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婚礼衣装


「イェディカ、婚礼衣装が届いたぞ」

「ありがとうございます、お父さま」

私はぺこりと礼をして、メイドと共にその婚礼衣装を受け取った。おばあさまもこの婚礼衣装を身に纏ってローゼライト公爵家に嫁いだという。まぁ、必要なものは最低限は持ち込めるのだけど。


それにしても、おばあさまの婚礼衣装も見せてもらったことがあるけれど。とてもきれいで宝飾品も見事なものだった。中でも、婚礼衣装に施された刺繍は圧巻で。これが全て人の手で施されていると聞いた時は、思わずため息が出てしまったほどだ。


「念のため、サイズだけ合うかどうか確かめて欲しいそうだ。宝飾品は、―――」

「心得ております」

「なら、安心だな。早速頼む」

「はい、お父さま」


私室に戻った私は、指示通りメイドたちに手伝ってもらい、婚礼衣装を身に着けた。こちらの伝統的な婚礼用のドレスは白だが、イールーの婚礼衣装は淡い金色の生地に色とりどり糸で刺繍が施されている。中には金・銀の糸もあり、光に反射してキラキラと輝いており、思わず魅入ってしまうほどだ。カラフルな糸で、緻密に施されたそれには、花嫁の貞操を守る付与魔法が施されていると言う。そして紋様には花嫁が幸せになれるようにと、そんな願いが込められていると聞いた。


そして数々の宝飾品にも意味がある。だが、宝飾品を身に着けるのは本番だけだ。これはおばあさまからも繰り返し言われたことである。


それにしても、サイズはぴったりだった。もともと、母親や祖母の婚礼衣装を娘や嫁用に仕立て直して着ることもあるそうで、もしかしたらこの婚礼衣装も旦那さまのお母君やおばあさまの婚礼衣装を私が嫁ぐことに決まって仕立て直してくれたのかもしれない。サイズに関しても私が嫁ぐと決まってすぐに、お父さまがサイズを伝えてくれたのだろう。


そうでなければ、このような見事な刺繍を施すことなど不可能だ。それにこの婚礼衣装には、貞操を守る付与魔法の他に劣化防止の付与魔法も施されているから、母娘おやこ3代に渡って着ることも可能なのだ。


花嫁衣装が問題なく着られることを確かめれば、その婚礼衣装を脱いで丁寧に箱にしまった。


「何だか、寂しくなりますね。お嬢さまがこうも急に嫁がれるなんて」

「いいのよ、アン。私はむしろ楽しみにしているの」

私は、専属メイドのアンにそう告げる。部屋には他にもメイドたちがいて、アンと共に婚礼衣装の着付けを手伝ってくれた。いや、単に見たくて来た子たちもいるのだが、この屋敷で過ごせる時間も後僅かなので、彼女たちとも顔を合わせておきたかったのもあるから歓迎した。


「私もご一緒したかったのですが」

「大丈夫よ。私もおばあさまと同じく、身ひとつで嫁ぐの。最低限の私物は持って来たって言うけどね。基本は婚礼衣装と宝飾品だけね。おばあさまもおじいさまに嫁ぐ時は伝統にのっとってそうしたって話よ」

イールーの花嫁は、実家から付き人を連れて行くことはしない。連れて行くと言うことは相手の家のものは信用できないと暗に示すことになりかねないから。ここら辺は、シビアなのである。しかし、これが差別だとか不公平だとか思うことはない。


おばあさまいわく、花嫁に対して相手の家の者が失礼な態度を取れば、それはすなわち旦那さまへの無礼になるそうだ。


だから、イールーの家に嫁ぐお嫁さんは幸せになれるのだと、おばあさまは教えてくれた。ローゼライト公爵家はもともとイールーの家ではない。だがおばあさまはおじいさまを信頼してこのローゼライト公爵家にほぼ身ひとつで嫁いだ。最低限イールーの伝統的な織物や刺繍ができる道具は持ち込んだと言うけれど、基本は貴族令嬢の嫁入りのような大量の荷物は持ち込まない。


そしておじいさまはおばあさまのことをとても大切に、愛してくれたそうだ。そして使用人たちもおばあさまがイールーだからと言って差別することはなかった。

昔からこの家に仕えてくれる使用人たちはとても優しい。


だからこそ、ルチルのことが心配である。


「もし、私が嫁いだ後にルチルが我儘を言ったら」


「ご心配なく。ルチルさまの元に仕えるメイドがいなくなるだけで、旦那さまは私たちのことを守ってくださいます」

「そうね。遠慮なくお父さまを頼って」

ルチルはどうしてあぁなってしまったのか。ルチルは結構な我儘レディに育ってしまった。気に入らないことがあると使用人たちに当たり散らすし、クビだと泣きわめくのだ。


だが、使用人たちはお父さまが雇っているのだし、その雇用の可否を決めるのはあくまでもお父さまだ。


長年代々仕えてきてくれた使用人たちが多いローゼライト公爵家だ。お父さまは不用意にめさせたりはしない。イールーであったおばあさまも大切にしてくれた使用人たちに恩義も感じているのだ。


一度ルチルが我儘を言って次々とメイドたちにクビだと言って回ったら、メイドたちは屋敷に勤め続けてはいるものの、ルチルの世話をするメイドがいなくなり、お父さまも“では、身の回りのことは全て自分でしなさい”とルチルに告げ、ルチルが泣く泣くお父さまに泣きついたことがあった。


だから今は少しはましなのだけど。―――心配である。


「ベリル殿下も見る目がないわね。王城の侍女たちはどうなのかしら」

「さぁ、どうでしょう。旦那さまのように温情を与えてくださるといいのですが」

「なら、王城でルチルの世話をする侍女はいなくなるわね」

「それでりてくださればよいのですが」

私たちはそんな風に苦笑しながら、最低限の荷物を纏める作業に入った。




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