47.焔と水と―12
「ネクター」
ヴォトル少尉は言った。
相手が反応しないので、すこし躊躇った後、彼女の肩に手をのせ、もう一度名前を口にした。
巫女の身体がビクンと跳ねる。
かまわず、薄い肩にかけた掌にわずかに力をこめた。
「今度の件は貴女が気に病むようなことじゃありません。周辺からほぼ隔絶した湖に、空輸でのみ資材、人員を運び込んで基地を急速設営するイスタリアの連中のやりようはあまりに異様です。誰にも予見できなかったし、誰にも防ぐことは出来なかった。犠牲になった人間は残念としか言いようがありませんが……、俺はそう思います」
そう言い終えると、最後にグッと掌に力をいれて、それから離した。
「……ありがとう、ございます」
顔をうつむけたまま、辛うじて聞きとれるほどの小さな声で彼女はこたえた。
「さて、そこで、です」
ヴォトル少尉は、そこでパン! と手を打ち鳴らす。
「さっきの問いを繰り返します。ネクター、イスタリアの軍兵がもちいるような粗雑なそれでなければ魔法は行使できるんですね――何回か回数を重ねることになっても、安定して?」
「え? ええ。大丈夫だと思いますわ」
すこし途惑った感じでネクターは答えた。
軍事どころか世事にも疎いであろう巫女たる身だが、さすがに自分がなにを期待されているかは薄々察せるところもあったのだろう。
しかし、ヴォトル少尉が重ねて訊ねてきたのは、ロケットを直接破壊するというような攻撃的なものではなく、どちらかと言うと防御か支援にこそ向いている――日常的につかっているような魔法が問題なく使えるかということだった。
もちろん、それは問題ない。
問題はないが、でも、それがどう役に立つかはわからない。
彼女が途惑い顔になるのも当然だった。
「では、ここからは『お願い』です。貴女は軍人ではないから拒否されても構いません。同意しなければならない義務もない。貴女は民間人――それも戦禍に見舞われた地から逃れてきた被災者なんです。その被災者に無理を願うこちらが羞じることはあっても、それは貴女には関係ないことです」
よろしいですか?――そこまでを言って、ヴォトル少尉は一旦言葉を切った。
「これから申し上げる『お願い』というのは、巫女として、現在ここにいる者たちの誰より精霊への請願に優れた貴女に共に戦ってほしいというものです。
「こんなことを願うのは、軍人としては情けないことです。しかし、おそらく、事は一刻を争う。そして、ヴィンテージ中尉も自分も、貴女に無理をお願いする以外、解決策を思いつかなかった」
だから、どうかお願いしますと、頭をさげた。
「……あらあら」
数瞬の沈黙の後、目の前の男の旋毛をどこか呆気にとられたように見つめていたネクターは、そう言うとふっと吐息をもらした。
「なにを仰るかと思えば、ずいぶんと今更、今更、ですわ」
肩から力がぬけた体でそう言うと、
「もちろん、参ります。ヴィンテージ中尉も、それから少尉殿も、道案内をのみ期待されていたのかも知れませんが、私はもともとそのつもりでおりました。私でお役に立てることでしたら、ご遠慮なしに何なりとお申し付けくださいまし」
「申し訳ない。そして、そう言っていただいて、どうも有り難うございます」
それでは、さっそく――頭を上げたヴォトル少尉が、そう言いかける矢先、かすかに伝わってきたエンジン音と、『敵機接近! 総員退避!」の叫び声が響き渡った。




