第四話 高校生活の始まり
明美さんたちが引っ越してきてから数週間がたった。父さんと明美さんは正式に入籍し、俺たちは家族になった。俺も無事高校に入学し、新しい生活が始まった。
ただ...予想できたことではあったが、生活の上で、一つの問題が発生していた。
それは...いまだに俺があの姉妹との家の中での距離感が掴めずにいるということである。なにせ二人は、この家に来てから俺と一回も会話をしていないのだ。父さんとは非常に淡泊なものだが、話しているのを数回だけ見たことがある。だが俺にはただの一度もない。
父さんと明美さんは共働きで、尚且つ、いつも朝早くから家を出てしまうので、必然的に朝家にいるのは、麗美さん、愛美さん、俺の三人になってしまうのだ。実質朝は孤立状態で、想像以上にキツい。
俺は毎朝二人に「おはよう」と声をかけているが基本フル無視で、返答もなければ顔すら合わせてもらえない。コミュニケーションと呼べるものは一切なく、本当に関わる気ゼロのようだ。
全員が学生ということもあり、朝はだいたい行動する時間が同じで、朝食の時間はほぼ丸被りしている。何も発せずただ食器の音だけが鳴っているだけで、重たい雰囲気に俺はいつも腹をキリキリと痛ませていた。
(う~気まずい…さすがにこれがずっとだと応えるな…)
食事を終えて、学校に行く準備を整えると、俺は家を出た。
「いってきます」
「・・・」
「はぁ~」
わかってはいたが当然反応はなし。俺はため息を吐く。(少しくらい返してくれてもいいのに)と内心で嘆いた。
だが、俺はどれだけ気持ち的に辛くても、絶対にあいさつだけは欠かさずしようと決めていた。俺から彼女たちへの関わりを断ったらそれこそ終わりだからだ。彼女たちからしつこいと思われても構わない。話すことができる可能性が数分の一でもあるならそれに賭けたい思っているのだ。
(いつか返事を返してくれたら嬉しいんだけど…)
そんないつかを待ちわびて俺は学校に向かって歩き出した。
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俺が通っている高校の名前は梓ヶ丘高校である。新たに整備された新興住宅地、「梓ヶ丘」の中に設立された高校で、設立から15年ほどになる。進学校並みに偏差値もそれなり高く、進学率も良い。また、公立高校ながら、スポーツ強豪校として知られている。
ちなみに、義姉になった麗美さんが通っている高校もここである。最初知った時は驚いたし、少し不安な気持ちにもなったが、すぐに問題はないと割り切った。麗美さんと俺の事情を知っている人なんて学校には一人もいないだろうし、知りえる情報もない。もちろん俺は誰にも話す気はないし、麗美さんもあの態度から考えるに絶対に誰かに話すなんてことしないだろう。
(姉弟だってことがバレると面倒だから、できれば隠し通しておきたいな。バレるのは麗美さんも嫌だろうし)
さっき自販機で買ったコーヒーを啜りつつ、そんなことを考えながら歩いていると、後ろからいきなり声をかけられた。
「ま~もる!おはよう!」
俺は考えていたことを一旦中断して振り返ると、一人の女の子が駆け寄ってきた。
「おはよう理奈」
「また考え事しながら歩いてたでしょ?ボーっとして全然こっちに気付かないんだもん」
「あー悪い悪い」
「もー、気を付けなよ」
こいつの名前は篠原理奈、幼稚園からの仲で近所に住んでいる。いわゆる幼馴染というやつだ。天真爛漫な性格で周りから愛されるキャラクターをしている。理奈も同じ高校に通っていて、偶然にもクラスメートでもある。
今日もそうだが、最近理奈に会うとよく思うことがある。それは、ずっと近くで一緒に過ごしてきたためか、これまで異性としてあまり見たことがなかったが、中学生のころよりも大きく成長した胸と細く華奢になった体躯を見て、改めて女の子なんだなと感じるようになったのだ。加えて、美人と言っても過言ではないくらい整った顔立ちにもなって、俺もたまに見とれてしまうときがあった。
(入学してからまだ一週間くらいしかたってないのに、もうクラスで密かに人気になってるんだよな)
理奈についてはクラスでよく男子たちの話の種になっていた。
「本当に守が同じクラスで良かったよ!親しい人全然いなくてどうしようかと思ってたけど守がいてくれれば安心だよ!」
「そうか?理奈だったらすぐに友達くらいできると思うけど?」
「いやいや、私これでも人見知りしちゃうタイプだから、初めての人の前だと変に緊張しちゃうんだよね。でもなんでだろう、守が近くにいてくれると安心できるんだよね」
「なんだよそれ」
理奈の言葉に少し照れくさく感じたが、すぐに平常心に戻る。その後はお互いの近況についての話をしながら学校に向かった。(ただし、再婚のことは伏せた)
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学校に着いて下駄箱まで来たところで、突然理奈が何か思い出したように駆け出した。
「あ!ごめん!昨日吹部の部室に忘れ物してたの思い出した!取りに行かないと。それじゃあ守、また教室でね」
「おう、また後で」
下駄箱で理奈と別れて俺は教室に向かった。教室に入るともう半分ほど生徒が来ていた。俺は自分の席に歩いていき荷物を置いた。すると、俺が来たことに気づいて何人かの生徒が近づいてきた。
「おっす国崎、今日は篠原さんと一緒じゃないんだな」
「ん?おー、おはよう谷口、理奈なら忘れ物取りに行くって言って部室に行ったよ」
「登校は一緒だったんだ。羨ましいやつだぜ」
こいつは俺が高校で最初にできた友達、沢口真也だ。席が隣で俺から話しかけたのをきっかけに、同じ漫画が好きということがわかり、そこから仲良くなった。テニス部所属でだいぶ肌が焼けている。
「国崎おはよう」
「おっす武内」
沢口と一緒にきたこいつは武内智康。もともと沢口の友達でそのつながりで仲良くなった。卓球部所属で中学の頃は割と良いところまでいったらしい。最初の印象だと少し変わったやつだと思ったが、話してみれば全然普通の高校生といった感じだった。
「おはよう、国崎くん」
「佐々木もおはよう」
最後にこいつは佐々木大志、理奈を含めて二人しかいない中学からの友達の一人だ。テニス部所属で沢口とはそこで知り合ったとのこと。人当たりがとても良い。
「なーなー、昨日から放送のレッド・アーカイブ観たかよ?」
「なんだよ沢口いきなり、俺は観てないぞ。タイトルは知ってるけどな」
「いやー…僕も観てないな…」
「もったいない、二人とも観ろって!国崎は?」
「ん?ごめん、俺も観てないや」
「もーなんだよお前ら!いいか?今期絶対に・・・」
これがいつもの始まりである。親しい友人とたわいもない話をする。それが俺の高校生としての一日のスタートであった。