35. 倒れぬ醍醐
竜院の壁をぶち抜いた屋外の野にて、夜巳は醍醐と相対していた。
夜空には三日月が浮かんでおり、雲がかかり朧げな様相で月明かりを地上に射していた。
「辰上夜巳……あなたには私と戦う理由はないでしょう。妹を既に取り戻したあなたには、私と戦う理由など皆無。それなのになぜ……」
「面白い事を聞くわね。弟の大事な人を助けるためなら、姉である私が協力するのは当然でしょう? 私はお姉ちゃんなのよ」
「弟? あなたに弟などいないはず……」
「正確には漆紀は従弟だけど、私はお姉ちゃんよ。私が弟の為にあなたと戦う。それで充分でしょう?」
「馬鹿な……あなたでは私に勝てない」
「醍醐、一つ言っておくわ。姉を舐めない事ね」
夜巳は固有魔法・理論武装を唱えて体を強化すると、一つのことわざを呟く。
「光陰矢の如し」
そう呟いた瞬間、夜巳の体は青く光ると共に加速し、光のような速さで醍醐へと突っ込んでいく。ことわざ、光陰矢の如しは理論武装においては高速移動を可能にする呪文である。
突っ込むなり夜巳は文字通り鉄拳と化した両拳を醍醐へ向けて何度も何度も素早く振るうが、それらはすべて醍醐の前にある半透明の翼によって止められる。
「無駄です。このケツァルコアトルスの翼の守りを突破することなど」
(なら角度を変えればいいのだわ!)
光陰矢の如しを再び発動し、醍醐の背後に高速で回り込むと連続で鉄拳を叩き込むが。
「背後ならば無防備だと思いましたか? そちらもケツァルコアトルスの体が守っている。私に死角はない」
「なら!」
光陰矢の如しの応用で夜巳は醍醐の頭上真上へと飛び上がる。青い残像と軌道を残してその飛び上がる様はさながら打ち上げ花火のようであった。
そして飛び上がった瞬間、再び光陰矢の如しによる高速移動で醍醐の頭目掛けて夜巳は急接近する。今度はさながら流星のような軌跡を描いていた。
「そう来るか! ケツァルコアトルス!」
半透明のケツァルコアトルスは姿勢を変えて醍醐の頭上を守るように動くが。
「遅い!」
ケツァルコアトルスの動きより速く、夜巳が醍醐の頭へと辿り着き、その脳天に鉄拳をぶち当てた。
「うぐあぁぁ!」
落下の勢いも乗っている夜巳の鉄拳が当たり、醍醐は頭から大きく血を流してその場に倒れる。たった一撃だが、醍醐は虫の息であり両手で頭を押さえていた。
「呆気ないものね。これが司教の実力? 守りは確かに固かったけど、攻撃手段はないように見えたわね。さて、世理架さんとやらを返して貰うわよ」
夜巳が踵を返して、ぶち抜けた壁の方へと向かって歩き出すと、醍醐は哂う。
「私がこれでノックダウンだと思っているのか」
醍醐はゆっくりと立ち上がり、夜巳の方をじっと見て哂い続ける。
「なに? 傷が……血が止まったというの?」
醍醐の頭からの出血が止まっていた。毒々しくドクドクと流れていた血は止まり、醍醐はふら付くことなくしっかりとその両脚で立っている。確固たる自分の意思で。
「ありえない。醍醐、あなたはただの人間のはず。傷が治ることなんて」
「人には誰しも秘密がある。私にも秘密があるのだよ、辰上のご令嬢」
「そうね。私にも秘密はあるしね……なら続きと行きましょう」
夜巳は身を翻して醍醐の方を向くと、再び一歩前へと歩き出した。




