第一章 04 理想と現実
「とうとう、男の子が、サルシアが生まれてくれた。サニー。お前はサルシアをサポートしてやってくれ」
サニーニョとまだ幼い二歳のサニーはガラス越しに赤ん坊のサルシアを嬉しそうに見つめていた。
「サニーはサキューバス家の才能どころか、オーラの才能もないのかもしれないな」
サニーは五歳になってサルシアは三歳になっていた。二人はサニーニョと一緒に遊んでいて不意にサニーニョが発言した。
「コラッ。何言ってるの!まだ、オーラを纏ってないだけで分からないじゃないのっ!」
サニーニョの妻、サニーとサルシアの母のネルはサニーニョの頭を叩いた。
「だって、サキューバスの血を引く者は毎回、二歳の時にはオーラを纏えるようになる。サルシアはもうオーラを纏えるようになったのにまだ、オーラを纏うことができていないんだぞ。ここまで、来るとなるとさすがに才能がないとしか思えんさ」
「だからって子供の前でそんなこと言ったらダメでしょ」
「すまん。ついつい気が緩んだ」
「パパ。サニーはダメな子?」
「ほらっ、パパがこんなこと言うからサニーが凄く悲しそうにしてるじゃないっ!バカッ!全然悪い子じゃないよ、サニー。ママと一緒に散歩に出掛けよっか」
「うん」
ネルはサニーニョにだけ分かるように睨み付けてサニーを連れて家に出た。
「あちゃあ。やっちゃったなあ、ん?」
「パパ。おしっこ。おしっこ」
「ああ、分かったから」
サルシアは腰に掛けたおもちゃの剣でサニーニョの局部をバンバン叩いてアピールしていた。
「サニー。パパはホントはあんなこと思ってないからね」
「じゃあ、サニーにもちゃんとオーラの才能はあるの?」
「もちろんよ。きっと誰よりも凄い才能があるわよ」
「ホント?」
「うん。ホントよ。きっと皆がサニーに興味を持つような才能があるはずよ」
「ホントのホント?」
「サニー。ちゃんと自分に自信を持ちなさい。ぜっーーーーーたいに凄い、サニーにだけしかできない才能があるから。ちゃんと胸を張って堂々としなさい」
目線を合わせてしゃがんで話をしていたネルはサニーにハグをして背中をポンポンと叩いてあげた。サニーは不安から解放されて涙が溢れた。
「泣かないの、サニー。サニーは可愛いんだから、顔をくちゃくちゃにさせたら勿体ないよ」
「うわーん」
「サニー。今日は晩御飯を作るのを手伝って」
「うんっ!」
サルシアはサニーニョと一緒に剣術の稽古をしていた。代々、サキューバス家が修業している地下施設だ。サニーはまだ、オーラを纏えていなかったし、サニーニョもネルもサニーに戦闘技術を教えないようにしようとしていたため稽古には参加していなかった。だから、ネルはサニーを女の子らしく育てることにしたのだ。
「今日は何?」
「今日はねえ、カレーにしようと思うの」
「カレー?」
「うん。カレーよ」
「やったー!」
「じゃあ、いつも通り、順番に炒めてくれる?」
「うんっ!」
サニーは台に登ってヘラを使って鼻歌を歌いながら炒め始めた。ネルはその様子を見て一緒に鼻歌を歌って副菜の準備を始めた。
「「「「いただきますっ」」」」
「今日のカレーはサニーが作ってくれたのよ」
「サニーがか。やるじゃないか。どれ、食べてみよう。ガブリ。うん。おいしいじゃないか」
「ホント!」
「うん。ホントだ」
「サルシアはどう?」
「すごいおいしい」
「そっか。良かった」
サニーは目の前の母と父の笑顔を見て、隣の目を輝かして見てくれているサルシアを見て自然と顔が綻んで笑顔になった。
サニーはサルシアとおままごとをして遊んでいた。でも、サルシアがあまり乗り気じゃなかった。
「楽しくないの、サルシア?」
「うんうん。凄く楽しい。でも、最近、稽古が厳しくなって来て楽しくないんだ。この後のことを考えると全然楽しめないんだ」
「そっか。サニーが期待外れだからサルシアに期待してるんだね、父さんは」
「サニー姉ちゃんはちゃんと凄いじゃん。期待外れじゃないよ」
「いいのよ。サルシア。気を遣ってくれなくて。でも、サニーがパパに一言言ってあげる」
「ホント?」
「うん。お姉ちゃんに任せなさい」
サニーは大げさに胸を張って魅せた。
オーラすら纏えていないサニーが稽古のことを言うのはタブーなんだけど。でも、サルシアと約束しちゃったもん。
サニーはサルシアの前ではその不安を見せないように頑張った。
「サルシア。今日も稽古するぞ」
仕事終わりのサニーニョが帰って来た。サニーは思わず息を飲んだ。だが、勇気を出して、サニーニョとサルシアの間に両手を広げて立った。
「サルシアが最近、稽古が楽しくないって言ってるの。だから、もっと楽しくしてあげてよ」
サルシアはサニーの腰に後ろから抱き着いて父であるアニーニョを見た。
「ダメだ。小さい時からちゃんと教育してないと将来、優秀な騎士にはなれないんだ」
「でっでも、サルシアは今日ずっと暗い顔してたよっ!」
「これも、サルシアの将来のためなんだ。サルシア、来なさい」
「やだっ!サニー姉ちゃんと一緒に遊びたいっ!」
「いいから、来なさい。サニーは稽古のことに口を挟むんじゃない」
サニーニョはサルシアを無理やりサニーから引き離した。ネルはこの様子を、サニーの変化を嬉しく思ってはいるが、可哀想だと思っていた。だが、サキューバス家の血を引く者として仕方のないことだとも思っていたから、胸中複雑だった。サルシアは泣きながら「サニー姉ちゃん」と何度も叫んでいた。サニーもそれを見て涙が溢れて来ていた。悔しくて、悲しくてどうしようもない虚無感に襲われた。
「サニーの言うことなんか聞いてくれないんだ・・・。サニーがサキューバス家の落ちこぼれだから?サニーがダメダメだから。じゃあ、サニーがサキューバス家の力を全部使えたら言うこと聞いてくれるのかな。でも、サキューバス家の力の全部なんて手に入れれるはずなんてサニーになんかないよね。でも、今はサルシアの望みは叶えてあげたいな」
サニーは絶望の中で徐々に体に黒と白、灰色のオーラを纏っていることに気付いていなかった。だから、サニーニョもネルも思わず息を飲んでその様子を見守っていることに気付いていなかった。
「サニー姉ちゃん⁉」
「サニーが守ってあげるから、安心して」
サニーは涙を流した悲しそうな笑顔をした。そして、凄い勢いでサルシアをサニーに引き寄せた。そして、サルシアに触れようとしたが触れることができなかった。寸でのところで触れることができずにいた。
「あれ?どうして、サニーがサルシアに触れれないの?もっと近づいてよ」
サニーはサルシアが既に気を失っていることに気付いていなかった。だが、サルシアに触れたい一心で強く引き寄せようとした。サルシアからオーラを吸収していた。それは、まるで、オーラの根源すらも吸い取ろうとしているように見えた。だから、二人は同時に動いた。サニーニョはサルシアを抱きしめて力づくで引き離そうと、ネルはサニーの体の疲れ心の疲れを取ろうと動いた。二人とも金色のオーラを纏っていた。
「サニー、止めてっ!」「サニー、止めるんだっ!」
ネルのシックスセンスにより、一瞬だけサニーのシックスセンスは止まった。その隙にサニーニョはサルシアを回収して遠くにサルシアを置いた。ネルはサニーの一瞬の隙で抱きしめてサニーの心を落ち着かせようとした。だから、サニーニョが戻って来た時、たった五秒だ、ネルのオーラも吸収されていた。
「サニー許せっ!」
サニーニョはこの異常事態に必死になるしかなかった。だから、シックスセンスを使うことにした。サニーニョはまだ、五歳の娘のサニーに本気でシックスセンスを使った。サニーの重心を後ろに一気に傾けさせた。床が軋み穴が開いた。
「眠って、くれたか?」
サニーニョが眠っているネルを回収しようと近づいた時、サニーが軽くジャンプして上がって来た。
「パパ。助けて。お願い。止めてっ!」
サニーは涙を流しながらコントロールできない自身の体止めてくれと懇願していた。
「大丈夫だ、サニー。パパが何とかしてやるから。だから、安心しろ」
「うん」
サニーニョは無理やり眠らせる覚悟を決めた。だから、サニーの頭に強い衝撃を与えようと。サニーニョは剣を抜いて鞘を握った。剣は適当に壁に刺した。サニーニョは先ほどと同じように重心を思い切り後ろに下げさせると鞘で思い切り頭を叩くように振った。だが、その鞘は当たることはなかった。サニーニョの重心が後ろに下がったのだ。その攻撃はサニーニョの内部にも浸透していて間違いなく内部出血もしていた。サニーニョは床を軋ませて思い切り頭を打ち付けた。
「ガハッ」
口から大量の血が零れた。
「サルシアもサキューバス家の血を引くものとしては実は欠陥品だ。実は一つしか受け継いでいない。しかも、あいつの白はおそらく金までしかコピーできない。だから、俺のシックスセンスをコピーしてもこんなに威力は出なかった。多少強くはなっていたがこんなに強くなかった。だが、サニー。お前はおそらく、黒までコピーできる。そして、サキューバス家のもう一つの力も受け継いでいる。完全にサキューバス家の血に恵まれていたんだ。それなのに、パパはサニー、お前に才能がないなんて言ってごめんな。サニーは誰よりもサキューバス家の血に愛されているよ。だから、今、抱えているその感情は忘れていいんだぞ。サニー。パパが悪かった。ごめんな」
「サニーがそんなことあるはずない。だって、サニーは出来損ないなんで、しょ」
サニーは疲れて眠ってしまった。
「ジン王。サニーについてシックスセンスを使って貰っていいですか?」
「随分酷い有様だね、サニーニョサキューバスとあろう騎士が」
「はい。お恥ずかしがりながら。私は子育てに失敗してしまったのかもしれない」
「かもしれないね。だが、これはイキシチ王国が君たちサキューバス家に頼りすぎてしまっているということでもある。だが、サニーニョ。君は自分が凡であったがために少々気合を入れすぎてしまったみたいだね」
「はい。今になって冷静に考えてみるとサルシアに期待しすぎてしまっていました。サニーのことで尚更焦ってしまって」
「間違いは正せばいい。だが、サニーは今の余たちじゃ手が付けられない。故に、かなりの時間独りにした方がいい。直接会うと、今回のようなことがまた発生してしまう。今度はサニーニョ、君の命も危ないかもしれないからね。だから、毎日、画面越しにオーラのコントロールの指導をするんだ。頑張るんだよサニーのお父さん」
「はい」
サニーニョは怪我だらけの体を引きずって王室から出て行った。
サニーが目を覚ましたのはずっと憧れていた仮眠室だった。いつもサルシアがサルシアだけが父のサニーニョと一緒に稽古をしていた部屋の隣にある部屋だった。サニーニョは背中が痛く感じていた。
「こんな時、ママがいたらなあ」
サニーは知らず知らず、白色のオーラを纏っていて母のネルのシックスセンスを使って肉体を回復させていた。
「あれ、治った」
サニーは不思議に思いながら仮眠室から出て稽古場に入った。ずっと憧れていた場所だ。だけど、
「別にサニー独りで来たかった場所じゃない」
サニーは涙を流した。先ほどの暴走を思い出して悲しみが込み上げて来たのだ。すると、あちこちに置いていた剣や刀がサニーに向かって勢いよく飛んで来た。
「サニーにはもう何も、・・・誰も触れることはできないよ」
サニーは音が聞こえる部屋に向かった。剣や刀は足元に全て落ちた。音が聞こえる部屋にはテレビが映っていた。画面には母であるネルが映っていた。
『サニー。今回のことは本当に気にしなくていいのよ。サニーもオーラを纏えれるようになった。凄く嬉しいことじゃない。ただ、初めてで暴走してしまっただけ。だから、生活に支障が出ない程度にまでオーラを纏えるように頑張りましょう。生活のことだけど・・・』
「そっか。サニーは危険な存在になっちゃたのか」
この日からサニーのとても悲しい独りだけの生活が始まった。