12.戦場の情景―5
「後退命令?」
砲戦車小隊を束ねる小隊長が、司令部からの命令だと前置きしてそう伝えてきた直後、ヴォトル少尉は思わずオウム返ししていた。
「司令部の連中は、ここを放棄するって言って寄こしたんですか!? さんざっぱらオレたちに踏みとどまれだなんて命令していた挙げ句!?」
それじゃあ、ここで傷つき、死んでいった連中は一体なんのために……ッ!?
そう叫びそうになって、グッと唇を噛む。
これは小隊長の発案ではない。
彼もここで戦った仲間なのだ。
思いは自分と同じに違いない。
しかし……、と、それでも思ってしまうのは、ヴォトル少尉が参陣してからの月日が長いからだろう。
シラクサス公国、ラクシャス公国、ハルナカス公国……。
アーカンフェイル山脈を南北につらぬく山間路――中央天山路の道中にかつて在った国々。
ドワーフたちが日々の暮らしを営んでいた小国群は、北から南――イスタリア帝国から近い順番に次々陥落していった。
国家というより城塞都市と呼ぶのが順当な規模の国々は、兵を出し合い、共同して津波のように押し寄せてくるイスタリア帝国軍に対抗したが敵わなかったのだ。
最南端であったサクラサス公国でさえ中央天山路を抜けた更にその先――かつての歴史において、来寇するイスタリアの軍兵をさんざんに打ち破ったと記されているサントリナ王国からの援助がなければ完全に滅亡していたろう。
〈ブラウヴェイス〉は、そうした援助が具体的にかたちとなったものだ。
しかし、それにしてもタイミング的に辛うじて間に合ったレベルであり、それまでに舐めた辛酸をヴォトル少尉をはじめの古参の兵たちは忘れたくとも忘れられない。
憤激と、憎悪と、そして絶望と……。
明日なき日々をすごした記憶を拭えない。
多分この先ずっと……、死が自分におとずれるまでこうなのだろうと、時にどうしようもなく身悶えしたくなってしまうのである。
だからこそ、今以上の失地に耐えられない――『後退』の一語につよく反応してしまうのだった。
「落ち着け」
小隊長は言った。
「儂らは確かに後退するが、だからと言って、ここをキャベツ野郎どもに明け渡すワケじゃあない。おっつけ儂らの交代が来る。そしたら、いったん退がって一休みしろってぇ命令だ」
第一、このままここに粘っていたところで戦えないんじゃ仕方あるまい?――諭すように言葉をつづけたのだった。
「……申し訳、ありません」
ヴォトル少尉は唇を噛んだ。
考えるまでもない事だった。
撃破こそまぬがれたものの、砲弾にもう余裕はない。
いや、事実上、もう尽きている。
出撃時、規定数以上に余分を積み込んだというのに、それが今では危険を感じるくらいに減っている。
もしも、再度の敵襲があったなら、反撃はおろか、無事に後方へ退がることさえ危ぶまれるレベルの砲弾しか残っていないのだ。
ここは司令部の命令を素直にきくべきところだろう。
「かまわんさ。帰ったら、一杯つきあえよ?」
かすかなわらい声の後、小隊長との無線は切れた。
「全員、聞いてたな? そういうことだ」
ヴォトル少尉は、ひとつ深呼吸すると部下たちに言った。
「離壕準備」




