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魔動監獄  作者: メイ
2/3

轟音2

 見渡すばかりが瓦礫だった。


 恐らく家の柱だったものや、屋根であっただろう大きな板が至る所に散らばっている。


 坂上の石製レンガで構成された城は全壊とは言わずとも、その威厳は失われ、門の左右を飾る大鐘は地に転がり、一つを残し破壊され尽くしていた。


 唯一瓦礫がない畑だった部分には大きなキャタピラ跡が残っている。全く無惨なものだ。人は一人としていない。


 が、しかし。比較的、損壊の程度が低い家屋。そのベッドの中に可愛らしさのあるおよそ15に満たない少年が横になっているようだ。


【轟音】


 何枚もの大皿が叩きつけられて一斉に割れたような音で目を覚まし、飛び起きた。


 反射的に音の発生源を辿る。と、


(んん!?)


 あり得ない存在がいた。


 寝ぼけているのかと目を擦り、再び見やっても、、

 その事実は変わらない。


 黒く艶やかな体毛に頭のてっぺんから生えた三角形の耳が二つ。

 

 どう見ても ――― 黒猫だ。(尻尾もある) ―――



 いや、黒猫が居ただけでは何も驚くことはない。


 ラヴが驚いたのはそれがむっくりと二本足で立っていたから、しかも先程まで皿を運んでいたような形で固まっていたからだ。


 常人ならこの事態を前に多少の悲鳴をあげるだろう。


 ラヴだってそうだ。


 だが、部屋はしんとしていた。


 ラヴが言を発せない理由。それは猫が立っているという非現実を凌駕する非現実がついでにあったからだ。

 

 「、、、でっか。」


 巨大だったのだ。


 太っていると言うのではなく、縮尺、サイズ感がおかしい。


 間違いなく自分より大きいだろう、手を伸ばしてもギリギリ猫の鼻先に届くだろうかと思うくらいでっかい。


 熊なんじゃないかと少し考えるが、、、間違いない黒猫だ。


 あまりの驚きにラヴが口をぽっかり空けて呆然としていると、その怪物はチッと舌打ちをした。


 それから呆れたような顔をしてこちらに近寄ってくる。


 不味い、非常に不味い。


 いくら猫に似ているからと言ってあの大きさに引っ掻かれでもすれば致命傷だ。


 しかしラヴは動けなかった。目覚めたばかりだから、猫の俊敏さを知るから。そう言った諸々の理由が考えられる。


 だが動けなかったのは単に本能によるものだろう。

 蛇に睨まれた蛙が動けないのと同じだ。


 フッサフサの後ろ足からは足音が一切聴き取れない。


 だが着実に近づいてくる。


 顔面間際、鼻が触れ合う位置まで怪物がしゃがみ込む。


 油汗がジワっと沸き、額を伝う。


 絶体絶命の四文字がこれほどまで相応しい瞬間があるだろうか。


 ラヴにとっては途方もない時間が流れたように思われたが、実際はもっと短いだろう。


「よぉ、おはよう」


 ドスのきいた低い声色だった。


 グルルという獣の唸りを無理やり言葉にしたような響きを感じる。獣の王、もしくは魔王とはこんな感じだろうか。というか、、


(喋るの!? いや、舌打ちした辺りから人っぽいなとは思ってたけども)


 声の割に比較的常識的な発言をしたこと寸刻、思考が停止する。


 それからようやく少し驚き、少し気圧された。


 掠れながら恐る恐る言を発する。


「お、おはよう。その、、おはよう、ございます?」


 三秒ほど沈黙が流れ、耐えきれなくなったラヴは口を開く。


「あ、あの。貴方は誰でしょう?それとこ…」


「目覚めは良好かニァ?人間」


 わざとやっているとしか思えないが、怪物が話を被せてくる。


 またしても沈黙。


 質問の内容が頭に染み込んで来るまでに時間がかかった。


「え、っと。多分、良好だとおもいます。」


「そうか、なら良い。――ああ、そうナャ。お前の胸にはまだ棒が刺さっている。驚いて失神するのだけはやめろ。」


 (なんでこいつはこんなに偉そうなんだろうか。というか胸の棒って、、)


 思い出そうとしたその瞬間、激痛、轟音、雨、胸から生えた棒。


 先ほど起こったであろうことの一部が脳を駆け回り、思い出した。


 途端、ラヴの額からは汗が滲み、呼吸は早まり、焦点は大きくブレた。


 そしておもむろに自身の胸を確認する、なぜ今まで気付かなかったのか、記憶と寸分違わぬ鉄棒と円環が服から突き出ていた。


 息を呑む。口が乾いている。

 だが二度目ということもあり、なんとか状況を飲み込むことが出来た。


 その様子を怪物は横目で見つつ、焦げ茶の可愛らしくも人の顔面ほど大きな鼻を鳴らす。


 既に歩き出し、後ろ姿のまま怪物は話す。


「我輩のことは、、そうだニァ。エパッド、か。ふむ。そう呼べ。―― それと支度をしろ。お前にはやってもらう事がある。」


 怪物は先ほど落としてしまった皿を拾い、それらを重ね、机に乗せる。


 皿はあれだけの轟音を鳴らしたにもかかわらず、割れるどころか少しも欠けてはいない。


 エパッドと名乗った怪物は、皿の様子を見る。エメラルドの瞳にスッと細くなる瞳孔。フワフワの口元からは牙を覗かせ、ニヤリと笑む。


 ラヴが寝床から出てきたのはそれから十分後のことだった。


 ラヴはこれまでの怒涛の展開と非現実に全く夢の中にいるように感じていた。


 アイツは何なのか。


 ここは何処か。


 なぜ鉄棒が胸から生えているのか。


 そもそも最初、雨の中聞いた轟音以前の記憶が殆どない。

 ラヴは比較的、論理の整った思考をする少年であった。


 彼の中に溢れる疑問を押し殺し、パニックになりそうな精神を宥め、およそ十分で寝床から出てきたのは早い方だと言えるだろう。


 ただ一つ。


 アイツは自分の飼っていた猫と同じ名を述べていた。


 エパッドは確か野良で家に居ついていた、普通のサイズの黒猫だ。


 なぜ同名なのか。


 なぜ覚えていたのだろうか。


 これらの疑問だけはどう解釈しても、その先に絵も言われぬ暗闇が広がっているようで分からなかった。

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