悲劇的ゲル化
数ヶ月後
「やったァァァァ!! 遂に出来たぞぉぉー!」
思わず達成感から叫んでしまった。
まあいい。
ふふっふははははっ。出来たぞー!
私はやっと実現したのだ。
味と見た目、それらを両立したものを!
ここに至るまで色々なことがあった。
データとシミュレーションが全く一緒で何の参考にもならなかったり、出来た料理のエネルギー変換が途中から失敗して何度も設備を点検したりしたこともあった。
大体は調整に多くの時間を取られたが実際に完璧なものが完成するまでは数日程度だった。
急に出来たから半信半疑だったけど食べてみると信じるしかなかった。
まぁ今はそんなことはどうでも良くて。
料理を食べよう。
私は少しだけさっき試食したせいで体積の減ったスープをスプーンに掬い口元に運ぶ。
見た目は普通のスープだが通常の料理の場合は普通の見た目通りのものを食べると気絶する。
だがこれはそんなこともなく食材の味が染み出した美味しい味がする。そこに一切の違和感はなく、夢中になるあまり食べ尽くしそうになってしまった。
美味しい。真の意味で美味しい。本当に。
少しだけ残したスープを密室から出てカミーアさんに見せに行く。この感動を押し付けに行くのだ。
ガチャ
扉が私によって開けられる。
外で食材を作りながら待っていたカミーアさんの元にスープを持ったまま駆け出す。
今この瞬間ならばどんなことも出来そうな気がした。カミーアさんがコチラをみてにっこりと微笑む。行動こそあれだが見た目に限れば絶世の美少女といった風貌だ。
彼女の視線は私の顔から手元のスープに移る。そして彼女は私の手元にあるスープをみて驚愕の表情を浮かべる。
そうだ。カミーアさんは諦めたが私は諦めなかったのだ。そして遂に成し得たのだ。
それには彼女も驚くはずだ。
「カミーアさーんできたよ~! ついについに!」
「グゼちゃんそれ見た目……」
カミーアさんは驚愕の表情ばかりでなく言葉遣いにすらその動揺が現れているようで黙ってしまった。
まあそれも仕方ない。カミーアさんが今まで見てきた中でこんな物は存在し得なかっただろうからな。実際魔術やこの世界の昔の技術を使ってもらっても駄目だったしな。
だが繰り返し何度でも言うぞ心の中で。
私は作ったのだー!
私は作ったのだー!
もういいや。連呼してもあんまり楽しくなかった。それよりこのスープを見よ! この素晴らしいスープをな! もう一度見てみよう。
私は手元にあるスープを見た。
…………あれ? おかしい。
寝ぼけたのかと思い目を擦る。治らない。それならいきなり目でも悪くなったか? 何故……なんでどうして。
身体の不調は無い。
腕につけた機械からその情報が流れてくる。作業の合間に作ったものだ。
当然目も悪くはなく脳も正常だ。
私とスープの間に何か挟まっているのか?
そんな疑念を払うかのように私が手を振り払っても空を切るだけだった。
そこにはスープをそんな風に私に見させるような物は何もなかった。
じゃあ一体なぜスープがゲル状に見えるんだ。
わ、私の機械が故障してて実は私何処か悪いところでもあるのかも!
き、きっとそうに違いない。
数分間の内のどこかで身体を急に悪くしたんだ。
じゃあカミーアさんに確かめて貰えばいいんだよ。そうしよう。
「カミーアさんこのスープどう見え、る?」
ねえ。何か返事してよ。いつもはすぐに言葉を返してくれるのに、そんな目で黙ったままスープを見つめられると落ち着かないんだ。
カミーアさんが唇を震わせ言う。
「それの見た目はゲル状だよ……グゼちゃんの気持ちから嘘じゃないことは分かるよ。でもそれはもう……」
あ…………。
あっぁぁ。口から微かな呼気と声が漏れる。
信じられない。私はそのスープを恐る恐る、仕方なく手掴みで口元に運ぶ。ゲル状の見た目に相応しいブヨブヨとした感触だ。だが口内では普通の食感がする。
美味しい。だけどさっき食べたのとは違う。
違和感がある。砂を口の中に入れたと思ったらカレーの味と食感がしたような。
そんな人によっては些末なことかもしれない違和感。実際カミーアさんは殆どそれを気にしていない。というか何も感じていなさそうだ。
だが私にとってはそれは日に日に増していく不安感となっていった。
何を大袈裟な、と思うかも知れないが私は記憶喪失でも私なりの常識はあるのだ。
それによって明らかに何か違うと分かる見た目と食感、味の齟齬による違和感以外の何か。
気付きたくなかっただけで最初に食べたときから分かっていたのだ。
噛むたびに料理から溢れ出すその恐らく魔力と言われる存在が私の体内に侵入しようとする感覚に。
それを見た目と食感、味の乖離のせいにして無意識に解決しようとしていた。
だがその違和感に心の奥底ではどうしようもなく嫌悪感を抱いていた。
それを解決しようとして自分が作り出した言い訳たる見た目と食感、味の乖離をどうにかしようとした。
それが今回の真相と顛末だ。
実際に見た目とそれらが違うだけならどうにかなったはずだしそんなことはどうでもいい。
そして私は思い出し……
「グゼちゃん大丈夫? そんなふうに俯いて何も考えずにしてて? 」
「わっ! びっくりした。大丈夫だよへーきへーき」
あれ何を考えていたんだ? 思い出せない。
確かに何か考えていたのだけど、漠然とした印象しかなくて考えていたのだろうとしか想えないしそれ以外には何も分からない。
そう。思い出せないならどうしようもない。
それよりはこのスープがゲル化した原因について探るべきだ。そう、つよく思う。
カミーアさんが心配そうにこちらを見つめている。大丈夫だよ。私は胸中でそう思いながら明るく元気に振る舞った。
あれから数日間ほど、私はあの料理の再現に挑み、成功した。
料理の見た目が変貌するプロセスが分かったからだ。
それは料理が完成した瞬間に料理に入り込む魔力が料理の材質を変成させ、影響を受けた料理が見た目を変えられているだけだった。
そのことに気づいたのはカミーアさんが途中から協力してくれたおかげだった。
私が料理をひたすら機械を使ってまた大量に作っているときのことだった。
「グゼちゃんが普通の見た目のものを作ったときはここだと良かったけど外だと見た目が変わったんだよね。じゃあ外と中でなにかが違うはずだわ。そして私が見る限り料理が完成した瞬間にこの室内の魔力密度が下がっているんだよね。つまり魔力が駄目だと私は思うのよ」
そう言ったあとカミーアさんは私の密室の外壁を魔術で作り替えた。
作り替えた外壁には魔力をある程度通さない働きがあるらしい。
そして白い箱をいくつか部屋に置いた。
この箱は魔力を集める機械らしく、この機械の場所に魔力を多く滞留させることで料理に入り込む魔力を減らすそうだ。
光炉というらしい。名前通り光を放っている。
これらのおかげで密室内の魔力密度が下がり、料理を大量に作ることで魔力が吸収され魔力を含まない料理が出来るそうだ。
カミーアさんはこの結果に発案者ながらとても喜んでいた。
最初に出来た完璧な料理は私が密室内で余りにも大量の料理を作ったことで機械内の魔力密度が下がり魔力をほとんど含まないものが出来たということらしい。
出来た時点で機械外の魔力に曝されていたので少しづつ含有率が上がっていたらしく、私が外に出た瞬間にスープは魔力吸収速度が早まる臨界値に到達していたらしく、当初のカミーアさんの予測は外れていたらしい。
そしてそれらの工夫を経て出来た料理はとても美味しかった。
カミーアさんは少し味が変わった気がする。といった程度で私ほど料理の味については喜んではいなかったが、とても喜んでくれた。
カミーアさんはもっぱら料理の魔力含有率について興味があるようだ。
だが料理以外には同じ方法で魔力含有率を下げることは出来ないらしく研究に四苦八苦している。なぜ料理ばかりにこのような現象が起きるのかも疑問に思うらしく菓子類などとの違いについて考察を重ねている。
毎度ご飯の時間にそんなことを話している時の彼女はとても生き生きとしている。
まるで水を得た魚だ。
つられて私も明るくなってしまう。
この先ずっとこんなだったらいいんだけどな。今はまだ思わなくて大丈夫なはず。
空に煌めく星々が熔けていく世界を。




