2.ようこそ学徒会へ
小太郎が帰宅する頃には、既に陽が暮れていた。
家に帰ると重苦しい空気感に小太郎はうんざりしていた。その原因は明確である、父・半太郎が烏丸蒼白の爆弾によって爆死したからだ。
「小太郎、ちょっとこっちに」
「なんですかな母御殿」
帰って家に入るなり、小太郎の母が小太郎を手招きした。小太郎は母に付いて行き、家の裏にある倉庫へと入って行く。倉庫の奥の重々しい箱を母が無言で開ける。
「急にどうしたのですかな、倉庫になど……」
「半太郎は死んだ。だから、あなたにこれを任せたい」
母は箱の中から一振りの小太刀を取り出した。
「母御殿、これは一体……」
「封魔の小太刀。これは魔法を斬り、打ち消す力を持つ。古く、この刀を打った者には、そういった力を与える事が出来たらしい……半太郎はこれで何人もの魔法使いを葬って来た。でも私は……葬る以外の道もあったんじゃないのかと思ってる。小太郎、使い方はあなたの好きにしなさい」
小太郎は小太刀を受け取ると、鞘から少しだけ刀身を出す。
刀身自体は至って普通の小太刀そのもの。しかし母の言葉通りなら、この小太刀には魔法を打ち消す力があるという。
「なるほど。それを拙者に託す理由は?」
「寧音にはまだ早い。だから次は小太郎……それに、魔法使いを葬る以外の使い方が見てみたい。あんたは友達の魔法使いを殺したくないと言った。だからよ」
「……わかったでござる。親父殿とは違う使い方を見てみたいのでござるな?」
小太郎の母は静かに頷き、小太郎は母の想いを肝に銘じる。
「ではありがたく、使わせて貰うでござる。友のために……」
七月上旬。
漆紀、彩那、小太郎は学徒会の寮へとやって来ていた。
「会長から部屋はこの通り手配されてる。その紙を読んどけ、ここのルールだ。それと、会長が後で会長室に来るよう呼んでたからな」
寮長の学徒が漆紀に寮のしおりと部屋の鍵を渡して一通りの説明を終える。
「じゃあ、失礼する」
寮長はそそくさと去って行き、漆紀達は各々寮の部屋へと向かう。
「小太郎、彩那。何階の部屋だ?」
「私は三階の二十五号室」
「拙者は二階の十八号室でござる。漆紀殿は?」
「俺は五階の七号室だな。結構バラバラに分けられたな。てかこの寮何階建てだ?」
「学徒会の寮棟は団地のようにいくつも立ち並んでおりますが、皆等しく五階建てですな」
部屋番号と階数を確認すると、漆紀達は各々別れて部屋へと入っていた。
漆紀が部屋に入ると、既に部屋には着替えや調理器具を梱包した段ボールが部屋に置かれていた。
「ちゃんと荷物は届いてるな。新生活か……学徒会、竜理教の一掃」
漆紀はこれから学徒会に所属してやるべきことを再確認する。ふと、ポケットに入れたガラケーがブルブルと振動する。
夜露死苦隊・萩原組、佐渡、そして学校での爆発で漆紀は高価な電子機器を持ち歩かないようにしようと決めた。スマートフォンと比べ、ガラケーは安価であり失っても出費は大きくない。戦闘を想定すると携行するのはガラケーの方が失った時に手痛くないと考えたのだ。
「連絡か……小太郎? あいつ部屋ついてからメッセージ打つの早すぎだろ」
小太郎からの連絡だった。文面を読むと、どうやら会長室へ行く時間を合わせようとの事だった。
「準備が出来次第、順次会長室へ行く。小太郎は来ない方が円滑に話が進むぞっと」
漆紀は小太郎へと返信するとガラケーをポケットに突っ込み、欠伸と共に背伸びをする。
「荷物は後からでいいか。よし、とっとと出よう」
漆紀は部屋を後にすると、そそくさと学徒会本部の会長室へと向かった。
寮から歩くこと十分ほどで学徒会本部に着き、本部の建物の八階まで登り会長室へと入る。
「やあ、待ってたよ漆紀君。お連れの人達は後から来るのかな?」
短髪に眼鏡の面構えの第三十一代学徒会会長・神代輝雷刀は席に着いて穏やかな様子で漆紀に問うた。
「ああ。準備でき次第順次ここに来るってことにしたんだ。会長さん、今回はかなり込み入った話をするって感じがするんだけど」
「そうだね。だから君達が揃ってから話をしたい。それと……今夜またこの部屋に来て欲しい。僕の集めた能力者の仲間を紹介したい」
輝雷刀の言葉の通りならば、彼の集めた特異な力を持つ人物を会えるのだろう。少し期待をしつつ、漆紀は彩那が来るまで会長室で待った。
二十分ほどして彩那が会長室へとやって来た。
「お邪魔しまーす」
彩那に対して会長が軽く会釈をする。前回、会長室で輝雷刀と話した時に小太郎はいなかったので、今回連れて来ると混乱が生じると判断して漆紀は小太郎を呼ばなかった。
「ようやく来たね。ようこそ学徒会へ、歓迎しよう。本題だけど、今日呼んだのは他でもない竜理教の件だよ」
輝雷刀は学徒会のことを話題に出し、漆紀と彩那は「来たか」と言わんばかりに頷いて唾を飲み込む。
「竜理教を一掃する理由については反社勢力だからとしか言ってないが、これにはまだ深い理由がある。それを話しておこうと思ってね」
「竜理教一掃の理由ですか?」
彩那が首を傾げると、輝雷刀は「うん」と肯定する。
「歴史の話になるが……学徒会は戦後間もない学生運動が組織化され、学校組織として統一されて全国に拠点を広げた。学徒会は学校でもあり、若人の将来を支援する組織でもある。そんな学徒会だが、九十年代辺りの動きが問題だった」
九十年代というと、新世紀に向かう漠然とした不安によりカルト宗教が横行した時代である。竜理教が最大手だが、それ以外にもいくつものカルト宗教が日本国内で乱立したカルト全盛期。
それは社会の授業で漆紀も彩那も学んでいる。
「九十年代、第21代会長が大きな方針転換をした。若者達の新世紀に向けた不景気と政情不安、漠然とした人々の不安……それらを治めるには人の心に訴える強い力が要ると判断した。それが竜理教だった」
「竜理教を利用しようとしたのか」
「そう。しかし、竜理教を推奨するという大胆な施策には反発もあった。21代会長は反発する人達に暗殺された。だがその死を竜理教の連中は利用し、ますますカルトの結束は強まって21代目は神格化された。次の22代会長も竜理教を利用する施策を押し進めた。これも暗殺されかけたが失敗……22代目は学徒会に竜理教を根付けることに成功した。でも、この施策は後に失敗だったとわかる。どこまでいってもカルト宗教なんだからね」
「金回りの問題ですかね?」
「竜蛇さん、その通りだよ。あれは学徒会の金、あれは竜理教の金、その辺の問題がややこしくなるし、どこまでが竜理教の裁量とか、学徒達が想定以上に竜理教信者になってしまったり、やはり問題が起こった。これは新世紀を迎えてからも続いたため、学徒会は危険を感じて竜理教を拒み始めた。2006年ぐらいから学徒会での竜理教の動きは鈍くなり衰退していった。とはいえ今に至っても学徒会にはかつて根付いた竜理教の根が残っている」
学徒会に巣食った竜理教。世紀末の不安を治めるために竜理教を利用しようとしたが、それが失敗し学徒会は竜理教との不和が起こった。
「さて、そうした経緯で学徒会は竜理教と切っても切れぬ嫌な縁がある」
「なるほど。なら俺達はそれを断ち切りゃ良いんだな会長」
漆紀は軽快な口調で問うと、輝雷刀は「その通り」と肯定する。
「でもそれ、学徒会がやらかした尻ぬぐいじゃないですか」
「過去の清算と言って欲しいね。何にせよ、これが竜理教を一掃する目的の一つだよ。これから僕の意思で動いてもらう事になるから、これは話しておかないと不誠実だと思ったから話したんだ」
「昼の間に話したかったのは今の話だけだよ。君達にやってもらいたい具体的な事は夜にもう一度集まって貰う時に話すよ」
「呼び出しといてそれだけかよ会長」
「まあね。会長特権って事で許してくれ。短いが大事な話だったからね」
「会長さんのお仲間との顔合わせも昼で良かったのでは」
「いや、皆色々やってるから夜じゃないと一堂に会する事は出来ない」
輝雷刀の話した色々の大半は竜理教一掃に繋がる事だろう。輝雷刀の命で彼の仲間達はそれぞれ何かしている事だろう。
「了解だ。なら夜まで暇つぶしするか……今のところ話が終わりなら俺達は適当に学徒会を歩かせて貰うぜ会長。行こう、彩那」
「それもそうですね。では会長さん、また夜に会いましょう」
「すまないね。ではまた夜に会おう」
輝雷刀と一旦の別れを告げて漆紀と彩那は学徒会本部を出る。漆紀達は学徒会の街へと繰り出し、散策する。
「さてと、昼飯と夕飯どうすっかな……今日ぐらいは外食でもするか?」
「まあ良いんじゃないですかね。会長さんからの話は終えましたし……キモオタさん呼びますか?」
「小太郎置いてけぼりでメシ食ったらなんか悪いよな。呼ばなきゃな」
漆紀は小太郎に連絡し、食事に誘う事にした。