53.焔と水と―18
「あら、まぁ……」
通信機越しに新たな加護――精霊への願いについて、それが可能かヴィンテージ中尉に問われたネクターの反応がこれだった。
「ヴォトル少尉のアイデアなのです。彼はドワーフですから、精霊へ加護を願うことに関して今ひとつ疎いようで、私に確認を求めてきました」
「そうでしたのね」
「話をきいて、私はいけるのではないかと考えました。問題があるとすれば、巫女殿の心身双方のコンディションでしょうが、その点はいかがですか? 現状、また、施術の負担が大きすぎるようであったら、遠慮されずに仰ってください」
「大丈夫ですわ」
すこし気遣わしげな口調のヴィンテージ中尉の問いに、ネクターはむしろ快活にこたえる。
「本当ですか?」
しかし、ヴィンテージ中尉の口調は変わらない。
「今でさえ、軍人ではない非戦闘員、なにより住まわれていた地から逃れてこられたばかりの貴女に無理をお願いしているのです。そんな貴女がこれ以上の負担をかかえなければならない義務などありません。我々に対する遠慮は無用です。すこしでも不安を感じられているなら、どうぞその旨おっしゃって下さい。すぐにも他の手立てを考えますので」
どこか説得しているような感じでそう続けた。
「まぁ……」
それに対してネクターは、通信回線の向こうでクスリとわらった。
「中尉殿といい、あのドワーフさんといい、ここにいらっしゃる殿方は皆、心配性な方ばかりですのね」
そこで一旦、言葉を切って、
「でも、大丈夫です。と言いますか、お恥ずかしい限りですが、いま、中尉殿から精霊に新しい加護を願ってくれと言われて、なぜ私がそのことに思い至らなかったのかと思わされたくらいです。確かに私は中尉殿や他の皆様のようには戦うことは出来ません。でも、精霊と意念を交わしあうのは逆にこちらが本職です。ですから、ご心配にはおよびません。
中尉殿より承りました今のご依頼、万遺漏無く相務めさせていただきます」
一息に言いきると、そこで傍らに控えていたのだろう兵にマイクを渡したようだ。
話者が変わって、男の声が怖ず怖ずと「中尉殿……?」と呼びかけてきたから、ヴィンテージ中尉は額に手をあて、ふぅ、と深く吐息するほかなかった。
「何でもない」
それだけ言うと、湖畔側の状況を確認する。
水上機はもどってきたが、筏の上には殊更目立った動きはないこと。
水上機の方は給油と爆装を急いでいるらしい様子が見受けられること。
主にその二つを聞いて、敵の戦力配置を最終的に把握した。
今頃、急を聞いた敵が、最寄りの基地から飛行機――たぶんは地上襲撃機をこちらへ向かわせているかも知れない。
だが、今この時だけは戦力はこちらが敵を上まわっている。
警護にあたっていた〈ヘルハウンド〉は、集落地跡の部隊は殲滅し、カロンの三叉路にて封鎖にあたっていた部隊は味方が依然拘束し続けている。
天然の水堀とも言える湖面にある故、筏の上には戦力の配備はされてはおらず、経空脅威たる飛行機も、水上機でなければ現地で運用することが出来ない。
重たいフロートをぶら下げている機体であるため、アーカンフェイルの稜線を軽々越えるというワケにもいかず、その全力はただの一機。
おそらくは完成品ではなく、部品単位でばらして、ここで組み立てたのではないか。
だから、今――今だけだった。
今、この時に、何としてでも、あの巨大ロケットを破壊してのけねばならなかった。
「よろしい」
ヴィンテージ中尉は言った。
「作戦を続行する。持ち場にもどれ」




