36.焔と水と―1
「『ここは俺たちにまかせて先に行け!』――グラス曹長はそう言ってます!」
ネク一等兵が叫んだ。
間隔をあけ、〈ヘルハウンド〉の防衛線を突破し、その後背地へといそぐ二両の〈ブラウヴェイス〉――その僚車からはいった通信について報告した。
そうしている間にも、敵弾の火線が宙を灼き、大地を抉りつづけている。
いったんは交叉し、すれ違った敵が、〈ブラウヴェイス〉の行き脚が止まらないと悟ってターンし、追いすがってきているのだ。
執念、と言うか、撃ち減らされ、消耗した戦力を根こそぎつぎ込んでの追撃戦をしかけてきていた。
相手をあまく見ていた。
まんまとしてやられた。
精鋭としての自負と誇りを傷つけられた怒りからだろうか。
が、
どうにも隠しきれない焦りがあった。
遮二無二、射撃をしてくるものの、まだ太陽の光量が十分でなく、照明弾も尽きた状況下では、妖精族に劣る暗視能力をしかもたないヒト族が、くわえて走行しながらという劣悪な環境で命中弾を得られる筈がない。
にもかかわらず、敵は射撃をやめない。
多分、やめることが出来ないのだ。
よほどに大事な――護るべき何かが、自分たちが焼いたエルフたちの集落、もしくはその近辺にあるものか。
なんとしてもそれを秘しておかねばならない。
妖精族をそこに辿りつかせてはならない。
そうした意志が感じられるのだ。
となれば――僚車を指揮するグラス曹長は、考えたに違いない。
となれば、自分たちがここに残って楯となり、ヴォトル少尉たちを先に進ませることで敵の企図を阻止してやる、と。
ヴォトル少尉は頷いた。
「ネク、返信だ。『感謝する。もどったら一杯やろう。こっちの奢りだ』以上。そう伝えろ」
「了解!」
コマンダーキューポラから乗りだしていた上半身をグラス曹長の操る僚車の方へとひねった。
視線の先で、かの〈ブラウヴェイス〉が信地転回する様が見えた。
車体の揺動が収まるか収まらないかのタイミングで発砲。
砲口から一瞬だけ伸びた長大な火矢。
そして、周囲を濛々とつつむ白煙。
敵のそれより遙かに重い発砲音。
命中はしなかったが、多分、もとよりそれを期してはなかったろう。
格下相手と言っても、はなった砲弾の弾種も徹甲弾ではない。
追いかけてくる敵よりも前――鼻先の大地に孔を穿ったのは榴弾――しかも瞬発信管付きのものだ。
同時にいくつもの火線が薄暗がりに踊った。
グラス曹長の〈ブラウヴェイス〉だけでなく、エルフたちの駆る軍用バギーの中にも残留した車両があったようだ。
これにはさすがに〈ヘルハウンド〉たちも怯まざるを得ない。
ヒトの駆る〈テュープ234〉、それに四足の獣――いずれもが、たたらを踏むようにして立ち止まっていた。
もちろん、態勢をすぐに立て直し、邪魔者の排除と追撃を再開しようとするだろう。
だが、たとえ短かろうと、それで稼げる時間が貴重で、ありがたい事は変わらない。
「ぜったいに死ぬなよ」
薄闇のなか、ヴォトル少尉は敬礼をおくった。




