第二話 家族対面
父さんから再婚の話を聞いた次の日、父さんはいつもより早く帰宅した。帰ってきてリビングに入ってくるなりすぐ、嬉しそうに話し出した。
「今日、昨日のことを話してきたよ、あちらの方も娘さん達に再婚のことを話したそうだ。それで、今週の土曜日の夕方が都合が良いそうだからその日に向こうの家族と会うことにしたよ」
と言ってきた。いきなり話しだしたので少しびっくりしてしまったが話は理解できた。
「分かったよ、夕方の何時頃なの?」
「5時頃にタカダ電気近くのイタリアンレストランで会うことになってるからそのつもりで頼む」
「了解」
「じゃあ忘れずに」
そう言って父はリビングから出て行った。
その日から俺は再婚の話が急に現実として近づいてきたためか、相手の家族のことが気になって会う予定の日まで変に緊張が抜けなけなかった。
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土曜日当日、俺はタカダ電気近くのイタリアンレストランに来ていた。本当なら父さんと二人で来る予定だったが急遽会社から連絡が入り「夕方までには帰る」と言って家を出てしまった。家である程度待っていたが、連絡があり「先にレストランの方で待っててほしい」と言われたので先に来ていたのである。幸いにも歩いていける距離にある店だったのでありがたかった。
着いてから数分たって父の車がレストランの駐車場に入ってきた。
「悪い悪い、いろいろゴタゴタがあってな、待ったか?」
「いや、俺も今来たところだよ」
「そうか、じゃあ入ろう、むこうの家族はもう来てるみたいだからさ」
そう言って父はレストランの中に入っていき、俺もその後を追って入店した。
「いらっしゃいませ、ニ名様ですか?」
「いや、待ち合わせをしてて、もう来ているんです」
「そうですか、では店内をご確認ください」
店員とのやり取りを終えて父はその相手家族を探すために歩きだそうと一人の女性が立ち上がってこちらを見ながら手を上げた。
父とその席へ向かうとそこにはさっき立ち上がった女性を含めて三人の女性が座っていた。
「どうぞ座ってください」
「遅くなってすみません、お待たせしてしまって」
「いえいえ、私たちも来たばかりなので、気になさらないでください」
さっき立ち上がった女性が父と話しだした。多分この人が父さんの言っていた再婚相手なんだろうと理解した。そこから意識を座ったままのもう二人の女性に向けた。
(彼女たちが父さんが言ってた相手の方の娘さん達かな?)
一人は窓側で頬づえをついて外を眺め、もう一人はスマホでゲーム?をしているようだった。二人とも一切こちらを見ようとせず、表情は明らかに晴れやかではなかった。興味がなく嫌悪しているような、そんな雰囲気が感じられた。
親二人の話が終わり全員が席に着いたところで、二組の家族が向かい合いあいさつが始まった。
最初に口を開いたのは、父さんと話していた女性だった。
「改めて、初めまして、勤さんとお付き合いさせていただいている宮城明美です」
改めて対面して顔を見ると女優さんかと思えるくらいにとても奇麗な方で、内心とても驚いた。(父さんもやるじゃないか)と素直にそう思った。
次に明美さんに促されて、先ほどからこっちに一切の反応を示さない二人の女性があいさつをした。
「姉の麗美です、はじめまして」
「妹の愛美です、はじめまして」
発した言葉はこの一言ずつだけ、先ほどから同様に一切こっちを見ることなく、すぐに二人は元の体勢に戻ってしまった。
「ちょっと、二人とも...ごめんなさいね少し態度が悪くて...実はこのことを打ち明けたのはつい最近で…」
「いえいえ、お気になさらず。うちも似たようなものですし、初対面ですから、仕方ないでしょう。じゃあ今度は私たちの番ですね」
そう言って今度は父さんが自己紹介をはじめた。
「初めまして、国崎勤といいます。明美さんとは会社の同僚でした。”父親になれるように”なんて図々しいことは言いませんが遠慮なく接してくれれば嬉しいです」
父さんの言葉を聞いて俺は少し照れくさくなった。明美さんも気恥ずかしそうにしながら笑顔を向けていた。娘さん二人は相変わらずの無反応だった。
「次は守だ。あいさつしなさい」
父さんに促されて俺もあいさつの言葉を口にした。
「初めまして、国崎守です。今後仲良くできたらなと思っています」
「あなたが守くんね、とても立派な息子さんね」
「はい、自慢の息子です」
俺は父の言葉にまたさらに照れくさい気分になった。
だが、お互いの紹介が終わった時、俺はあの無反応の姉妹に再び意識が向いていた。あんな態度をとられてしまったことがどうしても気になって仕方なかったからだ。
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レストランで会ってから一時間半ほどがたった。基本的に二人の姉妹はこの時間ほとんど口を開かず会話には入ってこようとしなかった。明美さんが促す場面もあったが頷いたりするだけでこちらとの関わりを一切持とうとしなかった。だから結局、最初から最後まで俺を含めて三人での会話になっていた。
ある程度いい時間にもなり、お開きの流れになったところで、父さんは明美さんたちにむけてある提案を持ちかけた。
「あ、そうだ、明美さんたちはマンション暮らしと言っていましたよね?」
「ええ、そうですよ」
「…もし良ければ、私たちの家に引っ越すというのはどうでしょう。そうすれば比較的娘さんたちの学校も近いですし、…家族になるんですから一緒に暮らしたいなと思いまして」
「え、逆によろしいんですか? 手狭ではないですか?」
その言葉を聞いた瞬間、これまで無反応だった姉妹がビクッとなって少し視線をあげた。会話に耳を傾けているようだった。
(何か気になることでもあったのかな)
「いえいえ、二人で住むには広すぎるくらいですから、大丈夫ですよ」
「…そうですか…、今すぐには決められないので娘たちと相談して、また今度返答しますね。提案ありがとうございます」
明美さんの言葉に安堵したのか、ホッとした様子で姉妹はまた視線を下に落とした。
「わかりました。ゆっくり考えてみてください、こちらこそ急に変な提案して申し訳ない」
それが最後の会話になり、今日の面会はお開きとなった。結局姉妹が俺たちの前で話しをするというのは最後までなかった。店を出た後、「また今度」と軽いあいさつを交わして明美さんたちはタクシーに乗って帰っていった。それを見送り、父さんと車に乗ると二人して大きなため息が出た。
「さすがに今回ばかりは父さんも緊張したな。守はどうだった?」
「俺もだよ、気疲れってやつかな」
「そうかもな。…なー守、あの時おまえに聞くの忘れてて悪かったんだが、もし…あの人たちと一緒に暮らすことになっても…大丈夫か」
「俺は全然大丈夫だから気にしないで」
「そうか、ありがとう」
父さんはそう言って車をだした。
正直俺は、それよりもあの姉妹のことが気がかりでしょうがなかった。初対面だからといって露骨にあんな態度を普通とるだろうか。あの二人には明らかな”壁”があった。
(不思議だな)
父さんもあの異様さには気付いているのだろう。だけどあえてそこに触れないのは父さんなり気遣いなのだろうと思う。
(まぁ再婚の話が進んでいけば自然となるようになるだろう)
俺はそう心の中で整理をつけて、姉妹のことはいったん忘れることにした。今度は、今後の生活について思考を切り替える。すると、ふつふつと俺の中で好奇心が湧き上がってくるのを感じた。どうやら俺は、自分で思っている以上にこれからの生活に対してワクワクを感じているようだった。