7. 若き冒険者たち
ガラガラ……、ズズ……ッ。外から、重い岩が地面を引きずるような音が響いた。
そして、誰かの悲鳴が聞こえた。
テーブルに座り、本を読んでいたオルブレムは、静かに立ち上がり、扉の小さな覗き窓をそっと開け、外の様子を窺った。
丘の麓に設置している2体の岩のゴーレムは、石でできた棍棒を手にし、その中央では雪の騎士が氷の槍を構えていた。
3体のゴーレムの前には、6人ほどの冒険者らしき人影が、緊張した面持ちで対峙していた。やがて、その中の一人が大声で言った。
「失礼します! 私たちは戦うつもりはありません。通りすがりの冒険者です!」
今度は、別の人物が、切羽詰まった声で続けた。
「負傷者がいるんです! どうか助けていただけませんか?」
オルブレムは、しばし逡巡し、隣にいるニスベットの方を見た。
「悪い人たちではなさそうだな。ただし、姿を変えておこう。私は祖父、お前は孫娘ということにするぞ。髪の色も変えた方がいい」
「わかりました」
ニスベットは白金色の髪を黒髪に変えた。オルブレムに変身術を習ったおかげで、簡単な変化ならば可能だった。
「それから、治療が必要になっても、回復ポーションと薬で済ませる。できるだけ、君の能力は見せないようにな」
「はい」
オルブレムは、老人の姿に変身し、手にランプを持ち、ゆっくりと扉を開けた。
ゴーレムの前にいる冒険者たちは、それを見るや否や、安堵の表情を浮かべた。
「こんばんは。カービスと申します。冒険者パーティー〈青い翼〉のリーダーです」
カービスと名乗る青年が、落ち着いた声で話し始めた。
「お伝えした通り、仲間2人の状態がかなり悪くて……。このまま安全都市まで行くのは厳しいのです。どうか、負傷者だけでも助けていただけませんか?」
昼間には止んでいた雪が、みぞれとなり、ちらちらと舞い落ちていた。
オルブレムは、彼らの様子をじっくりと観察した後、静かに頷き、扉の脇へと身を引いた。
「入りなさい。ただし、この家には年老いた私と孫娘しかいません。万が一に備えて、武器は扉の前に置いてもらえますかね?」
「ありがとうございます」
オルブレムの要求を、一切の躊躇もなく受け入れたカービス一行は、ゴーレムたちの間を通り抜け、丘を上ってきた。彼らは、扉の前に剣やクロスボウなどの武器を置き、礼儀正しく家の中へ入った。
「失礼します」
カービスは20代半ばほどの若い男性で、彼の仲間も、男女3人ずつ、同じくらいの年齢に見えた。カービスを含め、皆ところどころに傷を負っていたが、中でも女戦士の一人は、太腿に深い傷を負っていた。また、仲間に背負われている男性は、外傷こそなかったが、顔は青白く、ほとんど意識を失いかけていた。
「どうして、こんなことになったのですか?」
オルブレムの質問に、カービスが答えた。
「黒牙のイノシシの群れと戦闘になり、その結果です」
別の女性メンバーが、ぐったりとした男性を指さして説明を加えた。
「この人が回復術士なんですが、戦闘中にひどい下痢を起こしてしまって。回復の支援がまったくできない状態になってしまったんです。回復役なしで戦う羽目になって、結果、全員ボロボロに……」
ぐったりしていた回復術士が、かすかに目を開け、不満げに呟いた。
「……好きでこうなったわけじゃないぞ。なんだよ、その言い方……」
「どうせ、そこらへんの物を適当に食べて、食中毒にでもなったんでしょ? 冬だから食べ物は腐らないって、あんなに言い張ってたくせに」
「情けのないやつめ……。お前、仲間意識ってものがないのか?」
「うるさい! 下痢だけでも大変だったのに、私の服にまで思いっきり吐きやがって!」
「もうやめろ。こんなところで騒いでどうするつもりだ?」
言い争う仲間をたしなめた後、カービスはオルブレムに頭を下げた。
「申し訳ありません」
「いや、気にすることはありません。それより、ご覧のとおり、狭い家なので、ベッドの数が足りません。重傷の方は奥の部屋のベッドに寝かせ、他の方々は暖炉のそばへどうぞ」
オルブレムは、台所のテーブルを脇へ移動させ、カービスたちが暖炉の近くに落ち着けるようにした。そして、ニスベットは温かいスープを用意する間、オルブレムは傷口に塗る軟膏や包帯、回復ポーションを彼らに渡した。
「中に入れていただけただけでもありがたいのに、こんなものまで……本当に感謝いたします」
カービス一行は何度も顔を赤らめて礼を述べた。
重傷に見えた女戦士も幸い致命傷ではなく、回復ポーションと薬で応急処置ができた。回復術士もオルブレムが調合した薬を服用し、かなり回復した様子だった。
「最初、遠くに光が見えた時は、幻でも見たのかと思いました。まさか、こんな場所に家があるなんて、思いもしませんでした。お2人だけで混沌の地の中で暮らしているなんて、一体どういうことでしょうか?」
カービスが不思議そうに尋ねた。
「混沌の地の研究をしていて、少しの間滞在しているだけです。長くいるつもりはなく、数日後には、仲間が合流し、すぐに出発する予定です」
オルブレムは、あたかも別の仲間がいるかのように装った。
「そうでしたか」
幸い、カービスは納得したのか、それ以上は深く追及しなかった。
「外にいるあの白い騎士もゴーレムですか? あんなにかっこいいゴーレムは初めて見ました。最初、大理石の彫刻が動いているのかと思いました」
魔法使いのジョゼが興奮気味に尋ねた。
「少しだけ、ゴーレムを扱えるもので」
オルブレムが何でもないことのように答えると、ジョゼは大げさに首を横に振った。
「謙遜なさらないでください! 一目見ただけでも、素晴らしい技ですよ。明るくなったら、じっくり観察させてほしいです!」
静かだった家の中は、若者たちの話し声と動きで賑やかになっていった。