35.冥神の地―14
それは突然訪れた。
ハウリング――多分はそれにもっとも近いだろう。
魂を引き裂くような絶叫。
救いを求める悲鳴。
恐怖、怒り、諦め。
生の感情の凝集体。
だが、音ではない。
自己の『感情』を放射し、強制的に共感させてくる『魔法』
音叉のように『魂』を共鳴させ、他者に情念を押しつける。
意思伝達の魔法たる〈遠話〉のもっと原始的なあらわれだ。
「こ、れは……!」
「何者……、いや、何だ」
〈ブラウヴェイス〉の車内に呻き声が満ちる。
自分のものではない――誰か他者の感情を注入され、胸の内をグチャグチャに掻き乱されたのだ。
人間のものではない――どこまでも異質で、しかし、同時にどこか親和性をも感じられる『心』
その悲鳴をあげつづける『存在』が、放射してくる情念の濁流によって、
涙が、
吐き気が、
血の逆流が、
なんの脈絡もなく、抗いようもなく、我と我が身に生じた結果であった。
「み、水の精霊……、です」
絶え絶えに……、呼吸を絞り出すようにしてネクターが言う。
「集落が焼かれ、敵が聖域を侵した時にも感じました。これはセクレの泉に住まう精霊があげた悲鳴です」
「……い、いやはや、何とも強烈ですなぁ」
いつもの感じ、剽げた口調をつくってシールズ軍曹が言う。
しかし、さしもの彼も、いまの精霊の悲鳴に呑まれたか、これまでのようには余裕がない。
「まったくだ」
ヴォトル少尉も頭を振って、同意した。
「とても人間業じゃあないですね」
「ああ。まるでマグマを胆の中に詰め込まれたみたいな感じだった」
のこる二人も口々に言った。
圧倒的な『感情』――その奔騰は、それだけで他者を殺しうる。
まざまざとそれを見せつけられ、思い知らされた格好であった。
と、
ガンガンガン……! と車体に何かが叩きつけられる衝撃と音が連続した。
敵の銃撃を受けている。
「シールズ!」
ヴォトル少尉が一声、叫ぶように言うと、
「おうさ!」
シールズ軍曹が、グン! と力強く〈ブラウヴェイス〉を前進させた。
途端、
装甲を乱打されていた音がかき消える。
「どうしますかい?」
シールズ軍曹が訊ねてきた。
ふたたびの被弾を避けるため、進路を、速度を絶え間なく変えながら。
「……決まっている」
数瞬の間、沈黙してからヴォトル少尉はこたえた。
「敵陣を突破する。もともとそのつもりだったんだ。このまま一気に突っ走るぞ!――ネク! 何度も移動ご苦労だが、グラス曹長に連絡! ネクターはヴィンテージ中尉にその旨つたえてくれ!」
一拍おいて付け加えた。
「最終目標はセクレの泉だ。〈ヘルハウンド〉が、そこで何かをやっている。今の精霊の悲鳴は、その証であるに違いない。俺たちは、それが何であるかを確認し、可能であれば阻止すべく動く。
「――行くぞ!」




