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魔塔の少女ー白い魔女の始まり  作者: 星を数える
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1. 黄金の鳥籠の女

 オルブレムは、四方を黄金色の柵に囲まれたなかで、虚ろな様子で座る、名もなき女を見つめていた。彼女の名を知る者は誰もおらず、人々は彼女が囚われているこの場所の名をとって『黄金の鳥籠の女』と呼んでいた。


 この黄金色の柵には、内部でいかなる魔法も神聖術も発動させることのできない特殊な仕掛けが施されていた。誰が、いつ造ったのかも分からないこの装置は、部屋の中央に据えられており、どの角度からもその内部を監視できるようになっていた。


 そこに置かれたものは、2人用の広いベッド、その傍らの金属製の小さなナイトテーブル、2脚の椅子と小さなテーブル、そして用を足すための目隠し付きの小さな桶。それだけだった。


 白いワンピースを纏った女は、20代後半ほどの女性で、誰もが息を呑むほどに美しかった。波打つような白金の長い髪、その下に透き通るガラス玉のような青い瞳、整った唇と優美な顔立ち。


 彼女は、まるで白紙のように何の感情も映さない瞳を持ち、その腕には彼女とよく似た10歳ほどの少女を抱いていた。女の子は、深い眠りについているようだった。


「一日中、ああしていられるなんて、理解できません。本当に感情というものがすべて消えてしまったのですね。正直、こうして監視を続ける意味があるとは思えませんが」


 隣に座っていたリアムが、退屈そうに首を振り、大きく欠伸をすると、立ち上がった。

「まもなく、陛下がいらっしゃる頃です。私は先に失礼します」


 リアムは、オルブレムに丁寧に一礼し、その場を後にした。

 リアムが去り、一人残ったオルブレムは、閉ざされた扉を一瞥し、ゆっくりと立ち上がって柵へと近づいた。


 柵の内側にいる女が、ゆるやかに首を巡らせ、彼を見つめた。

 何も映らぬ虚ろな瞳――そのはずなのに、一瞬、そこに微かな感情の欠片が揺らめいたように見えた。


 オルブレムの心臓がかすかに疼き、彼は右胸のあたりを押さえた。それでも、視線を彼女から逸らすことができなかった。


 彼女の目に映るものは何なのか。彼に何を伝えようとしているのか。女の顔は無表情だった。だが、オルブレムは胸の奥深くから響く悲嘆の声を、感じていた。



 そのとき、扉が開く音がし、国王が入ってきた。続いて、レト王太子が後に続く。その後ろには二人の魔法使いが控えていた。


(そういえば、今日は王太子をここに連れてくると言っていたな)

 しばらく前に、王から通達されていたことを思い出し、オルブレムは、頭を垂れて国王と王太子に挨拶をした。


 国王が彼に尋ねた。

「何か変わったことはあったか?」


「ございません」

 柵の中の女は、先ほどと同じように、虚ろな瞳で宙を見つめるままだった。

「他に用がなければ、私はこれで失礼いたします」


 オルブレムはその場を辞しつつ、王太子レトの表情をちらりと見た。

 王太子は、隠しきれぬ驚きを浮かべたまま、『黄金の鳥籠』を食い入るように見つめていた。


 その場を後にしたオルブレムは、疲れたように両手で顔を覆いながら、速足で廊下を歩いた。『黄金の鳥籠』を見た後は、決まって襲い来る、吐き気を催すような不快感と、深い自己嫌悪。今日はそれが一層濃く感じられた。習慣のように顔をこするのは、そんな感情が表に出るのを抑えるためでもあった。


 レト王太子は、あの光景を見て何を思うのか。己の父の歪んだ信念と、手段を選ばぬ卑劣さに同調するのか。それとも、隠された父の醜悪さに嫌悪を覚えるのか。分からない。どちらとも、断言はできない。あの王ですら、最初からこうだったわけではないのだから――。


 オルブレムは魔法使いであり、古代魔法の研究者であった。70歳を優に超えた彼は、白髪と深い皺を刻んだ顔を持つ老魔法使いに見えた。しかし、それはあくまで外見にすぎず、実際の彼の本来の姿は、40代前半ほどの若々しいものであった。


 彼はハーフエルフではないが、幼少の頃から同年代の子供より成長が遅く、成人してからも実年齢より若く見られることが多かった。


 肉体的な成長は遅かったが、精神的にはそうではなかった。幼い頃から学問の才を示し、10代のうちに、すでにほとんどの魔法を習得してしまうほどの神童であった。


 誰にも明かしたことはないが、彼には魔法とは異なる、生まれつき備わった能力があった。

 それは、あえて言うならば、神聖術に近い性質のものであった。


 彼は幼い頃から、自分が他者とは違うことに気づいており、その事実を誰にも悟られぬよう徹底して隠してきた。現在、老いた姿を装っているのも、余計な疑念を招かぬためである。


 オルブレムが古代魔法の研究者となったのは、自らの出自を知りたいという単純な欲求と、純粋な学問への情熱が重なった結果であった。


 マジェレット大陸には、かつて存在したという古代帝国の伝説が広く伝えられていた。いや、それは、伝説というより、それはもはや事実として受け入れられていた。


 なぜなら、その証拠として、大陸の中央を南北に貫き、東西を完全に隔てる〈混沌の地〉が存在しているからである。


 北の8つの安全都市、南の8つの安全都市、そして大陸中央の幻想都市キベレ――これら17の都市を除けば、大地の生態系や地形は、瞬く間に変化し、終わることなく危険な魔獣が生まれる土地。それこそが〈混沌の地〉だった。


 人々は、かつて存在した魔法帝国が滅亡した後、その跡地に〈混沌の地〉が生じたのだと信じていた。魔法が高度に発達した古代帝国の民は、魔族と天族の血を引く者たちであり、特殊な能力と長い寿命を持っていたとされる。


 オルブレムは、自分の血脈にもその影響があるのではないかと、漠然と推測していた。ゆえに、古代魔法と古代帝国の研究は、彼自身のルーツを探る旅でもあった。


 西大陸出身の彼が、東大陸南部のカリトラム王国へと渡ることになったのは、レト王太子の哲学、修辞学、数学の教師として招聘されると同時に、王立古代魔法研究所の研究員としての役割を与えられたためだった。


 最初の5年間は、実に満ち足りた時だった。レト王太子は聡明で思慮深く、優れた弟子であり、研究所で新たな知識を求め、研究課題に没頭する日々は楽しかった。


 しかし、その充実した時間は5年目のある日、王が彼を『黄金の鳥籠』の前へと呼び出したことで、終わりを迎えた。


           ***     ***


 レトは、黄金の柵に囚われた女と、その腕に抱かれた子供を呆然と見つめていた。

 自分の目の前に広がるこの光景は、一体何なのか。何の感情も、何の思考も浮かばない白紙のような美しい女。そして、静かに眠る幼い少女。


「……これは、一体何なのですか?」

 彼は重い口を開き、父王に問いかけた。


 エリプトン王は少女を指さし、静かに言った。

「純血の子だ」


「純血の……子?」

「古代帝国の純粋な血統を受け継ぐ者だ。その子を生み出すために、我らは長い年月をかけてあらゆる手を尽くしてきた」


「……それは、一体?」

 レトは父を振り返った。


 エリプトンの顔は冷厳で、厳粛なまでに真剣だった。

「この子がやがて子を産める年齢に達した時、お前の子を宿すことになる」


「……!」

「それによって、我が王家に流れる古代帝国の血をさらに濃くするのだ」


 レトの全身が硬直した。大きく見開かれた目は、父の言葉の意味を探るように、ひたすらその口元を見つめていた。


 エリプトンは少し表情を和らげ、諭すように続けた。

「突然の話に驚いたか。私も、お前の年頃に、これを知った時は、随分と驚いたものだ。しかし、お前ももう子どもではない。いずれは私の跡を継ぎ、この国を背負う立場となる。くだらぬ感傷に浸っている暇はない。この道こそが、ブレイツリーに対抗し、奴らに奪われた王の指輪を取り戻すための唯一の方法なのだ」


 その時だった。女の腕の中から、かすかな甘えた声が聞こえた。

「……ママ、くるしい……」


 女の子が身じろぎし、眠たげな目をこすりながら、辺りをきょろきょろと見回した。やがて、母の腕の中からするりと抜け出し、柵のそばまで歩み寄った。淡い青緑色の瞳が、好奇心に満ちて、レトをじっと見つめる。


 女は虚ろな顔のまま、操り人形のようにぎこちなく腕を伸ばし、女の子を抱き寄せようとした。しかし、少女は素早く身を翻し、それを拒んだ。


「やだ、もう寝ないの」

 そう言いながらも、その瞳はただひたすらレトを捉えたままだった。


 そんな少女を見つめていたレトに、エリプトンが冷ややかな声で言った。

「情を抱くな。あれは王家の栄光のための道具に過ぎん」


「……」

「この柵の外へ出すことは決して許されない。忘れるな。あれらは決して従わせることも、飼い馴らすこともできぬ存在なのだ」


 レトは少女から視線を逸らし、目を伏せた。

「……もし、あの子が私を拒んだら、どうなるのですか?」

 彼の脳裏には、さらにおぞましい想像が広がっていた。


「心配することない。その前に〈混沌の地〉へ連れて行く。〈片目鳥〉の群れに預け、記憶を失わせた上で、連れ戻すことになる」


 レトは無意識のうちに拳を固く握りしめていた。

 〈 混沌の地〉に棲む魔獣、片目鳥――それについては、彼も書物で読んだことがある。


 人の記憶を喰らうというその魔獣の群れに囚われた者は、あらゆる記憶を奪われ、己自身すら忘れ、ただの空っぽの殻となるのだと――。


 彼はその瞬間、あの女の虚ろな瞳が何によって生まれたのかを悟った。激しい吐き気がこみ上げ、眩暈がした。


 王が彼の肩に手を置いた。

「あの子が産む子は、いずれお前が迎える王太子妃の子として世に知られることになる。あの女の子の存在が外に漏れることは決してない」


 レトは何も答えなかった。その肩に置かれた王の手に、僅かに力がこもった。

「すべてはカリトラムのためだ。闇なき光など存在せぬ。王たる者、些細な闇には目をつむる術を学ばねばならん」


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