初めて
私が起き上がれるようになったのは、夕方のことであった。あくまでも、単なる寝不足である。初夜の行為の影響ではない。
いや、むしろ口づけのせい?それって初夜の行為に入る?いや、どうなんだろ。その一歩手前まででしかない。
ぐはっ。
夕方、ダイニングに向かえばシュラさまが席に座って待っていてくれた。その傍にはユラとロダさまが控えている。
実家の何人用だよという細長いテーブルではなく、4人掛けくらいの小さめの座卓で、互いの表情がよく見える。
実家ではお父さまの顔が結構遠かった。
―――ううん、妹から限りなく離れていたから。妹はお父さまの側に座っておねだりしたがってたから、妹から距離を取って私は端っこに腰掛けていた。
無論、お父さまがそのおねだりを聞くことはほぼなかったが。あの子もよくやるわぁ、あんなに拒否されて。
お父さまも私との距離が気になって、妹との席を引き離そうとしたのだが。それはそれで暴れるので諦めたのだ。―――私の方が。
娘が諦めたことで、お父さまも渋々納得してくださった。
―――あれ、妹?ルチル?なんだろう。―――何か、忘れていないか。
いや、まて。ルチル?何か作者の他の小説にでてきたー、あれ誰だっけ。いや、そっちのルチルじゃねーよ。
私の妹の方のルチルー。ルチルのことで何か忘れているような?
「体調はどうだ?」
「あ、良好です!」
「そうか、それならよかった。今日は食べやすいように野菜中心にしてある」
「わぁ、本当だ!それに、パンもありますね」
王都周辺ではパンが主流。西方では小麦も食べられるのだが、こちらでのパンは平べったい。あと、米もよく食べられる。
草原地帯はあるものの、乾燥している気候なのはその周辺一帯で、広い西方の辺境伯領では場所によって気候も異なり、一部の地域では稲作も行われているのだ。長く保存の効く米は、こちらでも結構人気。魔法で水を出せれば炊けるしね。イールーのひとたちはそう言った生活魔法を開発するのも得意らしく、こちらでも普通にコメを食べられるのだとおばあさまから聞いたことがある。
しかし、食卓に並んでいるのは。王都でよく売っているふっくらとしたパン。形的にはロールパン。でも柔らかいものではなくハードタイプだ。
「こちらのパンと言えば平べったいのと、あとはそう言うパンなんだ。なるべく王都に近いものをと思ったが、すまないな」
シュラさまが優しすぎて、私、泣いていい?
妹のことはまた後で思い出そう。そうしよう。
「サラダもおいしいです」
「そうだろう?あとは果物なんかもよく採れるんだ」
「わぁ、みずみずしくておいひぃれす」
「イェディカは美味しそうに食べてくれるから嬉しいよ」
「はふっ、は、はい。実家には、どうかご内密に」
その意味が分かったのか、シュラさまがクツクツと苦笑する。
和やかだなぁ。
「あ、そう言えばフーちゃんのご飯はどうしているのですか?」
「ユラが寝室に届けてくれているよ」
「それなら安心ですね」
「あぁ。今日は魔獣の間引きついでに狩りもしたから、その肉をな」
おぉっ、間引きついでに狩りもするとか。やはり体力が違う。
「あ、あのシュラさま」
「ん?」
「今夜は、大丈夫です!」
「え?」
「しましょう!昨日の続き!」
「―――」
何故、黙っていらっしゃるのだろう。その、顔色が悪いとか?目は、ばっちりと覚めているのに。
「―――そうか、そうしようか」
「はいっ!」
私は、女傑ユラの加護を受けた勢いで元気よく返事をした。
***
しかしそのまた翌朝。
「う、うぐぐっ」
「うん、昨夜は初めてだったからな。ゆっくり休め」
再び頭をぽふぽふっとされて行ってきますのキスをされれば。昨夜はユラとロダさま夫婦の寝室にお泊りしていたフーちゃんが戻ってきてもふっと定位置に丸くなった。
わぁ、ふわもふ。
「じゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃ~い、シュラさま~」
―――そうして、初めてを無事に乗り越えた私は、この後三日間ベッドから起き上がれなかった。
もう、ルチルのことなど頭に全くなくなっていた。三日後、実家からの手紙が届くまでは。