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影猫の魔法

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 朱に交われば赤くなる。

 状況によって、人はいくらでも変わることをあらわしたことわざだねえ。

 何が許され、歓迎されるのか。命は常にそれを考えている。自分の生存に直結する事項だから。

 いくら自分を貫く孤高タイプだったとしても命あるいは、それに準ずる大事なものが失われるともなれば、動くだろう。赤くなりきらなくても、叩かれはしないくらいの橙色にはなるんじゃないかなあ。

 そうなるとだよ。我々が魔法を使えないのは、ずばり魔法が当たり前の環境にいないからだ、と僕は思う。


 ――な、なんだよ、いきなりかわいそうな人を見る目になって……魔法のたぐいにあこがれたことが、これまでの人生において、ひとっかけらもございません、なんていう気かあんたはぁ! 

 あんなことができたらいいな、と思ったことは!? こいつ、ぜったいひどい目に遭わせてやる、遭ってくんねえかなとかは!? まったくないとか言い出すやつぁ、僕ちん信用いたしません!


 ……ゴホン。

 とまあ、普段の自分の限界がわかっているほど、自分のできないことへのあこがれというのは増すものであります。魔法でもなければ達成できないようなこととかね。

 しかし、魔法を実際に使える人に出会うことはなかなかない。

 特殊な力は目立たないよう隠すのが常識だし、記憶改ざん手段なぞ使われた日には、たとえ出会ってもすべてパアにされてしまう。

 どうにかひっそりと観測する、というのが基本的かつ重要なんじゃないかと思うんだ。

 ひとつ、僕が出会った魔法の話、聞いてみないかい?


 春先になると、僕は花粉症の気に悩まされる。

 他のみんなほど顕著な症状じゃないが、鼻水がよく出るし、のども若干いがらっぽい感じがする。本当に花粉によるものか分からないから、みんなほど対象植物に殺意が湧くわけでもないが、厄介だなあとは思っていた。

 その日も学校帰りにマスクをしながら歩いていると、急に鼻がぐしゅぐしゅになってくるところがあったんだ。


 ここ数日の間、いつもこのポイントで鼻水があふれ出す。

 県道沿いにある建設会社のビル。太陽の位置の関係で、午後は歩道を含めた車道側にその大きな影を落とす。僕が帰るときには、いつもここを通っていたんだ。

 その影は歩いてほんの数秒で通り抜けられるも、ここでマスク全体をぐしょぐしょに濡らす鼻水の洗礼を、僕は受ける。

 最初こそ偶然と思っていたのだけど、連日ともなれば原因を探りたくもなるさ。ここを外れると相当な遠回りにもなるしね。

 走り抜ける、という通過時間短縮を試みたこともあった。時間さえ短ければ影響も弱まるんじゃないかと思ったが、文字通りの徒労に終わる。あそこへ踏み入るや、スイッチの切り変わったように鼻の調子が悪くなった。

 毒その他の影響とは考え難く、そうなると魔法のごとき力の影響としか思えなかったのさ。

 マスク一枚をまるまる犠牲にする覚悟で影の中にとどまり、ビルを見上げてみたんだ。


 都会にある巨大ビルなどを想像しちゃいけない。

 縦に4階建てかつ、一つフロアには道路に面して二枚の大きな窓のみが設置されるほどの幅しかなかった。1階はほぼまるまるガレージとなっている。

 その2階より上を見上げてみると、つい目線が合ってしまった相手がいて「ん?」と肩をいからせかけたよ。

 とはいえ、人じゃあなかった。窓際に座り込み、金色の瞳でもってこちらを見下ろす黒い子猫だったのさ。

 前々より、このビルで猫が飼われているらしいことは聞いた。社長の家族が出入りする場合もあるらしく、その飼い猫との話だ。もし2階だけだったなら、僕もそこまでおかしいと思わなかったかもしれない。


 しかし、2階の彼を越え、3階、4階と見ていくとつい眼を見開いてしまう。

 3階の窓、4階の窓にも同じように黒い子猫がいて、こちらを見下ろしていたんだ。

 2階の猫と同じ位置、同じポーズ、同じ顔の角度でもって、僕をまっすぐにね。

 それを認めるや、2階の猫が大口を開いた。口内の歯をあえてあらわにするような、その口の開きを見るや、どっと僕の鼻から勢いを増した鼻水が飛び出す。

 ぼたた、と音を立てながらアスファルトを濡らす鼻水。思わず手で抑えにかかるも、止まらない。


 視線を落とすより先に、3階、4階の猫たちもまた口を開いたのを僕は認める。

 鼻水はもはや、我慢に我慢を重ねた小便を思わす勢いで、マスクの障害などもはやものの数とはせずにこぼれていく。

 どこにこれほどの水が眠っていたのか。コップ数杯どころか、リットル単位で垂れ流し、もはや冠水する歩道の一部。

 その溜まった水の中心がボコボコと泡立ったかと思うと。


 ぴょん、と出てきたのは黒い子猫だった。続けて二匹、身体がびしょ濡れであることを厭う様子も見せず、悠然と自らの身体をなめていく三匹。

 いや、何よりこの猫たちは、このビルの……!

 再び見上げた先、いずれの窓にも猫たちの姿は見えなかった。三匹ともが姿を消してしまっていたんだよ。

 もちろん、すでに屋内へ引っ込んだ可能性も否定できないが、僕は身体をひとしきり舐めおわり、そろってこちらへ背を向けて、駆け去っていく猫たちを見てはそうも思えない。

 だって、彼らが去ってから、僕の異様な鼻水はぴたりと止んでしまったのだから。


 あの猫たちは互いに魔法が使える。きっと互いがそばにいるからだ。

 そしてときどき、こうして自分たちの魔法の力を試しているのではと僕は思うのさ。

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