20.魔犬―6
「魔犬に聖地、んでもって偵察任務、ねぇ……」
独り言にしては、少々おおきめの声でシールズ軍曹が言った。
修理、および整備のなった〈ブラウヴェイス〉の車内である。
「ヴィンテージとかいうエルフの兄さんの考えすぎって事はないんですかい?」
「ない、と思う」
インカム越しに質問されて、ヴォトル少尉は短く答えた。
休養と準備で一日――はじめて会った翌々日の昼すぎだ。
現在、ヴォトル少尉たち四人が乗った車両、そして、会議に参加していたもう一人のドワーフ(グラス曹長という名の古参兵だった)が操る二両の〈ブラウヴェイス〉と、それから、ヴィンテージ中尉と彼の部下たちが乗る数台の車両は、中央天山路をひたすら南へとむかって走っている。
頭上には相変わらずの〈蝶ノ道〉が架かり、空は魂が吸いこまれそうな程に碧い。
コマンダーキューポラから上半身を乗り出したヴォトル少尉は、先行して走る軍用バギーに目を向けながら言葉を継いだ。
「エルフなんてのは、総じてお高くとまって、やたら繊細ぶるいけ好かない手合いが多いのは確かだが、あの中尉は〈アルピ・グライエ〉山岳師団の所属士官だ。間違っても臆病風に吹かれるようなタマじゃあない」
「そいつは……!」
シールズ軍曹が、思わずといった感じで、ヒュウと口笛を吹く。
昼なお暗いレベルで鬱蒼と茂る森林と、それを囲むようにして聳える岩山を国土とするセントリーズ共和国は、精強な山岳歩兵を有する国として有名でもあった。
わけても全六個師団からなる山岳兵軍団〈アルピニ〉は、エリート中のエリートたちで構成される部隊と目され、周辺諸国から畏れられている。
ヴォトル少尉が口にした〈アルピ・グライエ〉は、その〈アルピニ〉隷下の六師団の中の一つの名前であった。
「でも、それにしちゃあ、チとおかしかないですか?」
リド上等兵が話にくわわってくる。
「敵が装甲車、もしくは魔獣を持ち込んできている可能性がある。だから、対抗戦力としてあたしらに協力を要請してきた――そこまではわかります。でも、その当の相手の部隊指揮官が中尉? だったら、率いてる部隊は小隊、いいとこ中隊ですか。偵察にしても部隊規模が小さすぎる気がするし、この依頼、もしかして正規の段取りを踏んでないんじゃねぇかって思ったりもしちまいますね」
「ああ、うん。それは確かにそうだな」
言われてヴォトル少尉はあいまいに頷く。
部下たちの手前なんだが、指摘されて今更そうだな、と思った感じである。
実際、会議の席ですり合わせのおこなわれた際に聞かされたヴィンテージ中尉麾下の部隊規模は小隊。
あくまで偵察が主で、戦闘は万が一のレベル。それにしたって、当然、防御戦闘となるだろうから、そんなものか程度に考えていたのだった。
戦闘の余韻からくる昂奮と、ほぼ夜を徹して摂取した酒精による(かるい)酩酊、そして何より『魔犬』という単語――それらによる昂ぶりから、冷静さを欠いてしまっていたものらしい。
司令官に話も通してあるようだったし、指揮官として重々確認しておくべき点をおろそかにしてしまった。
「ま、とにもかくにも、まずは行ってみなきゃあ始まらんですな」
シールズ軍曹が話を締めくくるように言ったのに対し、(すまんな……)と、ヴォトル少尉は心の中で頭をさげたことだった。




