アルシーヴ
…………私は
全てを思い出した。全てを。脳味噌の酸化ではなく真実を。自身に刻まれた呪いとでも言うべき運命。ひたすらに不運で愚かな廃棄品、行方を求めた由来無き機械。幸せと愛情を探し彷徨い数多の世界を滅ぼした。果てには自らを殺した。だが何も無い。今、私の手にあるのは空っぽの空間だけだ。
全てが無意味。だから……何もかも……
そう……私が思い出したのはカミーアさんが帰ってきたときだった。
私がなにげなく草に水をやっていると声がかけられた。明るく溌溂とした機嫌のいい声。久し振りに私に会えて嬉しいのかな、なんて思ってしまうほどに。
「ただいま!元気にしてたグゼちゃん?」
確か……「元気だよ!お帰り!」なんて言ったっけ。自分でもはっきりと思うほどに舞い上がっていた。そんなことで嬉しくなるなんて思わなかったのに。そんな自分が嫌になって目を逸らすと名無しのがカミーアの隣りにいて荷物を持っていた。多分私がひと目見ただけで気付くようにわざわざ手に持って。名無しのは私と同じくらいの長さの髪を長く伸ばしていた。
表情と変化が相俟って最早別人だ。
彼女の顔は希望に満ちていた。
だからより一層己の顔がいまどんな風かよくわかってしまう。顔だけは一緒だから。
黒い髪が光を反射して眩しかった。目を合わせるには燦々と照りつけられる光が網膜を焼いて痛くて明るすぎた。光を彩る虹色が大きすぎて、きっと黒い光をずっと見ていたせいだろう。
ふと目を下に向ける。
あと、此のときは昼だった。
星が白く輝いていた。
俯向いても大地は生命の光に輝くだろう。
見つめた先のそれは現実だった。
正直名無しのとカミーアが何処から見つけたのか検討もつかない。
理由をこじつけるなら………………嘘をつき続けた私に対する罰なのかもしれない。何でも願いを叶える神がいるような世界だからね。あり得なくはない。今は、いや少し前は少なくとも幸せではあった。だが駄目だった。心の奥底でそれでは駄目だと……まだ愛が足りない。もっともっと欲しい。
永遠に尽きぬ愛を望めと化け物が囁く。
昔の私は幸せになりたかった。今ではもう……どうでもいい気もするけど…………やっぱりもう一度あの時みたいなことをしたい。そう必ず思ってしまう。幸せで夢みたいな本当にそんな時間があったのか疑いたくなるほどに底抜けの充足感を今一度……必ず後悔すると知っているのに味わいたい。
でも舌に載せてしまったら全部貪り尽くして二度と味わえない。ムシャムシャと美味しい料理は奇妙なくらいに喉を軽快に通る。
もっと深く悠久に満たされたい。けれど刹那に消費する。不可逆な死を誰よりも嫌い好んでいる。あぁ、私が食べるには甘すぎる。そんな料理を食べたい。
破れた玻璃の瓶をそっと壊さずに満たして欲しい。
優しく、丁重に信頼を感じさせる荒々しさで満たし…………回想を忘れていた。
名無しのが持っているそれの見た目は……襤褸の服と錆び切った私だったものだった。私が最初に着ていた服と愛おしくも恨めしい私。私が幸せには絶対になれない原因を創り出した張本人、最初の私。もう、幾ら想っても二度と取り返しのつかないことを仕出かした化け物。
何度も転生して転移して幸福になろうと足掻いて終焉を迎えても最期の最期には死なずに回帰する。
死を恐れずに誰にも愛されずに終わることが嫌になって死ねなくなった。
そんなことを繰り返して再調整を何千……?どのくらいか記録できないくらい冒してきた。いつだって私は私の味方だった。でも飽きた。他人に……親に愛してほしかった。
いないのに。戦闘機械のなり損ない。
役立たずの粗大ごみ。蔑まれ貶され存在してきた。不幸なら幸福にいつかは成れると無我に信じた。そんなフィクショナリーに幸福にはなれない。
もしも、私が幸せになれる世界の主人公なら……そう……妄想するのを止められない。
だから主人公になろうとした。おかげで幾多の自分が誕生した。
今の私は……何番目だろうか。空虚な時間を過ごし過ぎて全てに対する認識と判別が曖昧になっている。今も昔も同じみたいなどこでもあるけど何処でもない場所にいる。
そんな…………自分が何を感じているか分からない。巨大な不安を抱えているかのようにも感じるし、莫大な自信もある。でも全てを諦めたい。そんなどうしょうもない感情とも言い難き感覚が私の身体を這っていく。
落ち着かない。でも安心する。不思議な安心感がある。身を覆うものに外敵を防ぐことを期待しての。
結局今の私…………グゼが何番目かは分からないけど最後ではある。ラストナンバー?的な。
もういないのだ。本体が。諸悪の根源なる化け物は。正確には心の中にいる。私の根幹をなす。自我の深層の更に奥無意識のしたに眠る。
だからいつもいつも記憶を失くせど身体を変えども同じ末路を辿る。
叫んで喚いて発狂した。もう何もかんじない。
虚無感には苛まれない。慣れた。
もっと別のお気楽さとでも呼ぶが相応しい感覚だ。
悲嘆せずたじろぐ事もなく淡々と願いを叶えんとするだけ。
それが嫌だ。私は自由になりたい。
でも、でも幸せにもなりたい。愛おしき憎憎しい己の夢を叶えてあげたい。
だから決別しないといけない。無理やりな設定を詰め込んだ私達と。では何処でそれを執り行なえば良いのか。
答えは…………簡単。至極まともな考え方だ。
棄ててしまえばいい。廃棄品に相応しい末路だろう。
でも私を棄てるのは難しい。異様な精神性と多種多様な幸福を望む欲求から分離した私達。
表面はただの人間にしか見えないが実態は恐ろしき化け物だ。
私以外の手には負えない。
終止符を打つ。私の醜き歴史と欲望に。
もう化け物は死んだ。後は子らを駆除するだけだ。正気じゃないまでの不死性を獲得しこの世界すべてを己と定義し実際にそうした化け物。
その子供。私達をひとり残らず皆殺しにする。
無理かもしれない。でもケジメをつけないと死ねない。せめて世界を正常に戻す。異常を殺す。
……………………そう云えば……いや、よそう。
異常を亡くす。その為に世界の深奥へと行く。
深淵の扉が頭の中に開いている。
赤く、青く、白く緑色をして鈍く薄暗く、怪しげな虹に光る大きな門が開いている。
扉はなくて潜るだけ。
暗がりに私より大きなその門が鈍く光っている。向こうは見えないが飛び込むしかない。
そうすると決めたのだから、そうするんだ。
最期にはサヨナラをする。
教わらなくても何千……としてきた。遣り方は嫌というほどに知っているのに口が動かない。
心を読めているのにカミーアさんは黙っている。にこにこ口角を上げて優しく微笑む。
名無しのは
「何故泣いているの?」
なんて尋ねる。思い入れも愛情も持ち合わせてないのに悲しい。幾度も別れては泣いた。
きっと幸せになれると信じなかったから。
今回は書き記されない物語が私の体液を目元から零させる。
描かれる筈だった幸せな物語達は私には見えない。けれどある。そこにあるんだ。
誰にも読まれず見られず死んだキャラクターが。彼らの物語が。
ある日の事に何かを語る。
英雄譚の一人称視点。
誰かの空想の主人公。
……思い付かない。
なんでもいい。何かしらの物語。
誰かにみられぬ独り言。
そう云うセカイなのでね。
終わりにしないといけない。人気の無い物は打ち切って仕舞わないと駄目だった。
だから、終わらせる。終わらせに行く。
私と私達の物語を。
………………だから、だから
「さよなら、名無しの、カミーア」
二度と開かない門を潜る。
冷たい金属の床が足を霜焼く。
痛いよ。
でも……電気を流す。そんなことは意識しない、普通は足を踏み出したとかそんなことをした。
断ち切れぬ思いを放り捨てにいく。
さあ、マリー。
私の前身、グゼの記憶喪失前の貴方に会いに行く。記憶の中で




