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魔塔の少女ー白い魔女の始まり  作者: 星を数える
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6. 小さな家

 オルブレムとニスベットは、いくつもの丘が連なる起伏の多い土地の、とある丘の上に立っていた。他の丘と違い、ここは頂上がまるで人工的に整えられたかのように広く平らで、地面や丘の周辺には大小さまざまな石の塊が点在していた。


「ここが、私たちの家を建てる場所だ」

 オルブレムが言った。


 この場所は、安全都市のように、常に一定の位置にあり、魔獣が出没しない土地だった。若き日に、混沌の地を冒険していた際に、偶然見つけた場所である。オルブレムは、ここが古代帝国の神殿跡のような聖域だったのではないかと推測していた。


 オルブレムは、丘の中央にある平らな石の表面を丁寧に払い、清潔な布をかぶせ、その上に小さな香炉を置いて火を灯した。そして、香炉の隣には清らかな水と少量の食べ物を載せた皿を供えた。


「さあ、一緒にお辞儀をしよう」

 ニスベットは首をかしげた。

「誰に対してですか?」


「ここに祀られていた神聖な存在に対して、ということにしておこう。何者かは分からないが、この地は神聖な領域だ。そして、私たちはこれからしばらく、ここでお世話になるのだから、挨拶をするべきだろう」


「どうすればいいですか?」

「うむ、恭しくお辞儀をして、『よろしくお願いします』と祈ればいいのでは」


 この場所が、かつて何の施設だったのかは分からない。必要な儀式も定かではないが、オルブレムとニスベットは、真剣な面持ちでそこに向かって礼をし、今後の無事を願う祈りを捧げた。


 オルブレムがこの場所を選んだ理由は、混沌の地の内陸にありながらも、魔獣の脅威を避けられること、そして石の塊の間に隠された地下井戸が存在していることだった。


「さて、家を建てようか」

 オルブレムは、造形の核を使って岩のゴーレムを一体作り、さらに2体のゴーレムを追加で召喚した。そして、彼らを指揮して建築予定地の整地を始めた。


 ゴーレムたちは周囲から大きな石を集め、オルブレムとニスベットはその傍らで比較的小さな石を集めた。


 テントを張り、そこで数日間寝泊まりしながら、2人とゴーレムたちは着実に家を築き上げていった。ゴーレムを指揮し、石壁を積み上げ、その隙間に粘土を塗り固め、再び石を積む作業を繰り返す。


 壁が完成すると、暖炉と煙突を設置し、屋根を組み上げた。そして、安全都市で購入してきた木製の扉と窓を取り付けることで、ついに家が完成した。


 扉を開けて中に入ると、右側には暖炉と食器棚、小さな調理台、こぢんまりとした食卓と椅子が並ぶキッチンがあった。そして、家の左側には2つの小さな部屋が向かい合うように作られていた。


 扉から見える正面の壁には棚が取り付けられ、その前には長方形の大きなテーブルと椅子が2脚ある。まさに小さく素朴な家だった。家の裏には、トイレもちゃんと作ってあった。


 ニスベットは、自分とオルブレムが力を合わせて作り上げたこの空間を、まるで夢の宮殿でも手に入れたかのように、ぴょんぴょん飛び跳ねて感激した。

「ついに、私たちの家が完成しましたね、お父さん!」


 いつの頃からか、彼女はオルブレムを『お父さん』と呼ぶようになっていた。オルブレムもまた、それを自然に受け入れた。


「まだ足りないものは多いが、少しずつ揃えていけばいいさ」

「私は、今のままでも十分すぎるほど嬉しいです!」


 ニスベットは、暖炉や長机、ベッドが置かれた自分の部屋を楽しげに行ったり来たりし、嬉しそうに眺め回していた。


「家が完成した記念に、思い出を残そうか?」

 オルブレムは懐から、まん丸で白い魔石を取り出した。


「それは何ですか?」

「〈片目鳥の目〉と呼ばれる魔石だよ」


 その名前を聞くなり、ニスベットの顔がこわばった。

 オルブレムは、彼女の頭を優しく撫でた。


「その名前には、あまりいい記憶がないようだな。でも、この魔石は少し違う。人が残したい瞬間を永遠に刻んで、いつでも見られるようにする力があるのだ。片目鳥を捕まえると、まれに手に入る魔石さ」

「記憶を奪うだけじゃなくて、そんな能力もあるのですか?」


「片目鳥に限らず、混沌の地に現れる魔獣は、それぞれ特殊な能力のある魔石を持っている。ただし、魔獣を倒したからといって、必ず魔石が手に入るわけではない。魔石があるかどうかは、解体してみるまで分からないんだ。

 以前、私たちが倒したパンテラトやラセルティリアにも、魔石はなかっただろう? それだけ魔石は貴重で、手に入るのは運次第ってことさ。だからこそ、魔石は高値で取引されるし、この危険な土地にも人が後を絶たずやってくる理由になる」


「じゃあ、これに私たちの姿を刻めるのですね?」

 ニスベットは、オルブレムの手の中にある、白く丸い魔石をじっと見つめた。


「およそ10を数えるほどの時間を収めることができる」

「じゃあ、これで今の私たちの姿を残せるんですね?」


「そうだ。家が完成した記念にね。でも、その前に髪をとかして、服も綺麗なものに着替えた方がいいな。普通、みんなそうするものだから」


 オルブレムは、櫛でニスベットの髪を丁寧に梳かし、前もって用意しておいた新しいワンピースを手渡した。ニスベットは嬉しさに頬を染め、オルブレムの頬にキスをして、自分の部屋へと駆け込んだ。


 オルブレムも、久しぶりにローブを羽織り、先に外へ出て造形の核を使い、土のゴーレムを作り始めた。


 爽やかな初夏の日だった。ほのかに熱を含んだ風がそよそよと吹き抜ける。

 淡い空色のワンピースを身にまとったニスベットが、外へ出てきた。彼女の白金色の髪は陽の光を受け、月のように柔らかく輝いていた。


 オルブレムはニスベットと並んで、2人の家の前に立った。彼は〈片目鳥の目〉を手に取り、それを見せて説明を始めた。


「これを手に握り、魔力を込めて呪文を唱えると、ここに青い瞳が現れる。その瞳が青い光を放っている間の映像が記録される」


 そう言って、オルブレムは〈片目鳥の目〉をしっかりと握りしめた。

「この瞬間を、汝のなかに記憶せよ」


 すると、白い球体に青い瞳が浮かび上がった。

 オルブレムは、それを土のゴーレムに手渡した。ゴーレムは、オルブレムとニスベットに青い瞳が向くように持ち上げた。


 瞳が青い光を放ち始める。

 2人は並んで、その光を静かに見つめた。ニスベットがそっとオルブレムの腕に抱きつき、体をぴたりと寄せた。オルブレムは一瞬照れくさそうな表情を浮かべたが、すぐに優しく微笑んだ。風が2人の髪をそっと撫でて通り過ぎていった。


 やがて青い光が消えると、白い球体には黒い瞳が宿っていた。ニスベットは、ゴーレムのもとへ行き、それを受け取った。


「これを見るには、どうすればいいんですか?」

「魔石を手に握り、魔力を込めて『汝の記憶を私に見せよ』と唱えればいい。明るい場所より、少し暗いところで見る方がよく映る」


「それなら、家の中で見ましょう」

 ニスベットはオルブレムの手を取り、家の中へと入った。


 扉を閉め、オルブレムに教えられた通りにすると、〈片目鳥の目〉の黒い瞳が赤く染まり、光を放ち始めた。


 すると、少し前の2人の姿が、等身大で映し出された。表情や仕草、髪を撫でる風の動きまで、すべてが鮮明に記録されていた。


 ニスベットは、黒い瞳へと戻った〈片目鳥の目〉を両手で大事そうに包み込んだ。

「お父さん、これ、私が持っていてもいいですか?」


 その願いを込めたまなざしを見て、オルブレムは微笑んだ。

「もちろんだ。好きにするといい」


「ありがとうございます!ずっと大事にします!」

 ニスベットは、満面の笑みを浮かべると、自分の部屋へと駆け込んだ。


 ベッドの横に置かれた小さな木製の引き出し。その中には、オルブレムから贈られた櫛と手鏡、髪飾りなど、ニスベットの宝物がしまわれていた。その一角に、黒い瞳を宿した〈片目鳥の目〉が大切に収まった。


 こうして、丘の上の小さな家で、2人の静かな暮らしが始まった。

 オルブレムの言葉通り、この丘だけは、周囲の地形や植生が変わっても影響を受けることはなかった。時折、魔獣が近くに現れることはあるものの、丘へと足を踏み入れることはなかった。


 オルブレムは、ニスベットに読み書きと算術、そして基礎魔法を教え始めた。ニスベットは、まるで乾いたスポンジが水を吸い込むように知識を吸収し、めきめきと学習のレベルを上げていき、魔力制御や〈造形の核〉を使った造形訓練も、順調に進んでいた。


 時折、穀物や干し肉などの食料や生活必需品を手に入れるために、安全都市へ向かうこと以外は、2人がこの家を離れることはほとんどなかった。


 彼らはその場所で、誰の目にも触れることなく、3度の夏と秋、そして2度の春と冬を過ごした。


          ***      ***


 3度目の冬を迎えたある日、そこへ来て初めて雪が降った。


 混沌の大地の南部は、北部に比べて温暖なため、冬といえども雪が降ったり、水が凍ったりすることは稀だった。ニスベットにとっては、生まれて初めて見る雪だった。


 寒さも忘れ、降りしきる雪を浴びて無邪気に喜ぶニスベットの姿を見て、オルブレムは造形の核を使い、降り積もる雪を集めて〈雪の騎士〉を作ってやった。純白の雪で形作られた騎士は、まるで天の騎士のように堂々とした姿をしていた。


「すごい! 本当に天界の騎士みたい!」

「実は、俺が作る騎士には、モデルがいる。キベレの守護騎士団を模して作っているんだ。俺の知る限り、最も美しく、最も強い騎士たちだからな」


「こんな騎士様が、本当にいるんですか?」

 ニスベットは目を丸くした。


「銀白に輝く騎士たちさ。人々は彼らを〈キベレの妖精騎士〉と呼んでいるよ」

「いつか見てみたいですね」

「そうだな。いつか、そんな日が来るだろう」


 混沌の地の中央にある幻想都市キベレ。そこは東西大陸の交易の中継地であり、何よりも、その荘厳な美しさで多くの人々を惹きつける街だった。だが、その分、今のニスベットにとっては、危険極まりない場所でもある。


 それを十分分かっている彼女は、胸の内の憧れをそっとしまい込んだ。そして、雪の騎士の滑らかで優美な表面を撫でながら、小さく息を吐いた。

「お父さんが作るものは、どうしてこんなに綺麗でしょう? 私なんて、まだ不格好な人形しか作れないのに……」


「いずれ上達するさ。〈造形の核〉を使いこなすには、相応の魔力、精密な魔力制御、そして造形に関する理解と知識が必要だ。魔法とは、〈イメージの具現化〉だ。

 こうした魔法道具が素材に当たるとすれば、魔力はそれを動かす力、そして術者が持つ〈イメージ〉こそが、創り出されるものの本質を決める。

 だからこそ、優れた魔法使いになるには、多くを見て、多くを経験し、絶え間なく学び続けることが重要なんだよ」


「はい。頑張ります。この騎士は、あまりにも綺麗だから、今日だけじゃなく、もっと長く見ていたいです。明日、この騎士と一緒に魔法の練習をします!」


 ニスベットの要請により、彼らは雪の騎士を消さずに、家の扉のそばに見張りのように立たせた。そして、家の中へ戻り、夕食の準備を始めた。


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