姉と妹
旦那さまがー、まだ出てこないっ(´Д⊂
「ねぇねぇ、お姉さま。お姉さまは西方の野蛮な民族の長に嫁ぐんですって?ベリルさまに聞いたの!」
その日、少しでもイールーの風習に慣れるように、おばあさまが遺したイールーの暮らしを表す刺繍の図案を参考に、イールーの刺繍をハンカチに施していたのだが。
突然部屋に妹のルチルが飛び込んできた。ピンクゴールドのふわふわした髪に、ライトグリーンのぱっちりした目を持つかわいらしい妹は、多くの男性たちを魅了する。
当然吊り目ではないし、髪と目の色も鮮やかで見事なものだ。なんでも、お母さまに似ているらしい。お父さまが仰っていた。因みにお母さまは私とルチルが幼い頃に亡くなっている。
ルチルは忙しいお父さまに代わって、私と同様使用人たちに育てられたようなものだが、どうしてこうなったのか。我が家の使用人たちからのルチルの支持はとことん低かった。―――まぁ、原因は明らかにルチルの性格のせいだが。
「ルチル、ノックくらいしてちょうだい」
「必要ないじゃない!だってここは私の家よ!」
だからと言って、全てがルチルのものではない。むしろこの屋敷はお父さまのものである。
「ふーんっ、それが蛮族の刺繍?うっけるー」
ウケない、全く面白くないから。いや、ルチルに面白さを求めてどうする。いや、ある意味滑稽だけどね。
「ルチル。イールーは蛮族じゃないわ。彼らは西方の国境を守る、」
「またそれぇ?毎日戦闘ばかりしてるって話じゃない」
それは昔の話で。今は草原民族たちの争いも落ち着いているし、ウチの国に争いが飛び火してイールーが慌てて抑えに行くことも少ない。また、隣国のラムド王国に関しても以前はしょっちゅう進軍やらなんやらしてきたが、イールーが徹底的に叩きのめしてくれたから近年は穏やかなものだ。
―――その功績は全てイールーあってのこと。彼らを野蛮だとか蛮族だとか罵るのはお門違いだ。―――そもそも、
「あのね、おばあさまはイールーだったの。だから私たちもイールーのクォーターなのよ?」
つまりは血を引いているのだ。
「どこが?私、お父さまみたいな地味な血は受け継いでいないもの!ほら、私を見て♪こんなにかわいい私が、お父さまの遺伝子を継いでいると思って?」
この子は、ひとの子がどうやって産まれてくるかを理解していないのだろうか。全くもう。
「地味なお姉さまと違って~、私は殿方たちに引っ張りだこなの。ベリルさまだって私のものになったじゃない」
「そうね。ベリルさまとお幸せにね」
王子に手を付けた以上、他の殿方たちと浮気はすんじゃねぇぞとぎろりと睨んでおく。
「やっだ、こっわぁいっ!お姉さまったら、私が羨ましいの?そりゃそうよねぇ。お姉さまは何て言ったって蛮族に」
「全く、羨ましくはないわ。私はむしろイールーに嫁げて嬉しいの」
「ふんだっ、そうよね。お姉さまは昔から蛮族が好きだものね」
「えぇ、そうよ。好きよ。だから?」
もうぶっちゃけ面倒くさくなってきたなぁ。はぁ。私は目の保養に刺繍した小動物を眺める。イールーたちが飼っていると言うもっふもふな小動物。おばあさまから度々聞いていた、かわいい小動物。あぁ、楽しみ。それに、―――旦那さまも。
私が乗ってこないのが面白くなかったのか、ルチルはふんっと言って私の部屋を後にする。―――はぁ、先が思いやられる。いや、私はもう嫁ぐのだからいいのだけど。
お父さまや使用人たちのことが心配でならない。