限りない愛を貴方に!(3)
まんざらでもない様子で私の夢の話を聞く途中から来たラインラートル博士とレーデルさん。
不思議なお話なんだよ。
夢の中ではカミーアっていう人がいてね、その人は私のことが好きなんだけど好き過ぎて酷い目に合わせてくるんだよ。不思議だ。
好きな人なのに傷付けるなんて可笑しいよね!
私がそう言うと二人は少し微笑んだ。
「そうかもしれないが、誰かを愛することすらままならないとしたらそうなってしまうかもなぁ。博士はどう思いますか?」
「うーむ。儂は……そのカミーアがどんな方か知らぬから、何とも言えぬが有り得なくはないな」
「博士はいつも曖昧ですよね。特に人の心について話すときはとても、何か理由があるんですか?」
博士に何か秘密があるのかな! 気になる。
「博士、なになに? 教えて!」
博士は少しの間、顎先をさすり口角を下げたが徐ろに淡々と喋りだした。
「儂は小さい頃からこの世界の真理を知りたかった。だがその為に多くの人々と出会い、その分別れを繰り返してきた。色々な人がいた。友人の仇を取らんと宇宙を奔走した人。自分が何者かを捜し求め愚かにも死んでしまった人。生きるためにその命を捨てた人。死にたくないが生きたくもなく俗世から離れた人。まぁ……様々な人と出会った。此処で語ったこと以外にも色々な人がいた。だが私は彼奴等のことがいつまで経っても分からんのだよ」
博士はそう言っていつもより目をキラキラと光らせていた。私とレーデルさんに背中を向けて窓の方を見つめていた。
博士が目から垂らした塩水をハンカチで拭って此方を向いた。さっきよりも毅然としていた。
「だからな、儂は人のことについて考え込むのは止めにしたんじゃよ。親しい人の気持ちすら分からぬこの老いぼれにそんなことを少しでも語る資格はないからな」
そうなんだ~。
私は博士の言葉を聞いて少し気持ち悪そうにしているレーデルさんをよそにニコニコした。
博士は私の笑う顔が好きなんだ。私が笑うといつも笑うんだ。「嬉しいか!?儂もじゃ……ガハハハ!」ってね。
でも今日は私が笑っても笑わなかった。何でだろう?
レーデルさんは博士の助手のイスラフェライさんに時間を伝えられて慌てて研究室に向かっていった。手から板を落としたが良いのだろうか?
博士がレーデルが落とした板を拾い去り際に少し口角を上げ、手を振った。
私は手を振り返した。
バイバ~イ! また明日!
「儂は研究ばかりをして、人の気持ちを理解しようしなかった。だが今はそうはしないと頑張る。それではまた明日笑おうか! バイバイだな」
博士はそう言って研究室への扉を潜る。
暫くして照明が消えていく。おやすみなさいと私は呟いて眠りにつく。また明日も楽しい日々が続きますように、そう願って微笑んだ。
あぁ、夢から醒めてしまう。記憶を消すだけじゃぁ……
私は夢から醒める。其れは胡蝶の夢ではなくて普通の脳のデフラグメンテーションのような夢から。ただの本能として現実に帰還するんだ。
起きた頃には何もかも忘れてしまう。そうするしか無かったんだ。
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現実?――
世界の果てを誰かが見つめている。不思議とそうわかった。
私はその誰かに後ろから近寄り声を掛けた。
「こん、に、ち、は?」
白髪で緑の虹彩の十字に裂けた瞳の少女に。
だが少女はモニターのような、子供の落書きみたいな世界から目を逸らさない。
私は後ろから話しかけられ振り返った。でも何を言われたかは分からなかった。
落書きの世界が燃えている。私は視界の端にそれを確認しても紅い紅い黒い光の中へ飛び込んだ。
後ろから囁き声が聞こえた。
(……知ってる? 知らないよ)
ハッ!
私は何か知らんけど飛び上がった。
「痛った!!」
飛び上がったせいで私の頭上にいたカミーアさんに勢い良くぶつかってしまった。私は頭を擦って凝り固まった体をほぐし始めた。
カミーアが言う。
「グゼちゃんやっと起きたか。もう二日くらい寝てたわよ大丈夫?。ご飯食べる? それと……ごめんね」
あ……え? 二日くらい経ってるの?
グ〜とお腹が鳴った。あとカミーアさんが謝ってくれた。
ん? 名無しのは何処行ったんだろう。
「ありがとう大丈夫。ご飯食べるよ、お腹減ってるし。あと名無しのは何処?」
私を台車に当たり前のように載せて運び、喋りだしたカミーア。オフトゥン……。
温もりが足りない。私は台車から降りてお布団を被ってまた載った。
ガタンゴトン〜
「カミーアさんと名無しのは私が起きるまで何してたの?」
「え〜と。名無しのはグゼちゃんがついさっき起きるまではずっと側にいて見てたよ。今は外に行ってるけどね」
そう言う間に密室の前についた。密室の向こうから名無しのが出たきた。一応お礼をしておく。
「名無しのが私の側にいてくれたんだろう?
ありがとう」
目を見開いた名無しのがこちらに迫り手を私に振っ……。
「グゼ様が偉大だと追いつけないではないかっ! どうしてくれるの! 其れはそれとして大丈夫?」
「……大丈夫だよ。うん」
名無しのは頭がおかしいのでは?
自分で殴って、大丈夫とか聞いてくるなんてどうかしてるのでは。制作者としては甚だ遺憾である。むすっ。私は寒くて外で生きていけないと思ったので布団を体により密着させた。心なしか幾許か暖かくなった気がする。
名無しのが密室のドアを開き、私を載せた台車をカミーアが押して私は密室に入った。
「ほぅ。暖かいな」
私は布団を羽織って台車から立ち上がり機械に料理を作ってもらう。ほんの数分だけ時間がかかるので暇である。話そう。
私はフレームの形をいじって遊んでいるせいで手先の形が悍ましいことになっている名無しのに喋りかけた。足元が冷えている。
「名無しのは何で私を殴ったの? 私に追い付きたいのならカミーアに魔術を教わればいい。私は魔術が使えないのだから最も私を引き離し易いではないかと」
急いで手の形を戻してスピーカーを揺らす名無しの。急に話しかけられて慌てているのか足元が手の形を戻した反動かのように飛び回ってる。私は当たると痛そうなので2歩ほど後ろへと歩いた。
それに当たった床がバチバチ言ってるし、当たればタダでは済まないと削れた机の脚がその身を犠牲にして教えてくれた。
一歩迫る名無しの。スッ、私は一歩下がった。大きく。
「足がやばいよ」
「あっ!!」
話し掛けられ更にに焦燥した名無しのがバグり散らかした魔術テクスチャも相俟って密室中に広がった。それは金切り声みたいな音や楽器のような音などを乱雑無規則に掻き鳴らしている。まぁ、今は鼓膜が無いのでどうなってるかは実際わからないけどね。
そう云うことで当然のように私はバラバラになった。痛いよ。最悪の寝覚めだね。
変死、食堂にてバラバラの死体発見!
とかみたいな見出しを作れそうだ。
きっと記事の内容は、復活した死体グゼとどうみても人間ではない動きの犯人名無しのについてあれやこれや語った感じになるだろうね。
これは痴情のもつれでもなく、友情も金も何も関係ないただビックリした犯人がうっかりミスしただけだ。グゼさん可哀想だ。不運だね。
にょきにょきと態とらしく再生しやっと平常になった名無しのに話しかける。
「別に後で追い付けばいいから、今はご飯食べようか。ね!」
「私はご飯食べれ無いんだが? それより予備のフレームが足りない。何処にそれがあるんだ?」
忘れてた。私、寝ぼけてるのかな名無しのにご飯を食べる機能は付けてないね。
えーと、その代わりにフレームが欲しいんだね。何処に置いてたっけ…………
「多分、整備室に沢山あるんじゃないんですかね」
「グゼ様有難う。」
名無しのはスキップして密室を出ていった。私は名無しのの体が僅かに震えているのを見逃さなかった。だが何を意味しているかは分からなかった。
どうせ喜んだんだろうね。良かったねとしか言いようがない。
私は内心そう思いつつ席につきカミーアと一緒にご飯を食べる。
今日のご飯は白い幼虫みたいな穀物と謎の具材が沢山入った白い謎スープだ。
穀物は仄かに甘く、謎スープはまろやかな味だった。緑の野菜とオレンジ色の野菜が美味しかった。名を……なんだっけ。まぁいいや、名前は忘れた。
カミーアは私に対して大変、学術的な感じの話をしていたが、私にはよく分からない。私としては料理の美味しさとかを語りたいけど、あまりにも楽しそうに話すので私もつられて何か笑ってしまうのだ。
「そうなんだよね。つまりだ天使がこの世界に対して夢を見ることで斯界深度を保ち自己を確率することで先天的な魔術とも言えるものを――」
「うんうん。ふふっそうなんだね」
「そんなに笑って! これは凄いことなんだよ。其れは人類62億年の歴史において――」
「へ〜。アハハッ」
「笑わないでよぉ! うーんいいや、続けると水が貯まるには――」
楽しそうだ。私と遊んでいるときよりもね。
私は食事を食べ終わり密室から出た。
まだ外は冷えていた。
「寒っ!」




