44. エピローグ3
翌日。
辰上邸の客間にて。
「確かにいつでも来て良いとは言ったけど、もう来る?」
夜巳は漆紀の来訪に驚きを隠せなかった。いつも一緒であろう彩那が付いて来ていない事も意外であった。
「夜巳さん……いや、姉ちゃんに色々話したくてな。あの後、大して話さず解散しちまったし」
「そうね、用が済んだから速やかに帰っちゃったわね」
夜巳は紅茶を一口飲み、ティーカップをテーブルのコースターに置く。
「復讐は済んだはずよ、漆紀。それにしては心にまだまだ曇りがありそうね」
「俺は父さんを殺した宮田をようやく殺った。これで一区切りついたはずなんだ。だけどあのブラッド……あいつの存在でスッキリしねえ。竜理教絡みでヤツはまた出てくるのか?」
「表情が曇っているわね。ブラッドについては忘れなさい。深く考えてもアレはどうしようもないわよ。忘れるのが一番。それより、その曇った顔、本来の相談は竜理教のことでしょう?」
「ああ」
漆紀はソファーに腰掛け、静かに語り始める。
「日本に居付いている竜理教を潰す。福井県の竜理教はあれでガタガタになるだろうよ。でもこれじゃまだまだだ。竜理教を潰すにはまだ足りない」
「そうね。竜理教は大きな宗教団体よ。アジア全域に広がっている宗教組織だからね」
「手っ取り早いのは、竜理市にある本部を潰す事だろうが……本部に攻め入るには、まだ準備が足りない」
竜理教の本部は奈良県竜理市にある。漆紀も竜理教の本部の場所程度はネットで調べて知っている。
「準備ね……竜を仕留めるのに最初から頭を狙う必要はないわ。もっと足や手から切り崩していかないとね」
「ああ……福井県の竜理教は司教の死亡でしばらく崩れるはずだ」
「竜理教の大きな拠点の一つだものね、福井県は。それで、次はどうするのか決めているのかしら漆紀」
漆紀は静かに首を横に振り、項垂れて視線を床に落とす。
「まだ決めてない。でも、会長と話して今後の作戦を決めようとは思う」
「あの会長、頼りになる?」
「実力は信用出来る。囮役はしっかりやってくれたしな」
漆紀はどうやって輝雷刀が囮役をやりきったのか全く想像がつかなかったが、輝雷刀が実際に囮をやりきったのは事実であった。事実ほど信用にたるものはない。
「だからまあ、会長に関しては……」
漆紀が話している途中、部屋に金髪サイドテールの乱入者が現れた。
「にーさま! 来てたのか! ククク、今夜は眠れなさそうだな。ではいただきまっす!」
乱入者は夜巳の妹にして漆紀の従妹である女子中学生・辰上天音であった。
「おい初手で噛み付こうとするな天音! 会うなり吸血しようとしてくんじゃねえ!」
漆紀はソファーから立ち上がって乱入してきた天音を回避する。
「逃げてくれるなよにーさま。吸血鬼にとって、血を吸うのは挨拶みたいなもの!」
「えぇ!? そうなのか夜巳さん!」
「嘘よ」
「オイ天音ぇ!」
「貰ったぁ!」
隙を見るなり漆紀の首筋に歯を立て、天音は漆紀の血を吸血し始める。
「放せ! もう充分吸っただろおい! 俺は赤十字社じゃねえんだぞ!」
漆紀の首から歯を離すと天音は不貞腐れる。
「んん~、にーさまのいけず。にーさま、遊んでくれないの?」
「わかったわかった。夜巳さん、竜理教の話はあとでしよう」
漆紀は夜巳にそう言ってもう一度ソファーに座ると、天音は楽しそうに笑みながら漆紀の膝に座る。
「おい距離近くないか天音」
「にーさま、今日は泊まりか? 泊まりだろう? 泊まりと言ってくれ」
圧が強い、と漆紀は思う。夜巳の方を伺うと、夜巳は紅茶の入ったティーカップを片手に静かに漆紀へ向かって頷く。
「わかったわかった。今日は泊まりな、お前の遊びに付き合ってやるよ天音」
「本当? ククク、にーさま。そうと来たら我が部屋に今すぐ来るのだ!」
天音は漆紀の膝から降りるなり彼の手を取って部屋へと誘導し始める。
「おいおい、気が早いっての!」
「いいから、こっちこっち。にーさま!」
漆紀と天音のやりとりを見て、とても和やかな気分と気持ちになった夜巳は、仄かに微笑みながら紅茶をまた一口飲んだ。




