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55.焔と水と―20

「残弾は?」

 ヴォトル少尉が訊ねた。

「残り四発」

 汗でずぶ濡れになったリド上等兵がこたえる。

 自らが(しつら)えた戦車壕――その傾斜を描く底面に身を横たえた〈ブラウヴェイス〉もまた上り坂を登るのにも似て、かなりな傾斜がついている。

 もう何発も何発も何発も……、その上り坂を登り、重い砲弾を装填し続けているのだ。

 あまりの重労働に全身から吹きだした汗に硝煙がまとわりついて(いぶ)されているような案配で、リド上等兵は煙突掃除人を思わせるなんとも非道い有り様となっていた。

「すまんが、もう一踏ん張り、頑張ってくれ」

「なんのこれしき! あと四発きりなのが惜しいくらいでさぁ!」

 ヴォトル少尉のねぎらいに、(まん)(ざら)つよがりだけでも無さそうな調子でリド上等兵。

 男たちふたりが笑いあう中にヴィンテージ中尉の声が割り込んできた。

「観測班より連絡ありました。精霊魔法の発動を確認。準備完了とのこと」

「了解。シールズ、頼むぞ」

「合点! この〈魔弾の射手〉の腕を信じておくんなさいって!」

 虚勢かも知れない。

 いや、これまで自らそのふたつ名をすすんで名告ることなどなかったから、まず間違いなく虚勢であるのに違いない。

 これまで数十発ものムダ弾を虚しく放った。

 慣れ親しんだ照準器もロクに使えず、ほぼ目検討での砲撃を強いられ続けてきたのだ。

 ヴィンテージ中尉が弾道計算をおこない、その結果が口頭で伝えられる。

 それに従い、こんなものか、と車体をミリ単位で動かし、砲をほんの微かに上げ下げする。

 そして引き金を引き、観測班からの『命中せず』との報告を受け、歯噛みする――それを何度も何度も繰り返してきたのである。

 素人目にはわかるまい。

 難易度の高さも、練度の高さも、ウマい/ヘタ――その判別は、結果からしか判断できないのだから当然だ。

 しかし、専門家をふくめ知識のある者からすれば、『誤差』の範囲で弾着位置をまとめあげているヴィンテージ中尉の計算能力は、天才的と言うしかなかったし、

 砲の癖や風向き等も考慮し、示された計算値を勘と感性のみを頼りに修正――敵を怯えさせたシールズ軍曹の腕前もまた〈魔弾の射手〉と呼ぶにふさわしかった。

 結果を出せなければ意味が無い――たとえ当の二人がそう思っていようと、今、この場において、およそこの二人の組合せ以上に成果をあげうるだろう存在はない、と言い切れた。

「シールズ軍曹、いきますよ」

 やがて、ヴィンテージ中尉が口をひらく。

 セクレの泉を睨む観測班――ネクターが新たに精霊に請うた魔法の顕現した場所をすべからく座標をしめす数値に変えて、淡々とした口調で告げてきた。

 水平と垂直――方位と高さ、最終的にふたつの角度に集約される数値に合致するようシールズ軍曹は〈ブラウヴェイス〉をあやつる。

 アイドリング状態を保っていたエンジンの音がわずかに大きなものとなり、キャタピラが、そして砲が、ほんの微かにうごめいた。

「装填完了」

 そんな雰囲気に呑まれたわけでもあるまいが、囁くような声でリド上等兵が状態を告げる。

 なにもする事とてないヴォトル少尉とネク二等兵は、息をひそめて一部始終をただ見守っていた。

 数瞬の後、

「発射」

 吐息のようなシールズ軍曹の声と同時に〈ブラウヴェイス〉は主砲発砲の衝撃に揺れる。

 砲口から長大な火焔を噴き出し、音速をはるかに超える速度で鋼鉄の弾丸が空の彼方へと向け、一瞬のうちに消え去った。

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