9.罠
その扉には何か赤い液体で魔法陣が書き込まれていて、見たこともない文字が書かれていた。
「なにこれ……」
彩那はその扉の異常さに目を見開き後ずさりするが、夜巳は「まったく」と呆れ声で反応を見せる。
「まーた鼻血か爪の根元の皮を弄って出た血で書き込んだわね、まったく……あとで使用人に扉を掃除させるわ。とりあえず私がまずノックしてみるから」
そう言って夜巳は扉をノックする。
「天音、私よ。今日はちょっと会わせたい人がいるの。入って良い?」
夜巳の言葉に一切の反応はなかった。部屋の中からは機械音が聞こえるばかりだ。
「ダメみたい。じゃあ、今度は漆紀がやってみて」
夜巳が場所を空けると、漆紀がドアの前に立ってノックしながら、自己紹介をする。
「俺は辰上漆紀だ。天音、お前の従兄が会いに来たぞー」
しかしこれにも反応はなし。漆紀は埒が明かないと思いドアノブを回してドアを開けようとする。鍵がかかっているかと思いきや、一切の施錠はなくいとも簡単に開く。
「え?」
呆気なく開いた事に驚く漆紀だが、部屋の中を見た瞬間に漆紀は目を点にする。
「誰も……いない?」
そう、部屋の中には天音と思わしき人物はおらず、無人だった。
「どういう……うわっ!?」
漆紀の首に痛みが走る。後ろを振り返ると、夜巳が注射器を持っていた。彼女の様子を見るに、漆紀の首に注射を打ったのだろう。中身は一体何なのか、そんな事は問題ではない。
これは明らかに敵意のある行為であるというのが問題だ。
「竜王様に何を……うぐっ!」
彩那の背後に迫った夜野田が彩那の首にも注射を打ち込む。彩那は思わずその場で膝を着いてしまう。
「これは……眠らせるヤツですか……ぐっ……」
彩那はその場で倒れ、意識を失ってしまう。
「なんでだ……夜巳さん…………ッ!」
「これだけはお願い、私を……お姉ちゃんを信じて」
「わけ、わかんねえよ……」
激しい眠気を気力で押さえようとする漆紀だが、遂には勝てずにその場で倒れて意識を失った。
新南部世理架は手紙に呼ばれて都内のとある喫茶店へとやって来ていた。
理由はただ一つ。かつて世理架の心の支えであった竜理教の高位の信者・醍醐を名乗る者からの手紙であったからだ。
醍醐。その者は、かつて世理架の竜王としての役割を支え続けた者だが、ある日を境に去ってしまった者でもある。
(どうせ罠だろうが、万が一醍醐なら……いや、ありえないか。醍醐は定命の者、とっくに死んでいてもおかしくない。だが……醍醐ならば、会いたい。会ってみたい)
そう考えながら手紙で指定された時間まで喫茶店内で待っていると、喫茶店の厨房の方から一人の男がやって来る。
男は帽子を深く被っており、世理架の前まで来ると帽子を脱いで顔を見せる。
「あっ……あぁ、お前……お前っ、醍醐……っ!」
世理架は忘れもしなかった。整った顔立ちで美男と呼べる好青年の顔を、醍醐の顔を。
「お久しぶりです、竜王様……お会いしたく思っておりました」
声は昔と違い渋みのある声になっていたが、世理架は見間違い様がない。明らかに世理架の知っている醍醐であった。
「ああ、お会いしたかった」
醍醐は世理架を強く抱きしめた。世理架も醍醐に対しては心を許せるので、拒む理由はない。
「どうして、どうしてお前は、わたくしの元を離れたのだ……醍醐っ」
「竜王様……」
「うぐっ!」
世理架は首に鋭い痛みを感じた。何かを刺されたような、そんな痛みだ。
「な、何をっ……」
世理架は急激な眠気に襲われ、起きていられなくなっていく。
「ようやくです。あなたを迎える事が出来る……竜王様、手荒な真似をして申し訳ありません」
すると喫茶店内の客や従業員全員が世理架の方を見て、どこか安堵の表情を浮かべる。
「客も従業員もグルか……醍醐……だい、ご……」
起きていられず、世理架はそのまま眠ってしまう。
「よし、竜王様はお眠りになった。皆、今すぐに福井へ……竜国へとお連れするぞ!」
醍醐の声を皮切りに、客と従業員改め竜理教の信者たちは世理架の移送準備に入った。




