晴れのち雨のち快晴
「ご〜、ろーく、しーち、はー」
後2秒か。カミーアさんの想定外の行動に少しの間フリーズしてしまった。まさかあんなことをするとは思わなかったし。
だって私は降参して追いかけっこを終わりにしようとした。もはや追いかけっこの体を為していなかったし、名無しのと友達になろうという計画の根幹の◆遊べば友達になれるでしょ!◆も不可能になったからな。だがカミーアさんは鬼の私にわざと触り、自身を鬼にした。それによって彼女はまだ追いかけっこを続ける気なのだろうと思える。
一体なぜだ?
このまま追いかけっこを続けてもカミーアさんには何のメリットも無いのではなくって?
「ーち、きゅー」
後一秒近くでまた追いかけっこが始まる。私はその事実に気づきながらも逃げ出さずに未だ思考を続けている。
逃げるにしても周囲は名無しのの衝撃波に抉られて足場が不安定だし、瞬間移動をする鬼から逃げるなんて不毛すぎるので。それに逃げても絶対に捕まる。その後の事とカミーアが何故こんなことをしたのかを考えていた方が有意義な時間であると思う故に私は逃げない。
下手に動くよりはこのまま直ぐに捕まえられる態勢の方が安心できる気がするし。
「ーう、じ」
もう残り時間は一秒も無い。そのせいか焦燥感と緊張によって思考も纏まらない。垂々と汗を表皮が伝っているように。
何故???といった感じで疑問符ばかりを浮かべるだけで仮説すら浮かびはしない。どうでもいい些末なことしか考えられないし思えない。空が青い。今日の朝ご飯。明日なにするか。ネーミングセンスを良くする方法。
そんなことは今ならどうでもいいが考える間にどんどん緊張は強くなる。
汗が出る。
鳥肌が立つ。
頭が痛い。
体が震える。彼女が言った。
「ゅう。スタート! 」
瞬間辺りに荒れ地を残して彼女が消える。
「ほっ」
息が漏れたと同時にどっと、汗が出た。動いていなかったのに深く呼吸をしてしまう。先の展開が決まって安心したんだろうか。
それにしても彼女は消えたのだから名無しのを追いに行ったのか? 私を捕まえるには絶好の機会だったのに。だとしたら私は本当に彼女らの眼中に無いのか?確かに私は遅いし、まともに二人と遊べていないが……本当に?
そんなことあるのか?
少しくらい何か言ってくれるのでは?
でも私は二人に遊びの楽しさを提供出来ていなかった。二人も私がいたら楽しくないんだ。
もしもそうだとしたら。
二人がそう思っていたら?
……そうだ。そうなんだよ。きっと。
私は追いかけっこには余計な存在なんだよ。
眼中に無いのでは無くってね。
だって私は遅いもの。
瞬間移動が出来る彼女と比べて。
空気を切り裂き衝撃波を散らかす機械に比べて。
其れ等は確とした事実であり現実なんだ。
途中からそんなことは分かりつつあった。
私は彼女らとは最低でも追いかけっこでは遊べない。
なぜならば極論ではあるがミジンコと戦闘機では互いに追いかけっこをしてもどちらも楽しくない。
そういうことだ。しかも鬼はミジンコで戦闘機は逃げても逃げても鬼が遅すぎて楽しくないんだ。
知ってた。知っててよ。何でもっと早く分からなかった。
液体が頬を伝った。
それはカミーアさんと海にて遊んだときにかけられた液体の組成とほんの少しだけ似ていて。私は液体の伝った右頬の方を振り返る。
抉れた大地に代わって青い青い空が視界を埋めていた。
……今頃二人は楽しく追いかけっこでもしているのだろうか。そしたら名無しのとカミーアが友達になるのかもな。名無しのは制作者だから分かるが基礎スペックが凄い。音速で走行しても何の問題も無い程に。喩え鬼が瞬間移動をしてきたとしても回避は十二分に可能だ。きっとどちらも全力を出せて楽しいんだ。
思えば私は名無しのから一方的な愛を受けて相手を一人の人として見れないままなのだろうか。何の愛情も返せてない。あまりにも健全とは言えない関係だ。
友達と思っていた人に友達とは思われていないのは多分嫌なのかな。まぁ気持ちが裏切られたくらいには感じるだろうか。そんな事にはなりたくは無かったしそんな……。
「解消したかったのにな」
呟いた。誰にも聴かれない音は静謐に掻き消され、はなからありもしなかったのように掻き消えた。
話は変わるが……機械と人は肉体と意識のどちらかに目を向けるかで扱いが変わると思う。人と同等の頭脳を持つ機械だとしても肉体が人と違えば、肉体に人間性を置くなら、それは人ではない。反対に肉体が人であっても頭脳が駄目だったら、頭脳に人間性を置く場合はそれは人ではない。
私はそのどちらでも無いので、人ではない。
人間性を置く場所を変えても変えてもそうなるだろう。
自分でも自分がそうであることを信じきれない。
実は私はやろうと思えば瞬間移動も衝撃波を出して走ることも出来るはずだ。少なくともさっき思い出した私の記憶によると私はそんな存在らしい。
だけど私はそんな存在ではなく機械を作るのが得意なグゼだ。そうカミーアさんに思われたのだからね。
だから私はそうして彼女らとは遊べない。私でなくてはそもそも二人と仲が良くない。それに二人の側に居るのはグゼじゃないと駄目だ。
ある日突然に大切な人の中身が変わってしまったら嫌だ。私はそう思った。
「だからこれでいいんだ」
私は青い空の下に体を荒れ地に仰向けて微笑んだ。
空の果てで黒い雲がこちらに迫っている。
「あっ。雨だ」
頭上に薄灰の雲が広がり抉れた大地を黒く染めていく。影と雨粒のせいだ。どちらも当たり前だが光を遮っているだけだ。
雨粒に至っては光を吸収しているので影だけなのかもな。
私は仰向けのまま空を眺める。
青い青い空はやがて白から灰色へ、そしてとても濃い灰とも薄い黒ともとれる色味の空に変わっていった。空が黒くなるに連れて雨足は比例して増々強くなる。
抉れた大地に水が溜まり、溜まった水が光を反射し空を地面に移している。だが雨粒に大地の空は掻き消されて中々美しい空は見えない。
私からもあまり空はよく見えない。
天蓋を覆い尽くす雨雲とその下に降り頻る雨のせいで。
見えなくともあの雲の向こうに青き、美しき空が広がっている。目を細めても、どれだけ視力を高めても見えはしないが。
私の体は雨に打たれて冷えている。
大地は温い。
私よりも深く大きく傷ついているのに。割合で言えば全身粉砕された私よりは微々たる損傷だが絶対的な傷の大きさはあっちが大きい。
私は……グゼは酷くちっぽけで脆弱で弱い。
でも……いや。でなければ二人とは仲良くなれなかったし、そんな仲良くなんて関係を築こうとも思えなかっただろう。
そう思えば追いかけっこすら出来はしない私を正当化できる。だから、私はグゼのままで行くのだ。
不憫で可哀想な存在として。
空の果てに青空が見える。その縁からは白い光が漏れている。空は雨粒と雲では足りない程の光によって照らされ、世界は白んでいく。
空は晴れ渡り恒星の光が惑星の大気によって柔らかく薄められて大地に降り注ぐ。
私がその様子を見るために空を眺めていると辺りは地に落ちた雨粒がキラキラと星のように光り、美しかった。対象的に未だ濡れたままの地面は黒く、光を内に閉じ込めては消している。
抉れた大地に溜まった水は自らより遥かに大きな空を自分いっぱいに映し、土で満たされていた頃とは違った美しさを孕んでいた。
空だけが映っていた水面に白い手が映る。
僅かに灰色へ近づいた白髪の少女は起き上がり地平を見つめる。その目線の先にはついさっきまで水面が映っていたが、今は違う。
少女は満面の笑みで紅い液体と衝撃波が入り混じる方に向かう。
「これだから生きるのは止められないな!」
地上は天国とも楽園ともあらゆる救いの象徴を持つかのように美しかった。
そんな景色の中で白髪の少女は二人の下へと嬉しそうに笑みを浮かべて駆け出していった。
これから不憫で可哀想な目に遭うと一欠片も思わずに。
世界観説明
グゼ……グゼはグゼでしかないです。なので記憶喪失前の人物とは別人です。悲し。
魔術士……士という漢字が入っているので文字通り本懐は戦士です。だけど魔術を扱う人という漠然としたイメージだけが残り、人類は文明の基盤を魔術に置いているので、全人類が程度の差はあれど魔術を扱うのでみんな魔術士です。でもみんな、なんとな〜く生きているので高度な魔術を扱えない人のほうが多いです。魔術士なのに。
天使のなり損ない……天使は作中の舞台の宇宙に顕現するのにある程度の条件が必要です。その条件を満たせないと顕現する際に体が現実を受け容れられません。そうなると奇形の生物に成り下がります。そうなれば後は体のエネルギーを使い果たして死ぬだけだ。彼らも必死に生きてるのに(-_-;)




