45.焔と水と―10
「御迷惑を……お掛け致しましたわ」
ヴォトル少尉が〈ブラウヴェイス〉まで戻ると、ネクターは既に意識を取り戻していた。
彼女が砲戦車に乗り込んだ最初の位置――兵員室に通じる車体後部の乗降ハッチが開けられ、そこから脚を外へと突き出し、背中をまるめて座っていた。
〈ブラウヴェイス〉に腰かけているような格好である。
頬が赤い。
トランス状態だったから、その時点の記憶はない筈――ヴィンテージ中尉からそう聞かされてはいたが、実はそうではないのか、それとも自分が我を失い、最終的には意識をうしない昏倒してしまうくらいにキレた事が恥ずかしいのか、さすがにそこまではわからない。
また、確かめるような事でもないだろう。
「具合はどうです?」
ヴォトル少尉は訊ねた。
「もう大丈夫ですわ。何も問題はありません」
「その……、精霊に呼びかけることはできますか? 魔法をつかうことは?」
真実、大丈夫なのか、それとも虚勢か。
ヴォトル少尉には判断できない。
だから、これから必要となる、彼女に頼みたい――彼女にしか出来ないことが実行可能か否かをズバリと訊いた。
ネクターは、パチパチと目を瞬いた。
「……そのご質問には、『はい』、でもあり、『いいえ』でもある――そうお答えすることしか出来ませんわ」
「どういうことです?」
すこしの沈黙の後、ネクターが返してきた言葉はどうにも曖昧で、今度はヴォトル少尉の砲が目をパチパチと瞬かせた。
エルフの巫女はやわらかく微笑む。
「ドワーフの方は、あまり魔法を……精霊との対話をされないので不案内かも知れませんわね」
そう言うと、
「巫女としての私が精霊に請願し、実現する魔法は、その作用が比較的ゆるやかな、この世のありようを積極的に乱す種類のものではありません。調律がとれている、と言えば、なんだか高尚なもののような感もありますが、正しくは、ヒト族の行使する魔法のような刹那的――作用状態を維持できない魔法は逆に不得手というだけです」
そこで、ヴォトル少尉の顔を見るとクスリとわらう。
「でも、そう言いながら、この集落の手前で不得手な筈の、ヒト族がふるう暴力的な魔法を行使したじゃないか――そう仰りたいご様子ですわね」
「い、いや、決してそのような……!」
口ごもって否定しようとするドワーフをかるく手を振り制止した。
「よろしいんですのよ。ヒト族の魔法のように、攻撃的なそれを行使できるか否かというだけであれば、答は『できる』です。ただし、その発動条件は、精霊に請願をおこなう人間が正気を失っていること、激情に我を見失っていることで、結果、顕現する魔法はコントロールも何もなされない、純粋な暴力と化してしまう」
その意味においては、魔法の行使は『できない』――そうお答えするしかないのですわ、と、返答が曖昧にならざるを得ない理由を説明してくれたのだった。
「なるほど」
そう頷きながらも、ヴォトル少尉は、目の前の巫女が、いまいる集落直前で、『コントロールも何もなされない』、『純粋な暴力としての魔法』を顕現させた結果、心神喪失状態におちいってしまった原因はそれか、と考えている。
精霊と『心』を通い合わせて行使する魔法は、場合によっては、行使する魔法によって『心』が支配されてしまうこともあるのだろう。
精霊に『暴力』を願って、それをかたちにする。
しかし、その過程において、術者と精霊が『心』を一にしているため、精霊への依頼が我が身にかえってきてしまうのだ。
まるで、正のフィードバックだ。
このループからくる負担が、人の身には大きすぎ、結果、ネクターは昏倒してしまったのに違いなかった。
常のような魔法であれば、そのような事にはならない――そうも受け取れるから、なるほど、返答は『はい』でもあり『いいえ』でもある。
そういうことになるに違いなかった。




