辺境伯夫妻
―――そして辺境伯邸でのパーティーの日がやって来た。私は事前にユラに着付けてもらってサイズを確認済みの礼装に着替える。
通常はイールーの民族衣装なのだが、今辺境伯領一帯で流行っているのがトップスの部分がイールーの立襟のデザインで、スカート部分が王都でもおなじみのふんわりとしたロングスカートになっている王西折衷ドレスなのだそうだ。
もちろん“王”は王都、“西”は西方の辺境伯領のことである。
私としても襟元が立っていることで首元が冷えなくて、これはこれでありがたい。王都だと肩や胸元が露出するドレスも多いので、寒いし冷えるし。馬車を降りてから会場に入るまでの間が、あぁ、ぶるぶるる。
そしてこの冬に向かう時期には派手派手しい色ではなく、落ち着いた色が多いイールーの地。私はブラウン系が好きなのだが、シュラさまの髪の色と同じダークブラウンにしてもらった。それでも地味と言うわけではなく、さすがはイールーのドレス。スカート部分にはイールーの金糸の刺繍が見事にあしらわれている。そして腰にはイールーの民族衣装の腰部分を留めるリボン帯も着いている。これはこれでかわいい。靴はショートブーツ。ハイヒールじゃなくていいところも最高である。足元が冷えない!もちろんハイヒールでもOKなのだけど。
指には結婚指輪、そして耳元には長の家紋があしらわれた、金色の宝石がはまった耳飾りを付けている。ヘアメイクもユラが完璧に仕上げてくれたし。これで準備は万端!
早速シュラさまと共に馬車に乗り込む。ユラの旦那さまで騎士のロダさまや護衛騎士たちは馬車の外側で護衛を務めてくれる。
ユラも馬には乗れるが、何かあった時のためにと馬車に一緒に乗ってくれている。
実は出発前にフーちゃんが馬車に乗り込もうと突進してきたのだが、ごめんねフーちゃん。いい子でお留守番してるんだよ~。フーちゃんに行ってきますの手を振って、ひとまず私たちは出発した。
そう言えば旦那さまの衣装は、イールーの伝統的な礼装なのだそうだ。
立襟の打ち合わせのあるトップスはひざ丈まであり、それを私が刺繍した帯で締めてくれている。その上に左肩の上から、右下に賭けて斜めに肩掛けを身に着けるのが礼装なのだそうだ。そしてその下に穿いているのはズボンにロングブーツである。
全体的に茶色系にまとめているのは、男性用の礼装においてもこの時期は落ち着いた色を身に着ける慣習があるから。そして肩掛けはそれぞれの属性にちなんだ色を用いることが多いそうだ。シュラさまは木と土の属性。だけど今日は私が刺繍した木属性の象徴・碧桔梗の刺繍帯を身に着けているので、淡い緑の肩掛けを選んでくれていて、服の茶色もそれに合わせた種類を選んでくれている。何だか嬉しい。そしてシュラさまももちろん、私の瞳の色の指輪を身に着けてくれている。
「何だか嬉しそうだな。楽しみか?」
「えっ」
どうやら、いつの間にかにやけていたらしい。恥ずかしい。
「あはは、そう、ですね」
適当に誤魔化したのだが。
「ふふふ、仲がよろしいようで安心しました」
と、ユラ。
どうやらユラにはバレバレなようであった。
***
辺境伯領では、辺境伯夫妻が出迎えてくれた。
「初めまして、辺境伯のトール・バシレウスだ」
「辺境伯夫人のミラと申します。そこのシュラの従姉よ」
―――美男美女であった。
まず辺境伯さまは藍色の髪で前髪を真ん中分けにしており、ヘーゼルブラウンの落ち着いた瞳を持っている。どちらかと言えばがっしりとした体つきで、武人肌系の美男。服装も高位の騎士の服装によく似ている。年齢は30代だと事前にシュラさまから聞いている。
続いて辺境伯夫人さまは深い紫色のロングヘアーで、前髪と後ろ髪はぱっつんに切りそろえているクールでカッコいい系の美女。スタイルも抜群で、私と同じ折衷ドレスを身に纏っている。
「は、初めまして。シュラの妻でイェディカと申します」
私もおふたりに続いてカテーシーを決めると、早速とばかりに辺境伯夫人さまが近づいて来た。
「あら、嬉しい!私がデザインしたドレス、着てくれたのね!」
「え、辺境伯夫人さまのデザインなのですか?」
「辺境伯夫人さまだなんて、ミラでいいのよ?イェディカちゃん」
“ちゃん”?何だか親し気に呼んでもらえて嬉しいけれど。
「従弟のお嫁さんのドレスだもの!私がデザインして、このデザインにしなさいって招待状と一緒に送りつけたの!」
おおぅ、すごい行動力!
「ミラ姉」
シュラさまの低い声に、ミラさまは構わずにやにやと微笑む。
「でもかわいく仕上がったじゃない?この折衷ドレス、私が提唱したのよ?そしたら流行っちゃって」
「そ、そうだったのですね。でも、とてもかわいくて、こちらの気候にも合っていてとてもすばらしいです」
「あら、ありがと♡ふふっ、次はどんなものを流行らせようかしら」
「こら、ミラったら。ま、楽しみにしてるよ」
辺境伯さまは苦笑して一応そうは言っているが、特に止める予定はないようだ。私も少し、楽しみである。
私たちは早速とばかりに、辺境伯夫妻に屋敷に通されることになったのだった。