第9話
日差しが容赦なくセラの目を襲い、横から吹いた乾いた風が秋を告げた。
秋は短い別れの季節。冬はあまり戦を行わないクロノメイアから、流れの傭兵が仕事を求めて去る季節だ。
春には戻る人も多いが、どこかでのたれ死んでそれきりという者も少なくない。だからセラは、再会を心待ちにする想いよりも、二度と会えないかもしれない寂しさに目を向けてしまいがちだった。
「どうしたの?」
後ろでセラが出るのを待っていたスノアがひょっこりと顔を出した。
「あぁ、いや……なんでもない」
彼女との再会はいつになるのだろうか。そもそも再会できるのだろうか。するりとセラの背中を抜けて中央広場に出たスノアを見て、そんな考えがふと過ぎってしまう。
スノアの背中越しに女神像が目に入った。魔工技師達の研究結果通り、かの神像に何の力も無いのであれば、女神本人に特別な力があるとは限らない。右腕に残る痛々しい包帯が、その証拠の一つだった。
「せめて怪我が治ってから出発できたらよかったのにな」
「私もなるべく急ぎたかったし、仕方がないよ。それに、実はあんまり痛くないんだよね。もう剣も握れると思うよ」
そう言って右腕を振って見せる。痩せ我慢ではないようだ。
「落ち着いたら、セラさんとマルタさんとも旅がしてみたいな。二人は行ってみたいところはあるの?」
「ボクはバルミスかなー。温泉に浸かってのんびりしてみたいんだ。セラの故郷を見に行っても良いね。治安が悪いって聞いてるから、アルのことが心配だけど」
「その時はアタシが守ってやるさ。女神サマも、クロノメイアに来るならアタシの名前を出して、ベルク家を頼ると良いよ」
「キャロロフじゃなくて?」
「うちの親父はあんまり頼りにならないのさ。ベルク家は当主が幼馴染のゼクベルって奴でね。あいつの人柄もあってか、一家の奴らも気の良い人ばっかりなんだ」
「許嫁の評価が高いですなー?」
「からかうなって、マルタ。仲間として信頼できるってだけだよ」
「ふぅん……」
「あれ? セラさんって、恋人探しの旅に出てるんじゃないんだっけ?」
旅の目的は昨日スノアに打ち明けていた。物語に出てくるような恋がしてみたい、とまでは話してしまった気がする。酒が回っていたとはいえ、女神は随分と聞き上手だった。すでに知っているマルタが補足する。
「運命の相手、ね。恋唄だと、出会ったらすぐに分かるらしいよ」
「どっちかの相手が見つかったら、婚約は解消するって決めてるんだ。あいつのためにも早く探してやんないとな」
「そっか。早く見つかると良いね!」
「ありがとな。そういう女神サマも、北ウェラリオには用事があるんだろう?」
「うん。ユピテスに着いてから声の出し方とか、大事なことを色々と忘れちゃってて。その理由を知ってそうな人に会いに行くんだ。多分、前と同じ場所に住んでると思うんだよね」
「ヌシ様ならともかく、スノアの時代にいた人なら死んじゃってるんじゃないの?」
「そうかもしれないけど、ハーレイに力が残ってたってことは、何かヒントが残ってると思うんだ。記録を残すのが好きな人だったから」
「女神サマも人探しか。お互いに見つかるといいな」
「また会えたら、旅の話聞かせてね!」
「任せとけ! 面白い話を仕入れておくよ」
鮮やかに輝く二つの紅玉がこちらを見ていた。あの眼を見ていると、旅で起きたことをいくらでも話してしまいそうになる。魔工学者が求めた女神の特別な力というのは、案外大したことがないのかもしれない。セラは一人納得した。
「早く行こう。さっきのお散歩で、時間が足りなくて入れなかったお店がいっぱいあるんだ!」
今は女神の旅支度を整えよう。左手に握るハーレイ用の腰帯も探した方がいいだろう。
積もる話に区切りをつけて、二人と一匹は秋の街を歩き出した。