クソゲーとは何たるや
恵み撃つ大森林の地面――
暗い森の底で蠢く名もなき者たちがいる。
彼らは生きるために争い逃げ延び自らの存在を後世に遺す。
狩り狩られ誰にも関わらず様々な生き方をする彼らは今日も健気に生きている。
私はその彼らの内の一つになりきっている。折角のゲームなのだからとフレーバーテキスト通りに行動する。
フレーバーテキストは
その者丸くつやつやで綺麗。沢山の足を動かして植物を喰らうぜ。おしりからお水を飲むよ!
カサコソベチペチ。
とのこと。
私がロールする者の名はリギアモルファ・アルマディロイデア。要するに甲殻類のダンゴムシという意味。因みにロールキャラはランダム選出。ダンゴムシ、失礼極まりないが弱い。見た目からしてよわそう。攻撃手段に欠けそうだが……。
まぁ、やるけど。再抽選は出来ない。ルシフェルから聞いた。
落ち葉を食べる。
また地面を這って落ち葉を食べる。
生きた植物を喰みたいのだが馬鹿硬い木と同じく馬鹿硬い葉っぱしかないので何故か柔らかい落ち葉を食べるしかない。
カサコソと小さな体躯を齷齪とその多脚でゆらし歩む。
湿り気のある土の粒に足先を引っ掛け進んでゆく。
暫く地道にそうして落ち葉を砕くレベリングなる作業をしていると奇声が聞こえた。
「ニュービーがぁ!我が血肉の糧となるがいい死ねぇい!」
おっと、敵だ。あの言葉で友好的というのは無理がある。蟻さんトコトコ。かわいいね。
私はアバターの体に力を入れて艷やかな重なった装甲を丸める。
私が変形した際の最大装甲値は12。敵の最大出力は8くらいか?
まだいまいちこのゲームに慣れられない。
自分の体がダンゴムシになるのはスゴい感覚だぞ。むっちゃ歩きやすい。バランスを取ることにおいては二足歩行って糞だわ。
今は丸まって足が地につかないので不安定だ。
そんな私に敵は私より小さな体の可愛らしい顎を私の体につきたてる。残念だったナ。私の最大装甲値は永続的に発揮できるが……どうやら敵の最大出力を出せる時間には限りがあるようだ。
時間が経つに従って顎の力が弱まる。最初はミシミシ勢い良く噛んでいたものだが……ふん。
今では弱々しい。開始十分の私すら攻略出来ないとは節足動物オンラインプレイヤーの恥晒しめ。
私が体を揺らして煽ると、バグの影響で装甲値参照の刺突ダメージが相手に入る。敵のヒットポインツは50。私の煽りが効いたようで7まで減っている。それ相応に敵の腹部や胸部が大きく抉れたことを如実に、刻々と現す傷がついている。
「雑魚がッ!一昨日来るぜ首洗って待ってろよ!」
敵は諦めたらしく三対六脚の節足でトコトコと逃げていった。止めをさしても経験値は入らない。というか経験値なるものは無い。代わりにあるのは価値と呼ばれるものだ。
主にたべたり、食べたりすると増える。前提として各プレイアブル節足動物によって食べられるものが決まっておりそれ以外を食うと即死する。仕様では無くバグらしい。コロッと毒が回ったように死ぬそうだ。
これを規定値集めると色々出来る。形を弄ったりして喋れるようになったり、足を鎌にできたりする。
但し使いすぎて価値が減ると歩けなくなる。そもそも全ての行動は価値を消費して行うので無くなると生命活動ができなくなり死ぬ。死んだら一からやり直し。
開始十分とはいえども死ぬのはゲームでも嫌なんで生きる。其の為には外敵を追い払う力を得なければならない。さっきの雑魚蟻ばかりが敵ではないだろう。油断や慢心は命取りだ。
なので私は落ち葉をひたすらに集めて価値を増やしている。幸い私の餌となる落ち葉は辺りを覆い尽くすほどあるので時間が許せば無限の価値を得られるやも!
もしやダンゴムシ当たりか?
私は黙って落ち葉を食った。
食って食って食いまくった。
食った結果はレベルは6。あまり伸びてないな。2レベか……落ち葉は効率悪いな。当たり前だが。
レベルは集めた価値の大凡の目安で今ある価値で変形出来る範囲は声帯獲得と足増設、触角延長のみである。なお声帯獲得は特別扱いの形質で本来の必要価値はレベル70000ほどらしい。種にも依るが大抵はそうだと、ルシフェルが言っていた。
今回は勿論声帯獲得である。
レベルを消費して声帯を文字通り獲得する。
「おっ、あいえおう、。あえ?ああえあい」
母音しか発音できぬ……。
さっきの蟻は流暢に喋っていた……。
なら喋れはする筈なんだよな?
別の変形をしたとも考えられるがあの雑魚具合で肉食の蟻が声帯獲得なみの効果を誇る変形が出来るかというと……無理では?
そうするなら口の構造が違うからいつもと同じ喋り方では駄目なのかな。種族によっては喋れないとかもあり得るかもな。
要練習ということで私は口を食べること以外のためにモゴモゴ蠢かせる。これは知的生命体ポインツ10000進呈されてもいいんじゃないの…………。…………なに。
口を動かすというよりは、瞬きをする感覚が一番近い。細かくも動かせるが機械的な単純な動きが多め。ん…………?
口じゃないな。あー、足か。
口の周りの足動かしてた。
おっ、これはこれは?
試しに今までは最も口に近い顎より更に深奥の感覚を操り声を出してみる。
「かふなかな。あー。あ。こうかかんじか。えふあむずい。ん。おっ言えた。試しに…………私の名前はグゼです。言える言える!」
これは……!
私は早速同族のダンゴムシの下へと向かう。
落ち葉掻き分け土をけたぐり進む。
視界が悪い。楕円の低重心の安定した体ゆえの悩み。だが触角の感覚がそれをちょっとだけ補う。不十分だけど。
進む足先に滑る感覚。
後ろに下がりその感覚の正体を見る。
「グゼ……久し振りぃ! 百足じゃなくてダンゴムシか……まぁいいや。このゲームの本質は異形の体を上手に動かすことだ。さすれば何でも出来る。現実よりリアルなゲームの名は伊達じゃないよ!」
異形の……プレイアブル節足動物にはいない筈の蛇が私の体より遥かに大きい樹木よりも太い体をもたげてこちらを見つめる。
デカい。デカすぎてダンゴムシの目にしてはおかしいくらい高性能な普通の視力1ほどの目でも全貌が見えない。
地面から生えている蛇の根本を見ればちっこく種々雑多な虫の死骸がついている。蟻は勿論、ダンゴムシやカメムシ、蟹、ヤドカリ!?
他にもセミの幼体、からふるカミキリムシ、カブトムシの幼虫とか色々ついてる。
どれも微かな特徴を遺して見るも無惨な姿に成り果てているので合ってるかは分からない。
だが。
いや、絶対に敵わない。
先ずデカさが違う。これだけで逃げる。
更にさっきまで居た気に張り付いて機械のように樹液吸ってた奴らがいつの間にか消えてる。
カブトムシ、せみ、クワガタムシ、スズメバチ、オオムラサキいずれもなんか強そうな奴らだ。
実際そうかは分からないが、一人残らず節足動物がいないのだ。
地味に煩くて無視してた蝉の声もオケラの声もスズムシの声も何もかも。鳥の声すらしない。
この世界における抑止力。最強の舞台装置。デウス・エクス・マキナ。運営の最終兵器。ラスボス。森の生態系の頂点。這うもの喰らう飛ぶもの。誅滅の天空神。神獣。最強。遥か高みにおわすヤベー奴。天敵。foe。全プレイヤーの敵。神。
"とりさん"その名を冠する。このゲームにおける最強の存在。ルシフェルから聞いた話による情報でしかないのだが、鳥がスズメバチの大群を翼を降っただけで消し飛ばし、余波で木々が薙ぎ倒されるのをログイン直後に見てしまえば疑う余地は無い。
その後大きな蟹をレーザーで蒸発させたのには複眼を見開いた。瞼など無いけど。
地面には底が見えない峡谷ができていた。
そんな存在がいないのだ。
ルシフェルから聞いたところに依ると"とりさん"は目立つ節足動物を片っ端から殺していくらしい。つまりこの絶対に目立つクソデカ蛇が殺されていないということは…………
「ヤッベ! 逃げるわ。また今度なグゼ」
巨体が地面に何も無いかのようにスルリと落ちていく。バグか……。
まぁいいや。
来た。
「"とりさん"だ」
そう喉から言葉が溢れ出した。




