすましだったらそのなりすました人間に対して腹が立つでしょう?

彼女のことが好きならなおさら」



さらに愛美が続ける。



「彼女はたぶん架空のなりすました人間に対して彼がどれだけ怒りをあらわにしてくれるかを試しているのかも。だって、それがそのまま彼女自身への愛のバロメーターになるから」





「なんでそこまで分かるの?」




そう言うと愛美は突然、険しい顔になった。

そして、こう言った。



「ようは浮気相手だから愛情を確かめにくいんでしょ。だからそんなまわりくどいことで確かめなきゃ不安になってしまう」




愛美が流暢に英語を話すように憶測を展開するのを私は聞き流していたが、「浮気」というワードが耳の中に入り込んだ時、このカップルは浮気なのかと初めて興味が湧いた。しかし、愛美は「女の勘ですよ」とだけ言って、それ以上何も語らず、管理人室から足早に出て行った。

そして、激しく腰を振る男とただ股を開く女の二重奏のような音色が管理人室に未だ響いていた。












偽装ラブホテルという言葉をインターネットで初めて知った。

届け出上はふつうのビジネスホテルなのだが、実体はラブホテルなのだという。

そう言えばビジホかラブホがよく分からないようなホテルが都心で増えているなとは思っていたが

そういうことだったのか。

休憩の料金とかは書いていないが、ビジネスホテルにしてはいやらしい雰囲気が漂っていて、でも、鈍感なおっちゃんサラリーマンならうっかり出張で泊まってしまいそうな、そんなホテルだ。そんなホテルにA子と行った。




その日もまたA子と逢瀬を重ねていた。

前のデートから5日しか空けてないから前の続きをするような感覚だった。前に注入した精子がそろそろ死滅する頃だろうから新しい精子を送り込んでやらなければ。

いつも行くラブホテルだと足がつくかもしれないから気分転換も兼ねてここのホテルに入ろうとA子が直接言ってきたわけではないが、多分、そういう趣旨でここのホテルにしたのだと思う。

縦長で、都心のデザイナーズマンションを思わせるシックな装いだ。ここはビジネスホテルなのだろう。不倫にはもってこいだ。

そして、エントランスを抜けるとホテルの女性スタッフがカウンター越しに仕事をしていた。

カシオとA子がカウンター前に来るとその若い女性従業員はにっこりと微笑んだ。

それで少し気恥ずかしくなった。

セックスすることを悟られているかもしれない。

デイユースで料金はラブホテルの休憩と同じぐらい。

手続きを済ませ、カードキーをもらい、逃げるようにエレベーターで部屋のある階までA子と向かった。





「ここだね」とA子が言ってドアを開けた。

室内は狭いが、清潔感があり、置いてある寝具やデスク類などが黒を基調としたものとなっており、高級感が感じられ窮屈に思わない。

それにシャワーはセパレートで広々としている。

全体的にモダンな印象で、築年数も浅いわりには、低価格で良心的だ。




しかし、壁はラブホテルのように頑丈な感じはせず、ビジネスホテルらしい反響があった。

それに隣のゴソゴソとした物音が微かに聞こえ、ここでエッチすると思うとそれはそれで興奮した。初のビジホセックスだ。





しかし、コンドームが1つ置いてあったことからここはビジネスホテルではなくラブホテルなのだろうと悟った。にしてもここがラブホテルだとして受付の人があんな堂々と客と対面するラブホテルは初めてだ。新しいスタイルなのだろうか。ふつうはお互いの顔が見られないようになっていると思うのだが。

不思議な感じがしつつも、前戯を最後に残した単純な仕事を片づけるかのようにあっさり済ませ、すみやかに挿入した。早く挿入したかった。そして気持ちよくなりたかった。

相手が感じていようが感じてなかろうがどうでもいい。ただひたすら腰を振り、自分さえ気持ちよくなれればそれでいいと思っていた。

女なんて所詮、男の性処理のための道具だ。

A子だって量産されたムーブメントの1つに過ぎない。

そんないけないことをたまに思うことがカシオにはあった。そしてそれは自分が不機嫌な時に生じるものだった。

でも、今日のA子はカシオを不機嫌にさせることはなかった。

従順に股を開き、忠実に鳴き、正統に精子を絞り取った。

1時間半で2回も。

ゴミ箱行きのティッシュにくるまれた精液まみれのコンドームが2つもこの部屋にはある。

とても征服感を味わえた。

犯して犯して犯しまくった満足感に包まれた。

そして、少し精液の匂いが充満している室内がいい感じの煮込み料理が出来上がったみたいで嬉しかった。





「2回もしたの初めて」

とA子が興奮したように言う。

そして、カシオが持参した0.03㎜のオカモト製コンドームの箱を見たのも初めてらしい。







コンドームの着け方ひとつとってもゆかりとA子では違うとそのコンドームのパッケージを見ながら思った。

ゆかりは手品師のように気がつけばコンドームを僕の亀頭に被せていてあとは口でそれをくわえながら根元までするりと下ろしていた。

対して、A子はまずコンドームの袋を慎重に開け、それを取り出すとそのゴム部分に向かって息を吹きかける。そして、注意深く、僕の亀頭に乗せるのだが、3回に1回は反対になっていてゴムが下りなかった。そうした時はいつも恥ずかしそうに「あっ、反対だね」とか「ごめん」とか言ってやり直していた。






その一方で、A子とのセックスは回数を重ねるごとに気持ちよくなり一体感も増していた。

射精直前はベッドが大きく揺れるぐらいに激しく腰を振り、A子の身体とカシオの身体がぴたりと隙間一つなくハマっているのが分かる。それ自体が一つの生き物になっているかのようだ。それぐらい密着している。そして、そのまま二人の身体はシーツの上で大きく揺れ、射精時には声帯以外の器官から大きな声が出るような感じがして同時に意識が遠のいていくのが分かった。

そして完全に意識が遠のいた後は自分がどんな声を出していてどんな格好になっていて、相手はどんな表情で受け止めているのかすら分からない無茶苦茶な状態になっていた。

頭が真っ白になっていた。

それがおそらく2~3秒あって、その後に自分の固い陰茎がドクドク収縮しているのが感じ取れ、やがてそれも収まり、最後の1滴まで漏らさずA子の中で出し切ろうという思いを持ちながら、全部奥の方に突っ込んで出し切った後、果てた性器をゆっくり抜き出していた。

ほとんど本能によって操られている感覚だ。

そして、最後にはいつも精液に包まれたコンドームをA子がゆっくり外してくれた。

その外し方さえ、ゆかりの方がスムーズだった気がする。





行為が終わった後、A子が脱ぎ捨てた下着や洋服を着る時にA子の裸の身体をベッドから眺めているのだが、お腹にはぜい肉が少し付いており、脚もすらりと長くなく、ゆかりとは真逆だ。

A子は甘いものが大好きで、ゆかりはジムの話ばかりするのもこの結果として表れているのだろうか。



スタイルで言ったらゆかりの方がいいし、毎回気持ちよくセックスするという上での安定感もゆかりの方が上回っている。






でも、ゆかりは完璧すぎるのかもしれない。

だから、いずれ刺激が足りなくなり飽きてしまう。

対して、A子はまだまだ不完全だから会うたびに新しい発見があるし、A子が成長するのを見るのも楽しい。毎回、刺激的なのだ。

そして、足りない部分、欠点さえも愛しく感じられる。不思議なことなのだが。








そう言えば、父が「ドイツ車は完璧すぎる」と言っていたのはまさにドイツ車の唯一の欠点であったのだろう。

完璧すぎることが欠点になる。

ドイツ車に乗り続けてきた父が言ったその一言が恋愛にも当てはまる気がしていた。




きっと、恥じらいや刺激や初々しさは不完全なものから滲み出るのだろう。

カシオはそうした不完全なものから滲み出る蜜を欲していたのかもしれない。





「ドイツ車は完璧すぎる」







カシオは決して不完全なものを欲していたわけではない。

ただ、足りない部分も補い合えるような相手がそばにいてほしかった。






















































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