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第2話 救助隊

 夕闇が迫りつつある秋空を背にして、頭上三十メートルばかりの高さに浮かんで見えたのは、見たこともない形をした黒い航空機だった。吹き下ろす風が一切無いところを見ると、おそらくヘリコプターではないようだ。


 そしてそれは、異様に甲高い音を立てて非常にゆっくりと旋回しながら、私に向けて白いスポットライトを浴びせてくる。

 降ってくる光はそれだけではなく、まるでそこを進めと言わんばかりに、ここから大木までの間が一直線に明るく照らされていた。


 光に満ちたススキの花道を進む私は、自らの遅々たる歩みに気ばかりが()いていた。

 襲いかかってきたゾンビだけでなく、ゾンビに転化しているであろう警官までもが一緒になって、すぐ背後にまで迫ってきているのでは――。

 その考えが心臓ごと、私の心を握り潰そうとする。


 すぐにでも後ろを振り向きたいところだったが、そんなことをすれば、ただでさえ歩みの遅い自分にとって致命的な事態を招くだけだと思った私は、前方に見える救助隊に向けて進み続けた。


 そうだ。それでいい。もしも背後に危険が迫ってきたら、あの救助隊が助けてくれるはずだ。

 先ほども言っていたではないか。ゾンビに向かって発砲すると。

 だから安心して、私は彼らの待つあの場所まで歩けば良いだけのことなのだ。


 でも――。

 なぜ彼らは、先ほどの警官のように私のもとに駆けつけて、助け出してはくれないのか。

 どうして、衰弱して足下も覚束(おぼつか)ない私に、自分達のところまで来いと言うのか。

 ふと、私の心に疑問が浮かんだが、足を引きずるようにしてようやく目標地点に辿り着くと、そんな疑問はどこかに行ってしまった。


 大木の周りのススキ野原には、警察か軍のものらしき車両が何台も停まっていた。

 天から降り注ぐ白い光に加えて、ヘッドライトの眩しい明かりが私を直射する。

 更には、新たに現れた別の航空機が、サーチライトを浴びせかけてきた。

 押し寄せる光の波に溺れかけた私は、舞台上の有名女優になったかのような錯覚に陥った。

 だがすぐに、追いつめられた逃亡犯になったかのような錯覚にすり替わる。


 なぜなら、私を取り囲むように居並ぶ防護服らしきものを纏った者達の手には銃器らしきものがあり、その筒先が全て、私に向けられていたからだ。

 まるで、私を警戒しているかのように。

 なぜ? もしかして彼らは、私がゾンビのウィルスか何かに感染しているとでも思っているのだろうか。


「あの! 私、感染していません。噛まれてもいません! ゾンビなんかじゃありませんっ!!」

『そこの隔離カプセルの中に入って、ベルトで身体を固定しろ! 今すぐにだ!』


 ゾンビでないと訴える私の叫びへの答えが拡声器を通して返ってきたが、それは理解に苦しむものだった。

 いや。私が感染しているという想定の下で彼らが動いているとすれば、当然のことなのかも知れない。


「あの! 私、絶対に感染なんかしていません! だって、今まで――」

『もう一度言う! 隔離カプセルに入れ! 従わない場合は射殺も止むなしとの命令を、我々は受けている!』  

「でも――」


 その時、ドンッ! という腹の底に響くような音が聞こえたかと思うと、背後で何かが大きく軋んだ。

 思わず振り向くと、大木の上半分が消失していた。

 まさか、彼らの仕業とでも言うのか。

 こんなの、警告射撃どころか砲撃だ。射殺どころの騒ぎじゃない。あんなものを喰らえば、微塵一つも残らないだろう。


 それを見た私はすぐに、大木の側に置かれていた隔離カプセルらしき物体に近付いた。

 オフロードバギーのようにも見える頑丈な車輪と懸架装置を備えた細長い台車の上に載った、冷凍睡眠カプセルにも似た円筒のハッチは既に開かれており、中に狭い寝台が見える。

 私は寝台のクッションに腰を掛けると、ごわつく銀色の冷凍スーツにまごつきながら、何とかそこに横たわった。そして、手探りでベルトらしきものを見つけると、それを締めた。


 間をおくことなく、小さなモーター音が響くと同時に透明なハッチは閉まった。

 そしてすぐに、耳が詰まる感じがする。おそらく、病原体漏出を防ぐ目的で、カプセル内が減圧されたのだろう。

 だが、何度も唾を飲み込んで耳抜きをしていると、妙なことに気が付いた。

 どうも、鼓膜が外側から()されているように思えるのだ。それに、カプセルの狭さに息苦しさを感じるどころか、妙に呼吸が楽になった。さらには、身体全体に軽い圧迫感を感じるとともに、少しばかり暖かさを感じる。

 これは全て、加圧環境下の感覚だ。

 でも、なぜだ。カプセル内を加圧すれば、仮に私が感染していたとしたら、ウィスル漏出の危険性が高まるではないか。


 そんな疑問を抱く私をよそに、カプセルの周りには数名の人物が近づいてきた。

 その誰もが白い防護服を着ており、いずれのフェイスシールドも黒く、中の顔は窺えない。

 彼らがカプセルに備わる操作盤を手際よく扱うと、隔離カプセルは私を乗せて、ゆっくりと動きだした。

 そして、一台の箱形をした黒い車両に近付くと、既に開いていた後部ハッチからカプセルごと収容された。

 カプセルに誰も手を添えていないのに車中の人になれたということは、隔離カプセル自体に自走能力があるのだろう。

 カプセルを車内に固定する作業をする防護服の一人に、これからどうなるのかを尋ねてみるが、案の定、返事が無い。ただの屍でもあるまいに。


 それから五分ほど経った頃、後部ハッチを閉じた車は一瞬だけサイレンを響かせると動き出した。荒れた路面なのか、しばらくうねるように走っていたが、ひとしきり大きく揺れた後は安定した走りを見せ、以降はロードノイズだけが響き続ける。

 どうやら、舗装された道路に入ったのだろう。


 信じられないことに、私はすぐに眠り込んだ。

 絶体絶命の危機から逃れられた安堵からか。それとも、冷凍睡眠の後遺症か。これから何が待ち受けているのか全くわからず、不安で一杯だというのに。


 そして再び目覚めた時、カプセルは黄色いタイル貼りの狭い部屋へ運び込まれており、そこで私は降ろされた。

 その部屋にも数名の白い防護服を着た人物がおり、彼らは冷凍スーツとアンダーウェアを脱ぐように命じると、生まれたままの姿になった私に強いシャワーを浴びせかける。

 彼らのうちの一人にブラシで全身を擦られ、腋下や陰部も入念に洗浄される。

 その後、体中の水気を拭き取られると、清潔そうな白いシャツと長パンツを着せられ、隣室に用意されていた別のカプセルに入るようにと、再び命じられた。


 隔離カプセルより小振りなそれは私を乗せると、自動で動きだした。

 誰も付き添わないまま、カプセルは上下左右の全てが白い廊下を進んでゆく。

 しばらくして、長い廊下の突き当たりに到着すると、貨物用エレベーターらしきものに飲み込まれた。

 上昇するエレベータが停まってドアが開くと、カプセルは再び白い廊下を進み出したが、すぐに大きな扉の前で停止する。

 自動で開いたその扉の中に入ったカプセルはそこで動きを止め、ハッチが大きく開いた。


 だが、いくら待っても、指示の言葉は一切聞こえてこない。

 不安になった私は身を起こすと、カプセルから床に降り立って、周囲を見回した。


 四方が壁に囲まれた白い部屋。

 おそらく、二十畳はありそうな部屋の真ん中にはポツリと一つ、質素でありながら清潔そうなシーツが敷かれたベッドが置かれている。

 そして、三メートルほどの高さにある天井は、全体が白く柔らかい光を放っており、白い光沢を放つ床と壁を照らしていた。


 全てが白い、無機質な部屋。

 歩き回るなとは言われていないので、部屋のあちらこちらを調べてみるが、壁にも床にも突起ひとつ無く滑らかなこと以外は、特筆する点は見られない。


 と、その時、異音がしたので振り向くと、部屋の扉が開いて、そこから私を乗せてきたカプセルが出て行った。

 それを追おうとするものの、すぐに扉は閉じてしまう。


 私は、これからどうすれば良いのか。

 いや。これから、どうなるのか。


 巨大な不安に押し潰されそうになったその瞬間、小さな電子音らしきものが耳に入った。

 それと同時に、一方の壁が消え去った。


 その壁があった向こうには、想像もしていなかったものが見えた。

 そこには、様々な色の光りを放つ、大都会の姿があったのだ。

 街中を縫う無数の道路には光の川が流れ、幾棟もの摩天楼にも光の粒が散りばめられている。

 それは、紛うことなき人類の都。

 私が最後に見た地球の夜の面は、全てが暗黒だった。

 そうであったにもかかわらず、人類は再び蘇ったのだ。


 私は感慨に打ち震え、涙を流していた。あの大災害に打ち勝った、人類の叡智と結束に。

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