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37.焔と水と―2

「いやはやなんとも……」

 シールズ軍曹だろうか――車内の誰かがモゴモゴ口の中でつぶやいた。

 カロンの三叉路からネクターたちエルフが住まいしていた集落へと通じる道――その道中に、複数のトラップが仕掛けられていたのが、いとも簡単に無害化されていったからである。

 簡易ではあるが、地雷原、竜の歯、塹壕、鉄条網――それら『敵』の侵入を阻止する防衛設備のことごとくが、ほとんど時間を要さず、『無かったこと』にされたのだ。

 地雷や竜の歯、塹壕は地中からほじくり出され、埋め立てられて、鉄条網は風に巻きあげられて遙か彼方へ飛んでいった。

 いずれも精霊に助力を請うたネクターの懇請によるものである。

 凄まじいと言うしかなかった。

 追いすがろうとする敵と距離がとれたことから、ヴォトル少尉は道案内をしてもらおうと、ネクターに声をかけた。

 それに応じて、車体上部にいくつか設けられてある乗員用ハッチから上半身をつきだしたネクターだったが、〈ブラウヴェイス〉の進路前方を見て、途端に顔色が変わったのだ。

 これまでずっと、彼女、それから集落の住人たち、あるいは巡礼者たちが利用してきた道が、見るも無惨に改悪されていたからだった。

 しかも、あるまい事か、慎ましやかに暮らしていた彼女たちの財産――家や寺院や林の木々をただ破壊するだけでは飽き足りず、盗っ人猛々しくも、こうした阻止罠の素材に転用していることがわかったからである。

 結果、

 ネクターはキレた。

 一言――つい先刻、彼らを襲った精霊の悲鳴にも似て、周囲を(どよ)もし絶叫すると、精霊に対する請願のことば――呪詛としか感じられない祝詞(のりと)を唱えはじめた。

 たぶん(トラ)(ンス)状態にはいっていたのだろう。

 顔は別人のように面変わりし、紡がれる呪詛……、いや、祝詞は常にはあらぬ野太い()の声だった。

 もはや巫女というより呪術師と呼ぶしかないような禍々しさだったのだ。

 そして、そういう状態の巫女にこたえた精霊たちがこの世にふるった精霊魔法もまた暴力そのものの荒々しさだった。

 地震や突風、豪雨に落雷といった自然が現出させる災害を一瞬の間、局所的に顕現させたのである。

 そうした自然の猛威の前には人為の罠など毛ほどの障害にもなり得なかった。

 ひとたまりもなく消し飛ばされて、『無かったこと』にされてしまったのだった。

 いま、当のネクターは、完全に気を失って社内の床に横たえられている。

『怒り』そのものの仮面とかしていた(かん)(ばせ)は、血の気をなくし、蒼をとおりこして最早しろくなっていたものの元の通りにもどっている。

 また、かすかに胸のあたりが上下していることから、精神的なものはとにかく、肉体的なダメージはなさそうだった。

 いずれにしても、

「女はおっかねぇ……」

 シールズ軍曹が、感想の言葉を明確なかたちで唇の外へ出さなかったのも(むべ)なるかな、な結果ではあった。

「巫女の怒りに精霊がここまで感応する。それだけの事がこの地のどこかで起きているんだろうさ」

 間一髪、といったタイミングで、危うくハッチを閉め、〈ブラウヴェイス〉の車内に身体を引っ込めて難を逃れたヴォトル少尉が溜め息をつく。

 ふたたび車体の上へ上半身をせり出すと、周囲の状況をザッと確認し、どういう手段をとったか、エルフの山岳歩兵たちも無事であったと見てとると、ふたたびの前進を命じたのだった。

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