機械
グゼ様から逃げ切ったはいいが、先生がこちらに迫る。グゼ様に捕まったのだろうか。
此方に随分徐ろに歩いているが、油断は出来ない。先生の所作を確認できる範囲で逃げる方が確実だ。なんせ先生が瞬間移動してきたら私は対応出来ないからな。
私はいつでも動き出せるよう屈み、先生を観察している。
歩いているが…………消えた!
目の前だ。
「これが今回最後の教育だ、名無しの。記録フィルムに焼き付けろ!」
速い! カミーア先生の髪から液体が溢れ出す。それは散弾のように、流星群のように私に降り注ぐ。とても綺麗だった。
見える。避けれる。行ける!
屈んだまま地を蹴る。錐揉み回転しながら一瞬で距離を取った。方向転換し、後ろを見る。
!
さっきより液体が速くなっている。段々速くなるのか? しかも分裂してる?
私は飛散してくる鮮血のような紅い液体を掻い潜りながら、先生との距離を保つ。体勢が滅茶苦茶だ。私は転び、逆立ちし身を捻り飛び掛かってくる液体を躱す。関節が音を上げる。
「あぁっ!」
転ぶが立て直す。先生が言う。
「そこは魔術を使うべきだ」
バババボボッ
間一髪で避けれた!危ない……。
先生が凛として歩き手を翳すと、紅い液体が下に叩きつけられた。
すると地面が弾けた! 岩盤を露出させて。
吃驚だ。
避ける理由が増えたな。
アレに当たれば私の体は耐えられない。
粉々だ。私の体はグゼ様のようには治らない。
本体はグゼ様の部屋だから破壊されても大丈夫ではあるが、グゼ様に要らぬ手間はかけられない。
それに先生の本気はこの程度では無いはずだ。このくらい避けられなくてはお話にならないしな。
バチッ
静電気のような感触と音が右手からした。
右手を見ると紅い! 右手が動かない……。
「疵を気にする暇はあるのか?」
虚空から液体が滝のように私に落ちてくる。
このくらいなら避けることは出来……。
紅い液体に触れるとその箇所が弾けるようだ。
もうさっき掠った右手の指が紅く染まりボロボロと崩れていく。痛く辛く、罰が与えられるようだ。肉体がない頃を思い出す。
あのときにグゼ様が凄いって思ったんだ。
だけど今は感傷に浸る暇は無いはずだ。逃げなくては。
先生が鮮血の合間から現れては私に触れようとしてくる。と思ったら瞬間移動してくる。
「こうされたら?」
私を鮮血が四角に取り囲む。逃げられない。
「手の内を教えては駄目だと。」
私は右手を毀れるほどに速く振り、衝撃波で液体を散らすことで無理矢理退路を作る。私の体も軋んでいる。限界は近いが、出来るだけ体が毀れないように被害は最小に抑える。
この追いかけっこではカミーア先生相手では私は総フレームの内数百本は犠牲にしなければ逃げることすら出来やしない。
紅い指を毀れた右手ごと予備フレームに換装する。激痛が走る。だがこの程度なら……
「私が本気を出せば一瞬だが、名無しのの頑張りに応えて手加減してみよう。教えた総てを見せるんだ」
瞬間移動してきたんだろう鮮血が私の体に穴を複数開ける。機能しなくなったスピーカーを予備フレームを使い治す。いたい。
「ヒューッヒュ、は、廃棄。換装!」
紅くなったフレーム総てを廃棄し、重要な部位だけを予備フレームで治す。まだ行ける!
速度と急な接近が脅威だが、不意を突かれなければ十分避けられる。
新たに現れた紅い液体と滞留した液体の激しい猛攻を少しの隙をつき、躱す。
今の私を傍から見たら、人体の使い方を錯誤して、エラーを起こした機械にしか見えないだろう。きっと狂乱とかがお似合いの修飾だ。
出た! 見掛けからは分からないだろうが、私の視界は上下左右総てを見渡せる。因みに前が一番見やすい。
なんでかは確か、頭部、肩、脚部、腕部にカメラが付いているからだ。頭部の目の位置のカメラが最も高性能だ。そのカメラは昼間でも天体観測出来るぞ。そんな機能は要らぬが。
此処までのスペックは私には要らないと思うが、グゼ様は私を万能たる機械にしようと、自身が案じられる強そうな物を全部詰め込んだらしい。なので私は完璧にならなければならない、という使命が行動の根底にある。それによって「こうすればその内強くなるでしょ」と思ったらしい。
なのでグゼ様が出来ること総てを私は最低でも可能にせねばなるまい。
グゼ様がカミーアを捕まえたなら、私は逃げられるくらいは出来ないと駄目だ!
先生が私の眼前に現れる。腰に手を回された。
下手に動けば先生に当たる。どうしようか……。
「少しだけ……。魔法を見せてあげよう。魔術は魔法を操る技術だ。頑張れば……魔法も使える。……使役と言うべきかもしれないが」
なんだ?
何もかも感じない。
これが魔法?
「魔法は旧宇宙の人工物だ。外の神が大嫌いで私達人類をそれと戦わせようとしている。その計画が為に人の身に余る神秘を人間が使えるようにしている」
先生の声が脳髄に響く。脳髄とか無いけど。
「……私も最近知ったんだが、私等の祖先が……!」
《侵入者を検知。排……》
「危なかった。魔法は性根が腐ってるから、彼奴の計画の為なら何でもする。気を付けろよ」
今の声が魔法?
「そうだな、変な声だろ」
「さて、と……そろそろ現実に戻るかぁ」
一体どんなことが起こっていたんだ?
此処は現実ではないのか?
旧宇宙とは何だ?
外の神とは?
分からない事が多すぎる。先生は私の知らない情報を多く知っている。それはこの世界の何処で手に入れたんだ?
どうやって?
それを知るよりかは先生の知識を得るほうが先決か。総てを知ってからではないと話について行けないだろうね。今ですら先生と私の魔術の技量は隔絶している。まだ最先端に追い付くには私が未熟すぎる。
だが何時かは出来るようにしなければ……。
ところで体が潰れそうなんだが。
ドロォ
体に紅い液体が纏わりついている。
それが途轍もなく重いので動けない。
大半は滑り落ちたのか潰れそうな程では無くなったが。
「はいタッチ!」
誰だ? 視界が塞がって全然周りが見えない。
実は視界が真っ赤なので多分紅い液体が纏わりついているのだろうといった感じでしかないのだ。推測の域でしかない。
それに声もくぐもって誰か分からない。
先生かグゼ様だろうが、どっちだ?
どちらにせよ、私の敗北は決しているが。
「カミーアさん、私が捕まえました! これは私の勝ちですね。ね! ところでこの液体のせいで手を抜こうとしたら指が取れそうなんですけど」
「そうだね、グゼちゃん。治るんだし、取ればいいじゃん。私が取ってあげるよ」
「や、止めて! ゆっくり取るから。ふんっ!
ふんっ! ……取れない」
私を捕まえたのはどうやらグゼ様らしい。
手が取れないとかは私が液体から抜け出せないことを気遣って言っているだけだろう。
グゼ様は凄い! 優しい!
二人が楽しく話してるときに言うのも何だが、出られぬ。
助けて。
「おやごめんね、名無しの。ほら」
視界が晴れ渡る。結構暗くなっている。
今日は知らないことをたくさん知ったな。
そんな日が来ないように沢山の事を知らなければ!
「グゼ様は私の知らないこと知ってますか?!」
「げっ。怖いからちょっと離れてて」
そんなことを言われると思わなかった。
悲しい気持ちになってしまった。
しんみり……。
しょぼん。
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