最終奥義が出ても負けないよ
一位と二位を残して、十四人の羅漢は、織比古おじさまにぶつける。
「ええええっ、私?ひどいよ、ふーちゃん。手口が、まるで敦ちゃんだよ」
【風壁】と【風鞭】を使って、十四人の攻撃をかわしながら、織比古おじさまが踏ん張っているけど、あの中には、きれいな雪女のゆきさんと、風を喰らう東雲さんがいるからね。うひひひ。
「ふーちゃん、始めるよ」
「おーい、こっちも始めるぞー」
土御門さんと享護おじさまが、それぞれに錬成した土と風の魔力の礫を私と二位さんにぶつけて来た。私は【風壁】で躱し、二位さんは、ローブの長い袖から手が出てきて、掴んで握りつぶした。げげげっ。この人、本気でヤバい。あの享護おじさまの風を片手で掴んで捻りつぶしたよ。
「危ないってば!そっちがその気なら、こっちも総力戦だからね!」
私が叫ぶと二位さんの方から、めちゃくちゃ嫌そうなオーラが漂ってきた。あ、これ父様と同じやつだよ。面倒くさいって思ってるよね。
ガオオオッと土御門さんの虎が、咆哮を上げて走り出した。
「うんにゃーっ」
にゃんころも負けずに雄たけびを上げて、虎に向かっていった。あんまり迫力のない雄たけびで、ぼてぼてっと二足歩行で走る鈍足のにゃんころに、会場は大爆笑だ。それでも、次の瞬間、ドゴォォォと、もの凄い音を立てて巨大な二体の土のゴーレムが体当たりすると、競技場が地響きで揺れ、観客の顔色が変わった。土御門さんの虎が立ち上がって、にゃんころの首に噛みつこうとする。
「させるか!わんころっ!」
にゃんころとわんころは、麻生との闘いで、頑張ったのに、一番ひどい目にあったからね。今日は花を持たせてやるんだ。
にゃんころが【風壁】で土御門さんの虎を止めると、わんころが【火焔】で口から火を吹いた。虎を焼き尽くそうとしているのは、白い炎だ。
「やったーっ。白が安定して出て来るようになったー!」
「ふーちゃん、油断するな!」
文福叔父様の言葉が終わる前に、いきなり三体のゴーレムの立っていた地面が液状化した。土御門さんの作り上げた、底なし沼に、ごぼごぼと、にゃんころとわんころが飲み込まれていく。虎は、沼が現れた瞬間、魔力解除され消えている。あの虎は「釣り」だったのか。
最後に、ごぼっと大きな泡がたち、わんころろにゃんころが完全に消えてしまった。巨大な二体のゴーレムを飲み込んだ沼は、何事もなかったかのように消失し、元の地面に戻った。
「何と、今度は、陰陽師チームが嘉承の悪食ゴーレムを飲み込みました」
「嘉承の君の精神的ショックが大きいですね。あの猫と犬はお気に入りだそうですから」
「そういえば、内裏の変でも、西都のお使いでも、あのキジ猫を重用していましたね」
みっちー宰相と賀茂さんのお父様の実況と解説が聞こえると、会場から同情の目が私に注がれた。魔力を解除しただけなので、直ぐに元通りになるけど、ここは土御門さんに子供の作った土人形を容赦なく破壊した悪い大人になってもらおう。土御門さんファンのお姉さん達の中には、小さい子に同情的な人もいるかもね。うひひひ。
「ちょっと、ふーちゃん、その嘘くさい態度は止めてよ。こっちが、まるで悪人みたいじゃないか」
「うわああああん。土御門さんのせいで、私の大事な、にゃんことわんこがいなくなっちゃったよーん」
【遠見】で会場中に私の声が聞こえるようにしてみました。くふふ。旗の下で盛大にウソ泣きをしていると、二位さんがせっせと頭を撫でてくれた。ウソ泣きって分かっているくせに、この人もノリがいいな。会場の観覧客から、「負けるな!あんな悪い陰陽師なんかやっちまえ!」という声援が飛んできたよ。ご年配の男女の観覧客というのが、微妙だけど。
「あの犬と猫を消したのは、ふーちゃんのくせに、性格悪いよなぁ・・・そらっ!」
二位さんと傷心の小学生と、せっせと慰める優しい妖のふりをしているところに、いきなり風の大太刀の刃先が飛んできた。え、【志那津】って喜代水の錫杖みたいに伸びるの?きょとんとしている私に、おじさまがにやりと笑った。
「魔力剣だから、いかようにも形を変えられるんだよ」
ふーん。
「享護おじさま、今、ものすごい悪人に映ってるよ。傷心の小学生に剣を飛ばす極悪侯爵」
「げっ」
享護おじさまが嫌そうな顔をすると、二位さんが「ぶふっ」と吹きだした。
「世間の評判なんかどうでもいいんだよ」
そう言いながら、享護おじさまが、二位さんに斬り込んできた。すっと二位さんが右から左へ、左から右と移動して躱す。ガンガンと【志那津】が撃ち込まれるスピードは、風の神の名を持つ大太刀使いに相応しいものなのに、二位さんの余裕は全く崩れない。二位さん、めちゃくちゃ動きが早くて、残像しか見えないよ。あれ?これ、どっかで見たことある技だよね。
「うーん、どこで見たっけ?」
「ふーちゃん!」
文福叔父様の叫び声が聞こえたかと思うと、ぽんっと背中を押された。享護おじさまは【風天】で後ろに大きくジャンプして後退した。瞬間、凄まじい大音量と共に、私の旗に雷が落ちた。振り返ると濛々と煙が上がっていた。くそっ、やられた。
「これは、分雷、賀茂の深奥ですね。これまで大きくリードしていた喜代水チームも万事休すかぁ!」
しまった。二位さんが落雷に巻き込まれたか。【風巻】で煙を取り除くと、ローブが焦げてガチガチの筋肉質な上半身が露わになった二位さんが、旗のポールをがっつりと抱えていた。すごいよ、この人。あれだけの雷を全身に受けたのに、倒れていないし、妖力も強いままだ。
そこで、焦げて原型を留めていないフードだった布地が、二位さんの頭から、はらりと落ちた。会場中の人達が息を吞んだのが分かった。
「狼だ」
あの特大雷を受けても、まだ平然と立っていたのは、銀色の艶々の毛並みで、黒に近い藍色の目を持つ大きな狼だった。でも、私と目が合うと、狼の綺麗な藍色の目が、何故かちょっと悲しそうになった。私が怖がると思ったのかな。まさか、まさか。私は昔から、もふっとした毛並みの生き物には弱いからね。
「二位さん、旗を守ってくれてありがとうございました」
ぺこりとお辞儀をしてお礼を言うと、二位さんも目礼で返してくれた。
「お手数かけました。私が守らなくちゃいけないのに」
私が謝ると、二位さんが大きな手で、また髪と胸のリボンをささっと直してくれた。二位さんは、身だしなみに並々ならないこだわりを持っているらしい。確かに見事に艶々な、もふもふだもんね。お耳もぴんと立ってカッコいいし。
「ぐぉらあああ、賀茂、何やってくれてんだよ。邪魔すんなって言っただろーが!」
いやいや、享護おじさま、その反応、おかしいから。旗をどちらが先に倒すか競うのがこの試合の目的だよね。おじさまの頭の中で、おかしな脳内変換が起きて闘うことだけが目的になっちゃってるよ。とんだバーサーカーモードに入っている享護おじさまを睨みながら、二位さんが、焦げてボロボロになったローブを脱いだ。ガチムチの体に、もの凄い妖力が渦巻いている。これは、味方ながら、ちょっとダメなやつじゃないの?
「おっ、ちゃんと相手してくれんのか」
享護おじさまの目が獰猛な肉食獣のように光った。いやいや、おじさま、本気でヤバいって。私は、さっさと小野家で訓練した【風壁】で自分と旗を覆った。同じ風でも、小野流の【風壁】は魔力効率をとことん追求したものだから、長時間堅固な壁が張れる。
『全員、【風壁】を張れ。結界が出来ない者は、すぐに闘技場から降りて彰人の結界に入れ』
曙光ドームに父様の声が【遠見】で響いた。
「喜代水、撤収!全員お父さまの結界に入れ!」
妖は結界が張れないからね。旗は私が守るからすぐに逃げてもらわないと。陰陽師チームも、旗の下で賀茂さんが水の結界を張ると、土御門さんは、闘技場を降りた。うん、まだ魔力変換器官が治ったばかりだから、無理はしないほうがいいよ。火の時影おじさまも、火伏せの文福叔父様も結界が張れないので、織比古おじさまの【風壁】の中に避難している。呉越同舟だけど、緊急事態だからしょうがない。
その間に、享護おじさまは目を瞑って【志那津】を合掌した手で挟み、凄まじい魔力の錬成を続けていた。東条は魔力の錬成と循環が異常に早い一族として知られている。その東条が魔力放出せずに、錬成と循環を繰り返しているということは、巨大な魔力を作り出そうとしているということだ。
ちょっと待ってよ。これ、新春のお祝いの練習試合みたいなやつで、もっと明るいポップな感じの催しだったんじゃないの?国民に希望を与えるって、みっちー宰相も言ってたし。どう見てもガチじゃん。希望どころか、皆、恐怖のドン底に突き落とされちゃうってば。
カッと享護おじさまが目を見開いたのが合図になり、それまで私の隣で、こんこんと【風壁】を叩いて強度を確認していた二位さんが消えた。あの人、動きの速度が尋常じゃなく速い。上位の風の魔力を持つ私は、動体視力もかなり高いはずなのに、追い付いていないよ。
ガキン、ガキンと何か怖い音が聞こえるけど、視力が追いつかないから、何が起こっているのか見えない。もの凄い魔力と妖力が放出されて、私の【風壁】がカタカタと揺れ続けた。
びゅんと風を斬る音が聞こえて、享護おじさまの【志那津】だと分かった。魔力を高めて音に集中していくと、刀身が、倍の長さになって、完全に透明になった大太刀を振るう享護おじさまが見えてきた。
いやいやいや、透明な【志那津】って、それ、東条の最終奥義でしょ。そんなの、新春のお祝いイベントに出しちゃダメでしょ。
「えーと、賀茂さん、東条侯爵と謎の狼の妖氏が消えましたが、どうなっているんでしょう」
「人の目には見えない速さで闘っていますね。東条侯爵の大太刀が更に刀身が長くなり、透明になっています。あれは、東条の最終奥義ですね」
賀茂さんのお父様には、視えているんだ。すごいな。
「また、信じられないのが、それに丸腰で対峙している妖氏ですね。あれは、間違いなく伝説の銀狼族ですよ」
そうだ、それだ。銀狼族だ。
銀狼伝説は、子供向けの絵本で、西都で生まれ育った子供なら誰でも知っているお話だ。銀狼と呼ばれる狼の妖一族は西都の奥にある山では山神として、また妖の王の一族として、何千年もの間、畏怖の対象だった。ある時、若いやんちゃな銀狼が、山を下りて、人間の猛者たちに力比べを挑む。人間たちは、魔力持ちで、妖ごときと侮って、皆、ボコボコにされちゃうんだよ。そして、調子に乗った若い銀狼は、周りの雑魚妖に唆されて、人間を支配しようと帝都にやってくる。今の南都だ。
「そうですか。ただ、この場をどう実況してよいのか、悩ましいところですね。国民の皆様の希望の祭典、新春のエンタメなんですけどねぇ」
ほんと、それよ。私が旗元で、座り込んで二位さんと享護おじさまの闘いを視ていると、すうっと大きな画面が四つ帝国ドームに浮かんだ。あれは【魔鏡】だ。
『宰相、俺の目に視えているものを今上陛下と先帝陛下と東宮殿下と母の【魔鏡】に転送する。俺と【魔鏡】の間にタイムラグを生じさせるから、お前でも見えるだろ』
見上げると、確かにもの凄いスピードながら、肉眼でも見える程度に速度が落とされた二人の闘いが映っていた。こっちだと魔力を使わなくていいから楽でいいね。それにしても、あの人外魔境の魔王サマは、また人間技でない魔力の使い方をしているに違いない。どうやったら、あんなに、ぽんぽんと応用魔法を編み出せるんだよ。初期魔法が使えないくせに。
しかし、二人とも凄まじい戦闘力だな。でも、二位さんの力の方が大きいね。その証拠に、【魔鏡】に映る享護おじさまは、もうボロボロだ。そう思ったところで、ふっと視線を感じて振り返ると、織比古おじさまが立っていた。
げげげげっ。いつの間に呉越同舟の【風壁】から移動してきたんだよ。三人がいた場所に目をやると、時影おじさまが、文福叔父様の口を塞ぎ、強引に闘技場から引きずりおろしていた。チーム嘉承、手口があくどいって。
「ふーちゃん、ごめんね」
織比古おじさまが、魔力を練って【風切り】で私の【風壁】を壊そうとした。
「何と、ここで、南条侯爵が、喜代水チームの旗元に現れました。喜代水チーム、ここで敗退か」
するわけないよ。だって、ここには世界一怒らせてはいけない人がいらっしゃるからね。
「うわーっ、ずるい。ふーちゃん、めちゃくちゃずるい!」
織比古おじさまが頭を抱えて叫んだ。
「あ、あれは・・・」
「四体のオオサンショウウオが、喜代水チームのポールを抱え込んでいますね」
お祖母さまの目の前で、健気に旗を守るハンザキのゴーレムを砕けるなら砕くといいよ。
がっくりと膝をつく織比古おじさまの前で、ハンザキのゴーレムが「うひひひ」と笑った。