天使
天使だ。
白く大きな鳥のような天使はこちらに降下してくるにつれてその身体の仔細をさらけだしていく。
それはひたすらに真っ白で体表に一切の凹凸はなく滑らかでカモメの体を白いペンキで丁寧に厚く塗ってしまったようだ。しかも目も口も足もない。
烈日のさす青空に弧を描くように翔びながらこちらに向かって堕ちてくるそれは突如として中空にて潰れた。
潰されたことで空に霧散しだした色彩豊かなそれの臓腑が煙幕かのように空に広がっていく。
カミーアさんがやったのかな。前の歪な生物を解剖した後潰れたときはあのような感じだったのだろうしな。魔術を扱えれば天使は敵じゃないんだろうな。
そういやそうだが私は最近少しだけ記憶を取り戻した。
それが天使についての記憶だ。
前の歪な生物は記憶に依れば天使のなり損ないだ。この世界に堕ちてこようとしてこの世界の現実に堪えきれず存在が歪になってしまった天使。
だが今回のアレは正真正銘の天使だ。天使という名前の由来は思い出せない。
だが確かに記憶にある天使の姿と同じだから。
そして私の記憶に依れば天使を倒すと。
カラフルな内蔵の煙幕の中から、さっきの天使と姿かたちが同じ天使が純白で光沢のある体表を臓物で色とりどりに染めながら複数体翔び立つ。
最もいやらしい天使の特性。
それは倒せば倒すほどに更に強くなり無尽蔵に湧き出てくる。
「カミーアさんあれを殺さないで下さい!」
「いや、弱過ぎて厳しい。私が魔法を弱めてアレを無理やり生かしているが魔法に攻撃されているせいでそれは難しい」
カミーアさんが殺ったのではないのか。
じゃあ魔法? なぜ魔法が天使を攻撃するんだ。
分からない。残念なことに思い出したのは天使についてのことくらいしかないので推察のしようすらない。一旦魔法がなぜ天使を殺し続けるのか情報が欲しい。魔術でどうにか出来そうだし大丈夫なはず。
「だったらカミーアさん魔法に任せたらどうですか?」
「魔法が天使をどうするか気になるのか。いいよ」
カミーアさんがそういった途端に天使が跡形もなく消え去る。霧散した臓腑も血も生きていた天使も。魔法を弱めていなければ即殺か。
魔法は凄いな。
私の記憶によると天使は死体をできる限り薄めてから殺していた。そうすると後続の天使が出て来ないからだ。
だから今のようにまとめて殺すと上位の天使が出てくる。それが出ると攻撃では倒しようはなく、それが現実に堪えきれなくなるのを待つしかない。
現実に堪えきれないという記憶が一体何なのかは私には分からないが、恐らくそれからは逃げるしかないということだろう。
しかしそんなことはなく、天使が死んだ場所からはまだ何も現れない。
もしこのまま何も出て来ないとすると魔法は特殊な方法によって天使を殺したことになる。
カミーアさんは歪な生物を魔力で出来ているといった。そして天使もあれも死に様は似ているし、起源はどちらも同じだ。
だったら天使も魔力で体が構成されているのか?
だから何なのだといった話ではあるが魔力はたしか魔法なんだろ。
じゃあ天使の体と魔法は同じなのか?
だからどうにか出来るのか?
発想が飛躍しすぎか。
どう考えても確証を得るほど辻褄のあった論理を組むのは難儀かも知れないな。
「カミーアさんはアレについてどう思いますか?」
「これまで観測されたデータがないので異常なんだなとは思う。それよりはグゼちゃんがアレを天使と言っているのが一番気になる。やっぱり異世界から来たの?」
「それは分からないけど、思い出したことは他にも少しはあります」
「そうなんだ。まぁ……まだ遊び足りないし話しながら遊ぼうか!」
――――――――――――――――――――――
砂浜――
「カミーアさん魔術でガチの城を砂で作るのはセコくないですか」
「グゼちゃんも機械使えば出来るよ」
「軽く言わないで下さい! 機械作るの結構時間かかるんですよ。そんなポンポン作れないんです!」
「でも私の勝ちだしなー。約束は履行してもらおうかな〜!」
なぜこうなった……。
数時間前天使について話そうということで、折角だから遊ぼうということになった。
普通に話せば良くないか。後で遊べばいいじゃん。不満はあったが別に断るくらいではなかったし、何かすごいカミーアさんがニコニコして楽しそうだから断りづらかったし結局遊ぶことになった。
最初は遊泳速度を競っていたが、喋れないのでなしになった。
次は砂遊びで何か作ろうということになった。始めの方はちっちゃい城作りながら話してたけど、段々カミーアさんより大きくしたくなった。
それを面白がったカミーアさんがどちらが城をより大きく出来るか勝負することになった。
そしてカミーアさんはただ勝負するだけでは緊迫感がお互いにないということで、勝ったほうが相手の言うことを一つだけ聞くことになった。
まぁその時の私は負ける気はなかった。
地面に深々とぶっ刺した鉄骨に接着剤と砂を混ぜたものを塗りたくって出来たものを城と言うつもりだったので。実際そうしたし。
勝てばカミーアさんに私の写真を全部捨ててもらう予定だった、だったのだが。
私の眼前に広がる海の上に浮かぶ巨大な山城のようなそれはカミーアさんの城だ。
それに対して私の城はたしかに大きいし高いけど、体積も見栄えも高さも全てカミーアさんのに負けた砂の城だった。
負けたな。絶対に。
カミーアさんの城を見たときにそう深く思った。
そして負けた。
「えへへへ……あっ。グゼちゃんにはこれを着てもらうよ。」
そう言ってカミーアさんは虚空からそれを取り出した。
おー。あれか下着もどきか。
普段から時代が時代なら下着みたいな服装だけど、流石に下着もどきは露出度高いな。
別に私が思い出した記憶から人間じゃないらしいことを話しても女物を選ぶのは理解し難いなカミーアさん。
そんな目で見られるとなんか恥ずかしいしな。
「グゼちゃんもしかして嫌なの? 別に人間とかじゃなくてグゼちゃんがスキなんだ。プラトニックラブみたいな。性欲なんて人類はとうの昔に忘れてしまったんだよ」
そ、そうなんだー。でも嫌だな。
私を見る目が変態的なそれだよ。
あっ、カミーアさん心読めるから今変態と言われたようなものか。まぁでも人の心読んでる方が悪いよな。うん。
どうしようか。着たくないな。
別に約束守らなくていいんじゃないか。
楽しく遊ぶための理由でしかないからな。
「グゼちゃん約束は守ろうよ! 次に遊ぶときそれじゃあ楽しくないでしょ」
そうだけど……あ!
「カミーアさんがそれ着たら私も着るよ」
あんなの着るの嫌がるだろう。
人が嫌がっていることをこれで理解できるでしょう。そうすれば、催促もマシになるはず。
「着たから早く着替えてよ、それとも二回も私との約束を破るの?」
まじかー着たか。
予想外だ。
そこまで見たいのか逆に着たくなくなるけど、約束破るのは良くないけど……うーむ。
致し方ない。
「やったー!!」
そう言って私にそれを着せるカミーアさん。
魔術で着替えさせたのか抵抗も何もできなかった。
なんかもうどうでもいい気がする。
パシャパシャパシャパシャ
おっ。ビックリした。
カミーアさんか、もういいよ。
好きなだけ撮りなよ…
パシャパシャパシャパシャパシャパシャ
砂浜にその音は一日中鳴り響いた。




