57.凱旋
かくしてイスタリア帝国軍が秘密裏に配備、また実戦投入しようとした史上初の対地ロケットは、それが使用される直前の段階で阻止、破壊された。
後に他の地にてそれが使用された事による被害状況や、入手した資料によって、弾頭威力は約一トンと費用対効果がさして芳しくないこと。半数必中界は約六キロと劣悪で、戦術兵器としてはほぼ役に立たない事実が判明するが、反面、都市を対象とした無差別攻撃には、『防ぎようのない死』として重大な脅威とみなされつづけた事実は変わらなかった。
じっさい、大戦後期には、この対地ロケットによる都市攻撃をイスタリア帝国は終戦工作の一環として多くおこなう事となるのだが、それはまた別のはなしである。
とまれ、
ヴォトル少尉、また、ヴィンテージ中尉たちにはなしを限ると、セクレの泉に設置された対地ロケットの発射場破壊によって、その戦場環境はかなり良好なものとなった。
前線にて対峙しているイスタリア帝国軍が一時的にであれ弱体化し、それによって自軍の態勢を立て直すための貴重な時間を得られたからである。
つまり、
イスタリア帝国、また、当該方面へ進出していた帝国軍の基本戦略は、あくまでタス連邦領域にねむる資源奪取を主としたものであり、中央天山路の打通は、あくまでその達成を容易にするための助攻にすぎなかった。
対地ロケットの配備、また使用は、膠着状態となった戦勢打破のためであり、ロケット攻撃による心理的衝撃、物理的破壊の威力をもって敵する対抗部隊を一気に殲滅する、というのが目的であったろうことは間違いない。
しかし、こうした目論見が破綻し、あまつさえ、築き上げた拠点さえもが破壊されるにおよんで、敵の、どちらかと言うとミスディレクションを誘うためにおこなった前線部隊への督戦、結果としての消耗に、攻勢計画そのものを一旦中断せざるを得なくなった。
自縄自縛の状態に陥ってしまったのだった。
「ま、何にしたって、これまでも、これからも、俺たちがやることは同ンなじだけどな」
コマンダーキューポラから上半身を乗り出し、頬を風になぶらせながらヴォトル少尉はつぶやいた。
「この〈ブラウヴェイス〉を枕に鬼退治、スね」
上機嫌に鼻唄など口ずさみながらシールズ軍曹が相の手をいれてくる。
受けたばかりの整備が功を奏したのだろう、彼らの乗車は調子をくずすこともなく、押っ取り刀で駆けつけてきた部隊と交代するかたちで元々の基地――自分たちのねぐらへと戻りつつある。
戦争はまだまだ続くだろうが、それでも敵に一矢報いてやった――その達成感が、誰しもの顔をあかるいものにしていた。
「とりあえず、こんな所まで出張ってきていた〈ヘルハウンド〉のヒトも獣も始末をしたし、家に辿りついたら、取り敢えず、風呂に入って、飯をたらふく喰って、浴びるくらいに酒をかっくらって、それでグースカ寝たいっす」
さすがに体力が尽きたのだろうリド上等兵が、〈ブラウヴェイス〉の床に大の字に伸びて力なく呻く。
それに対して、
「あ、司令部から樽一杯までならって許可を言ってきてましたよ」
あ、今おもいだしましたという感じでリド二等兵が言えば、ガバッと半身を起こし、よっしゃぁ~! と両腕を突きあげるあたりが流石はドワーフといったところか。
とまれ、
「そういえば」と、更に声をあげた者がある。
ネクターである。
湖畔からもどった観測班だったが、彼女は何故かふたたび〈ブラウヴェイス〉に乗り込み、同乗して帰ることに決めたのだ。
「そういえば、以前からお訊ねしようと思っていたことがあるんですの」
彼女は言った。
「なんです?」
車内通信機越しにヴォトル少尉。
「ええ。この戦車? の名前なのですが、〈ブラウヴェイス〉というのは、高山に咲く花の名前ですわよね。わるくないとは思うのですが、このような戦う機械に、どうして、そういう名付けをしたのでしょうかと、すこし疑問に思っていたのですわ」
「ああ」
そう言って、ヴォトル少尉はわらった。
「ごもっとも至極な疑問です」
〈ブラウヴェイス〉のゴツくて、いかにも分厚そうな装甲板を掌で愛おしそうに撫でさすった。
「いかにも〈ブラウヴェイス〉というのは、花の名です。そして、自分たちドワーフの誓いの言葉でもある」
「誓い?」
「ええ。〈ブラウヴェイス〉は別名を『雪割草』とも言います。風にも耐えない、一見、弱々しそうな風情と裏腹、風に吹かれ、雨にうたれ、ひとに踏みにじられようと、春が来れば陽の光をあびて花を咲かせる」
そこで口をグッと引き結んだ。
「同胞を殺され、国を喪っても、自分たちもまた、それと同じく強くあろうと、その誓いのもと付けられた名前なんですよ――〈ブラウヴェイス〉は」
そういう彼の視線の遙か前方に、基地の姿が見えてきていた。
〈完〉




