31.冥神の地―10
「魔素の分布に動きがありますわ」
ぼそり、と呟くようにネクターが言った。
「具体的には?」
ヴォトル少尉が訊ねる。
巫女のつぶやきは独り言にも似ていたが、声の響きに何かただならないものを感じていた。
「お湯をいっぱいに張ってある湯船の栓をぬいたような、とでも言うのでしょうか、空気中に平均的に分布しているマナを強制的に吸いこむ『孔』が何カ所か発生しています」
「ふむ」
マナというのは、魔法を発現させるための根源資料だ。
酸素や水、結晶といった物質資料と同様、この世をかたちづくる『源素』である。
妖精族たちは、それを『循環』させることで、
そして、ヒト族はそれを『消費』することで、
それぞれ魔法――『世界』に対する干渉力を得る。
「とても醜い……、卑しい意念が感じられます。飽くことなき飢え――この世を貪り尽くしてなお満たされることなき飢えが色濃く感じられますわ」
自分の身体をギュッと抱きしめ、身震いするようにネクターは言った。
巫女をつとめていた女性だ。超常的なものに対する感受性が鋭いのだろう。
ましてや荒事に関わることなど無かった民間人だ。
集落を襲われた際の物理的な恐怖にくわえて、今度は精神的な悪意に晒されている。
みずから志願して鉄の棺桶に乗り込んできたとはいっても、怯えて当然ではあった。
「ヒト族の魔法だな」
間違いない、とヴォトル少尉は喉奥で唸る。
自分たちが滅ぼしたネクターの集落近辺で休んでいたのが、カロンの三叉路での戦闘を知って救援に向かってきたのだろう。
装甲車は現在交戦中のものだけである筈だから、急行中の敵はまず間違いなく前衛部隊に対する後方支援を受け持つ連中だ。
つまりは魔法つかい。
「騎兵隊ならぬ砲兵隊のおでましってワケだ」
一般に、ヒト族は魔法がつかえないとされている。
なぜならマナを感知する器官を有してないからだ。
眼が無ければ視覚を、
耳が無ければ聴覚を、
先天的には有し得ない――そういうことだ。
したがって魔導猟兵たち――イスタリア帝国がうみだした魔法がつかえるヒトなるものは、後天的、人為によってその能力を付与されている。
すなわち品種改良、超人化――そうした美名のもと、妖精族との混血や、外科的手法によって造り上げられた人工的な魔法つかいなのである。
だが、当然ではあるが、やはり、先天的、天然の魔法つかいたる妖精族とは比較にならず、ふるう魔法は不安定かつ破壊的なものに限られた。
瞬間的な爆発現象はおこせるが、持続的な燃焼効果の発現はできない。水飛沫はあげられても水流を作りだすことは不可能――そういう事だ。
加えて、魔法を行使するには呪文や魔方陣――術式が発現の補助、また媒介として絶対的に必要な点も妖精族のそれとは異なり劣る点だった。
「ネクター、ヴィンテージ中尉に敵増援への対処が可能か訊いてくれ。それ次第でこっちの対応も変えなきゃいかん」
魔法が発現するまでの所要時間が妖精族より遅く、生身がむき出しの歩兵と変わらぬ防御力であっても、こと直接敵と殴り合うのでなく、砲兵と同様、後方から戦闘に関与するのであれば何ら問題はない。
現状やや優性に戦いをすすめているエルフ、ドワーフの混成部隊の方こそ至急の対策を講じなければならなかった。




