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第7話 パレード

 その街の名は、バンホーン。その名のとおり、テキサス州はカルバーソン郡のバンホーンに建設された巨大都市だ。

 この地が新たな都市の建設地として選ばれたのは、乾燥した砂漠地帯であり、安定した地盤の平坦な荒野が広がっているからだった。

 併せて、第一期建設区画の(そば)を州間高速道路10号線や国道90号線が押し寄せる風化の波をものともせずに走っており、建設資材や人員の輸送に適していたのも、極めて大きな利点だった。

 そして、建設立案者である現市長の思い入れのある土地だということも、理由の一つであるそうだ。


 元々何だったのかさえ判らない、朽ち果てた建物の残滓が散らばる“遺跡”に鍬が入れられたのは、今から約百六十年前のこと。


 それが今では、総面積四百平方キロメートル、人口百万人を誇る巨大都市にまで発展した。

 産業、商業、住宅機能をもった複合エリアを複数擁し、自動運転車専用道路とモノレールが街中を駆け巡る。


 その街の目抜き通りを今、パレードの一団が進んでいた。

 通りに面する建物には、色とりどりの風船や「The Earth Welcomes You Home」「オカエリナサイ((※1))」と書かれた横断幕が掲げられ、紙吹雪が舞い、晴れ渡った冬空には白い鳩が羽ばたいている。


 沿道に押し寄せた群衆の歓声を浴びてゆっくりと進む警察車両の後ろには、テキサス州旗とバンホーン市旗、そして日章旗を掲げた旗衛隊。

 そして、行進するマーチングバンドが力強いマーチを明るく(かな)でるなか、その後ろに続く車両が近付くと、群衆の興奮は最高潮に達して見えた。


 その白いフロート車は、あちらこちらを色彩豊かなリボンで派手に装飾され、車体側面には「We Salute You!(貴女に最大の敬意を!)」と記された幕が掲げられている。

 そして、ローマ教皇が一般拝謁の際に用いるパパモビルのようなガラス張りキャビンが車両の後部に設けられており、式典用の礼服を着させられた私は一人、その中に立っていた。


 大気中に含まれる病原性微粒子の侵入を完全に防ぐ、極めて気密性の高いキャビンの中からは、私の姿を一目見ようと街中から集まってきた群衆が見渡せた。

 彼らの手には、すでに滅びたであろう様々な国の小旗が握られており、楽しげに振られているが、中でも多いのが日の丸だ。もしや、パレード実行委員会の私に対する気遣いなのだろうか。


 そう言えば、前を行くマーチングバンドも、『忠誠』『ワシントン・ポスト』などの定番曲に混じって『軍艦マーチ((※2))』、さらには宇宙を征く戦艦や汽車のアニメ主題曲まで演奏していた。おそらくあれも、同じ理由に違いない。


 観衆は皆、私に向けて温かい言葉の数々を投げかけてくれていた。「おかえり!」「よくぞ戻った!」「感動した!」などと。


 そして私も、彼らに向かって笑顔を見せて、小さく手を振り返す。

 だが、私は内心怯えていた。

 なぜなら、彼らの姿があまりにも悍ましかったからだ。


 小旗を振る彼らの手は干からびているように見え、骨が剥き出しの者も少なくない。

 顔や頭も頭蓋骨の形が判るほどに肉が薄く、その目は落ち窪み、頬肉が失われている者も非常に多かった。

 いずれの個体も、清潔な服装を纏っているものの、露わになる部位は決して生者のものには見えない。


 紛う事なき、死者の群衆。

 あの災いの中で、ゾンビの大群を前にした無辜の市民が胸に抱いた恐怖と絶望が分かる気がする。

 いくら身綺麗にして、文明人的な言動をとろうとも、彼らはヒトとは全く異なる存在だ。

 しかし、彼らは間違いなく、元々は現代人(ホモ・サピエンス)として生きていた。

 そう考えると、彼らを恐れる自分の狭量さを恥じるべきなのだろうか。


『ミズ・キシモト。間もなく式典会場だ。ユニット分離の衝撃に備えておけ』


 突然、狭いキャビンに男の声が響き、異形の群れに恐れおののく私を主役の座に引き戻す。

 引き攣った笑みを顔に貼り付け、機械的に小さく手を振り続けていた私を乗せたフロート車は、いつの間にか、街の中心部らしき区画に入っており、行進の先には、高さはそれほどないものの、大きく立派な建物がそびえ立っていた。


 間もなく、私を乗せた車はパレードの一団から離れると、その建物の前に設けられたステージに近づき、ゆっくりと止まる。

 次の瞬間、床に大きな振動が響くと、ガラスのキャビンが浮き上がった。

 そしてキャビンは、支える台座ユニットごとフロート車から分離すると、下部から生えた八本の足を巧みに動かして、一切床を傾けることなく歩き出す。

 それは、昔話で聞いたことのある人形峠の大蜘蛛のように、私を体内に収めたまま器用にステージに登ると、中央の演説台近くまで移動して腰を下ろした。


 すると、今までにない大きな歓声が私を包み込んだ。ステージの前には、恐ろしいまでのゾンビの群れ。私に向かって大きく手を振り大声を上げる屍達。

 彼らの声は、いずれも私を称えるものであるのに、「コロセ」「クワセロ」と言っているように思えてくる。


 あまりの恐ろしさに、振る手をおろして顔を覆おうとしたその瞬間、誰かが私に近づいてくることに気付いた。

 思わず顔を向けると、大柄な白人の男が、ガラスの向こうに立っている。

 栗色の前髪をオールバックに撫で付けた礼服姿のその男は、私に向かって朗らかな笑顔を浮かべると、すぐに群衆に向き直って両手を広げた。

 それを合図に、歓声の渦がさらに強くなったが、ステージ上の演説台に彼が立つと、一瞬にして静寂が訪れた。そして男は、強く頼もしい口調で聴衆に語り始める。


 バンホーン市長、トーマス・ヤンソン。

 パレード開始前に目を通した資料によると、元テキサス州政府の下院議員であったこの男こそが、この地に新人類の都を築く計画を立案した張本人だということだ。


「皆さん、覚えてますか、この姿を。フサフサの髪に血色の良いこの顔。本日の式典に臨むにあたって主賓を怖がらさぬよう、昔の姿を再現したバイオスーツを着込んでみましたが、とても健康的に見えるでしょう? まあ実際は、今の私の方が糖尿病もなく健康的なんですがね」


 その掴みに、聴衆から笑いと拍手が起こるが、市長が右手を掲げるとすぐに厳かな空気が戻ってくる。


「さて、誰もが覚えていることでしょう。あの日、私達を襲った厄災のことを。愛する家族が、親しき友が、ヒトでないものへと姿を変えました。その悲しみに打ち拉がれる間もなく、いとも簡単にヒトは滅び去りました。ですが、あの出来事は悲劇だったのでしょうか」


 市長は言葉を切り、耳を傾けている群衆に視線を巡らせると、一拍おいて再び口を開いた。


「いいえ。決してそうではありません。確かにホモ・サピエンスとしての我々は滅びました。しかしそれは、新たな私達の誕生に必要な出来事だったのです。文明は発達しつつも、脆弱な肉体しか持たない旧人類から、その文明に見合った、恒久的に活動する新たな人類として花開くための通過儀礼として」


 市長は少しばかり声のトーンを落として、聴衆に向けて語り続ける。


「確かに個々人では、大きな悲劇の連続であったことでしょう。事実、私自身も多くの方々と同様に、愛する家族を全て過去に遺してきました。意識が蘇ったあの日、失った家族や友を想い、自らが奪ったであろう多くの人々の人生を考えると、胸が張り裂けそうになりました。そして、文明の痕跡を僅かに遺す荒野を、当て()もなく彷徨っていたのです」


 忌まわしい過去を思い出すかのように、辛そうに言葉を紡ぐ市長を見ていると、まるで彼が本物の人間であるかのような錯覚に陥りそうだった。


「そんなある日、私は偶然、ここからそう遠くない、とある洞窟に足を踏み入れました。そして、見つけたのです。民間の財団が設置したという一万年時計を。人類不在でも時を刻み続けるというその時計は、確かに示していました。その日が西暦2372年3月26日日曜日であると。それを目にした瞬間、私は神の啓示を受けたのです。私は決して、いつとも知れない時間の大海原に放り出されていたわけではない。あの悲劇から289年という確実な時の刻みを経た、時続きの大地を踏みしめているのだと。そして今日こそが、ホモ・サピエンスとしての死を乗り越え、ホモ・モーティスとして永遠の命を得た、真のイースターであると!」


 右手に拳をつくり、力強い口調に変わった市長の演説に、さすが元政治家だけのことはあると感心する。


「その後、天啓を受けた私は、多くの方々の協力を得て、運命のこの地に、新人類の文明都市を築くことにしたのです。ですが、一度崩壊した文明を取り戻すことは、そう容易なことではありませんでした。永きにわたる荒廃の堆積は、あまりにも厚すぎたのです。しかし、幾度も幾度も挫けそうになる私を、天界から励ましてくれる存在がありました。満天の星空を定期的に横切ってゆく宇宙ステーション。滅び去った科学技術文明の象徴が姿を変えぬまま、高い空から私を見守ってくれている。そう思うだけで、明日への希望が湧いてきたのです」


 そこで市長は、私を紹介するように手を上げた。


「その希望の象徴から、遙かな時を超えて降臨した女神を、今日この日、この場にお迎えすることができました。市長として、いいえ、一人の人間として、これほど嬉しいことはありません。この街の歴史と未来に希望を与えてくれた宇宙ステーションクルーの英雄、サナエ・キシモト。心から言わせて下さい。お帰りなさい! そして、ありがとう!!」


 その後、市長からバトンを渡された私は、市長のいかにも人間的な演説に心の垣根が下がったのか、ゾンビの群衆に対する恐怖心が薄らいでいることに気付いた。

 そして、宇宙からの帰還後に本来予定されていた、出身高校での演説とあまり変わらない内容と感謝の意をそつなく述べた私は、大きな拍手と声援を受けながら、演台を降りた。

 その時、私は初めて心から思うことができた。

 本当に、地球へ戻ってこられたのだと。

(※1)オカエリナサイ:「イ」は決して鏡文字では無いこと。

(※2)軍艦マーチ:正式には「軍艦行進曲」(または、行進曲「軍艦」)。

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