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罪咎

ドンッ

 突如銃声が響き渡る。目の前であいつが倒れた。足元に血の海が出来た。軍人として何度も見てきた光景だが、今回は少し違っていた。瀕死のあいつはなぜか笑っていたのだ。

「これが因果応報ってやつか」

 それがあいつの最期の言葉だった。程なくして駆けつけてきた警察官によって、銃を撃った俺が逮捕され、留置場へ移送された。



 裁判はその後数日経って開かれた。厳粛な法廷で検察官が事実を読み上げる。

「被告人、レイ・ルイス。彼は、二〇一三年二月一日午前九時頃、テキサス郊外の射撃場で被害者クリス・カールの腹部に銃弾を発砲し殺害した」

「では、被告人。今、検察官が読んだ事実について、何か述べることはありませんか」

 裁判官がそう言った。ドラマみたいなワンシーンだ。左右にいる警察官はドラマでは見なかったがこれは逃亡対策だろう。

「間違いない、カールを殺したのは俺だ」

 脳裏にどこか引っかかるあいつの死に際を思い浮かべながら、俺ははっきり答えた。ここまで来たら堂々としていよう。

「被告人はPTSDを患っていました。そのため、被告人には精神的な問題があります」

 俺の打ち合わせ外の回答に驚いたのか、弁護士が慌てて反論をした。弁護士としては、PTSDを理由に無罪を狙っているのだろう。そんな説明を受けた気がする。

「それでは、証拠調べに入ります。検察官、冒頭陳述をどうぞ」

 しかし、弁護士の反論は無視され、裁判は次の工程へと移った。

「まず、証拠によって証明しようとする事実について説明します」

 検察官はそう言うと、文書を手に持ち、長々と語りだした。

「被告人は、犯行の三日前に被害者と、被告人の母を通して連絡しています。被告人は元PTSD患者でありながら、現在は落ち着いており、被害者が同じPTSD患者の支援をしていたことを知っていました。実際今回の犯行は、被告人の母を通して二人が会うことを決めた射撃場で起こっています。以上の事実を証明するために証拠の取り調べを請求します」

「全て、同意いたします」

 弁護士が起立し、一礼して言った。

「それでは、検察官請求の証拠を採用し、取り調べます。では、検察官その要旨を告げてください」

 裁判官が言うと、検察官が手に資料を持って話し出した。

「証拠物四番は、犯行に用いられた拳銃です。被告人に示し合わせたいのですが」

「被告人、前に出てください」

 俺が動くと、検察官は俺の近くまで来た。手には袋に入れられた拳銃と、安全のためか装填されていた銃弾が外されてそこにあった。

「こちらの拳銃に見覚えはありますか」

「ああ、俺が持っていたベレッタM92コンパクトLと同じ型だ」

「被害者のことを撃った銃で間違いありませんか」

「手に持って見られないから分からないが、多分そうだな。現場に落ちていたのだろう」

 俺の反応を見たからか規則だからか分からないが、続いて弁護士の立証が始まった。

「被告人の母を証人として請求します。被告人の性格、生活状況などを立証します」

 少しの間が空いて、母が裁判に出てきた。数日会っていないだけなのにえらく老けて見えた。

「被告人の母で間違いありませんね」

 裁判官が、その正面に立った母に尋ねた。

「はい」

 母がどこか寂し気な表情で答える。

「今回被告人が、このような事件を起こした理由は、どこにあると思いますか」

「普段は、少し乱暴だが心優しい子でした。しかし、軍隊に入ってイラク戦争に行った後から少し変わった気がします」

「どのように変わりましたか」

「最も変化を感じたのは、家に帰ってきて直ぐに起きた銃撃事件の際です」

「二〇〇九年テキサス銃撃事件ですね。ここに資料があります」

「はい、あの事件は私たちの自宅付近で起きました。その際、発砲音が聞こえたと思ったら、彼は正気を失い、『伏せろ、伏せろ』と叫びだしたのです」

「そうですか。その症状はPTSD患者のものですね。被告人はなにか大きなトラウマを抱えていましたか」

「私には話してくれませんでしたが、何かあったとは思いました」

「その後も被告人は自宅にとどまっていましたか」

「いいえ、事件後数日で軍の招集に呼ばれ、その後ハイチで起きた大地震の支援に向かったようです」

「災害支援はトラウマを生みやすいですからね。これが原因だと思います」

 弁護士が付け加えて話すと一通り済んだのか、今度は俺に質問が飛んできた。

「今回、あなたがこの事件を起こしたことに間違いありませんか」

 また同じような質問だ。何度聞こうと答えは変わらない。俺の意志で殺したのだ。

「ああ、間違いない」

「犯行の原因となったところはどこでしょうか」

 今度は深くまで聞いてくるらしい。

「ルイスと俺が同じ小隊であるのは知っているか?」

 少し手探りの質問を挟んでみる。

「被害者と被告人は軍隊で同じ師団に所属していたのは事実です」

 弁護士が資料を持ち、周辺に補足説明した。

「そこで奴が天才スナイパーと呼ばれていたのは知っているか?」

 俺はかいつまんで話しても、弁護士が補足すると判断し、話を続ける。

「被害者のカールは被告人と同様イラク戦争に従軍。一六〇人以上を射殺した米軍史上最高峰の天才として知られていました」

「奴と同じ小隊の俺が奴と比べられるのは当然のことだった」

 そうだ、比べてきた奴らが悪いのだ。劣等感を感じて奴を殺したってそれは仕方ない。奴も殺人犯なのだから、罪なんてないのだ。それにしても嫌な記憶だ。俺は銃声を聞くだけで、気が狂いそうになるのに奴は……

「その劣等感から被害者を射殺したのですか」

 図星だ。さすが弁護士。彼は年の功というか経験則というかからこちらの思考をあっさりと理解していた。

「そうだ。みじめだろ。ただ、俺はこの行為に充足感までも覚えている」

 俺の意見を、傍聴席のマスコミがメモを取る様子が目に映った。冷ややかな視線がさらに強まった。

「双方、立証は以上でよろしいでしょうか。それでは検察官、意見をどうぞ」

「本件は、被告人が二〇一三年二月一日午前九時頃、テキサス郊外の射撃場で被害者クリス・カールの腹部に銃弾を発砲し殺害した事件である。被告人にはPTSDの症状がみられることが、立証によって明らかになったが、被告人の供述は安定しており、その傾向が見られない。そのため現在はその症状は安定しているものだと推察されています。以上取り調べられた各証拠によって、本件の立証は十分であると考えられます。よって被告人を終身刑に処し、押収された拳銃を没収するのが相当とされます」

 終身刑か、それも仕方ないだろう。ただ一応弁護士の意見を聞いてみたい。

「弁護人、どうぞ」

 裁判官は弁護人の意見を求めた。よく見るあれだ。

「はい。本件はPTSDが事件に影響したものだと思います。実際被告人は犯行時PTSD患者であることは立証で示されており、そのため心神喪失状態だったこと、責任能力はないものだとも容易に考えられます。よって被告人は無罪であるべきです」

 予想通り弁護士は無罪を求めた。しかし自分のことながらそれが通るとは俺も思わなかった。

「被告人、最後になにか言い残したことはありませんか」

 裁判官が機械的に言う。言い残したことは……ないな。

「特にないです」

「被害者に謝罪はないのか」

 傍聴席からヤジが飛ぶ。裁判官がそれを「お静かに願います」と宥めた。

「このような事件を起こしてしまい、被害者の方には大変申し訳ないことをしたと思います」

 そのヤジに心ない謝罪で答えた。なぜあの時カールが笑っていたのかという違和感はあるにしろ、俺はみじめな劣等感からのこの行為を悔いていなかったからだ。

「それでは、次回判決宣告期日は二〇一四年二月二四日午前一〇時とします。これにて閉廷いたします」



 閉廷した後、俺は左右の警察官によって留置場へ連れられた。罪状が確定するまでまたここにいるらしい。

 その日から判決日まで、俺は留置場内の個室で過ごしていた。時折弁護士やマスコミが訪ねてきたが大半の時間独りだったため、考え事をよくするようになっていた

(あいつはなぜ瀕死のあの状況で笑っていたのだろうか)

寝ても覚めてもこの瞬間だけが頭から離れない。ただ、禅問答のように解が出ない。殺したという充足感はあるが、この解が出ないことには何か納得できない。数日ののち、留置場の生活に慣れた頃になってついに判決の日を迎えた。

「それでは、判決を言い渡します」

 既視感のある裁判所で裁判官がガベルを叩いた。

「主文、被告人を終身刑に処する」

 終身刑か……俺は判決を受けて悟った。悔いはないが、終身刑とはどんなものか見当がつかない。何もできないのだろうか。

左右の警察官が起立した。もう退席しろということらしい。俺はもう見ることのないだろう周囲を目に焼き付けようとぐるりと見まわして、警察官と一緒に法廷を後にした。



今度は刑務所へと移送された。到着してすぐに白黒の囚人服を着せられ、前後左右の写真を取られた。まさか自分が体験するとは。

初日は何もなかったが、翌日からの労働は大変辛いものだった。朝叩き起こされ、畑を耕し、疲れた体で牢に戻る。硬い床は本当に疲れが取れない。食事も満足なものがない。同じ囚人や看守からの暴力もあった。刑だから当然だが、何より何の充足感もない生活という事実が最も辛かった。何もないと余計なことを考えてしまう、それなのにこの生活が永遠に続く予定だという、その事実が恐ろしかった。



刑務所生活に慣れたある日、留置場以来の面会がやってきた。労働から解放されたのは初めてのことで、俺は時間を稼ごうとゆっくり面会へと向かった。

看守に連れられ、面会室へと足を踏み入る。看守は椅子に座って話せと言うと、出入り口に立った。看守は、銃は勿論、防弾チョッキを含めた完全武装をしており、脱出など到底できない雰囲気を醸し出していた。

部屋にあった椅子に座る。目の前には、ガラスを挟んで母がいた。

「お久しぶり、ルイス。元気にしていた?」

 母は当たり障りのない挨拶をしてこちらの様子を伺っていた。

「元気ではない。全身ボロボロさ。今度差し入れ頼む」

 そう返すと母は顔をしかめた。

「いい、ルイス。私が今日面会に来たのは差し入れのためじゃないの。カールのご親族があなたの顔など見たくはないけど、あなたに見せなくてはいけないものがあると言い、私に渡したものがあるからここに来たの」

 母は諭すように言うと、ノートを取り出し音読し始めた。

「もし、自分が殺されることになっても、自分はイラク戦争で軍人から幼子まで何人もの人間を殺しているから文句は言えない。死ぬのは怖いがその時は、憎しみの連鎖を断ち切るため笑って死のうと俺は思う。また、生きている者として今、目の前で生きている人間を一人残らず救っていくことが彼らへの弔いとなることを信じている。特に、俺と同じPTSDで苦しんでいる人の依頼は積極的にこなして救いたい」

 ここまで読んで母はノートを閉じた。この文は……いや、間違いない。

「気づいているとは思うけど、これはカールさんの遺書です。彼はあなたと同じPTSD患者だったのよ。それでも、自力でトラウマを乗り越えて、今、同じ悩みを持つルイスを含めた人々を救おうと努力していたのです」

 ――あぁ、そういうことか。これがあいつの、カールの笑顔の理由か。つまり、俺は戦争で狂い、同じ戦争被害者を殺したのか。PTSDを理由に憎しみの連鎖の片棒を担っていたのか……。

 気づいた時には牢の中、俺は虚しさに涙が止まらなかった。

「泣いているということは、言いたいことが伝わったということでよかったです。あなたは自分のしたことを悔やみなさい」

 母は俺を突き放すように言った。そりゃそうか、母からすれば、わざわざ伝手で俺のPTSDを治そうとしてカールを呼んだのにこれだもんな。

(俺は一体何をしていたのだろう)

 憎しみに、劣等感に体を乗っ取られ、挙句の果てに錯乱して人殺しか。考えれば考えるたびに激しい後悔が襲ってきた。

「ありがとう、母さん」

 後悔と自責の念からか不思議と言葉が出てきた。

「しっかり償いなさい」

 母の目に涙が見えた。こうして面会を終えた。



 数日後、俺は終身刑の身柄としては異例の外出を許された。何でも大規模に執り行われた、カールの葬儀のほとぼりが冷め、今なら墓のある教会を訪れても、騒ぎにならないからだそうだ。また、遺族が俺に墓参りをするように要請したためでもあるらしい。

 両手を拘束された状態で俺は警察官と共にカールの墓へ向かった。

 他の墓と少し離れた所にある白い墓の前に、大量の花が置かれていた。カールはやはり英雄だ。こんなにも多くの人にその死を惜しまれていたのだから。

 俺はその墓に手を合わせようとした。しかし、手錠が邪魔で手を合わせられない。

「これ外してもらっていいですか」

 俺は無理を承知に警察官に尋ねた。

「少し待ってください」

 警察官は大声で周囲にいた仲間を呼び話し合いを始めた。

「上層部から許可を得ましたので、特例として手錠を外します。しかしこれを身に付けて下さい」

 手渡されたのはGPS付きのブレスレットだった。どうやら装着すると鍵がなくては外せなくなるものらしい。

「さすがにこれくらいは予想していました」

 俺は警察官がGPSを付け、手錠を外してくれたのを確認すると、墓の前で目を閉じ、手を合わせた。目を閉じると、三月特有の少し冷たい風が肌に触れたことをより実感する。

「もうすぐ、春か」

 春の持つその始まりのような空気に、俺は戦争のない新時代の始まりを予感し大きく深呼吸をした。 了


ご視聴ありがとうございました。元ネタが何か分かったでしょうか。久々の二次創作、楽しんで書けました。

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