第八話 アルフィー
2020/03/27に投稿した話です。
よろしくお願いします。
「え……? アルフィー?」
リゼリナが驚き、聞き返す。アルフィーは不思議そうに首をこてんと傾けて、彼女に言う。
「あれ、どうしたのですか、お姉様? アルフィー、とは一体どこの方です?」
「え? えっと……」
言いどもったリゼリナに、彼は起き上がって顔を輝かせた。
「あっ、もしかして、お姉様のお友達ですかっ?」
顔も声も、アルフィーそのものだけれど、リゼリナの呼び方や声の出し方が違う。彼女は椅子に座り直す。
「どこにいらっしゃるのです? 僕もお友達になりたいです!」
そう言って彼は顔をくしゃっとして笑った。その笑い方も、アルフィーのものではない。アルフィーの笑い方はもっとふわっとしていて、こんなに幼い笑みではない。そんな、最近見たような笑顔じゃなくて、もっと、もっと昔に知っていたような、なつかしいような、見慣れた笑顔。
「貴方……もしかして、×××?」
久しぶりに、リゼリナはその名を口にする。ずっとずっと、愛していた弟の名を。
アルフィーは笑顔のまま言った。
「えぇ、僕は×××ですよ?」
「……そう」
リゼリナは動揺を隠しながら答えた。そんな姉の姿を見て、アルフィー……×××はくすりと笑う。
「もう、何を言ってるのです? 変なお姉様ですねぇ」
その昔から変わっていない受け答えに、リゼリナは泣きそうに笑った。良くわからないけれど、弟の魂がアルフィーに入り込んで、少しだけ話をしてくれているのかもしれない。と、こんがらがった頭で考える。
二度とすることはなかっただろう弟との会話に、リゼリナは目を細めた。
だが、×××の様子は急変した。
「……ん? あれ、え……」
突然、×××が頭を抱えだした。前に乗り出して、髪がばさりと揺れる。桃色の髪の間から、きょろきょろと動く瞳が見えた。
「×××!? どうしたの、大丈夫!?」
リゼリナは慌てて立ち上がって、彼の小さな肩に触れる。
体調が悪くなったのか、とリゼリナは青ざめた。×××の額に汗がどっと吹き出して、呼吸が荒くなっている。挙動不審になった×××は、しばらくすると頭から手を離して、ぼうっとした表情で顔を上げた。
そしてほっと息をついたリゼリナを見て、彼はぼんやりとしたまま呟いた。
「あぁ……そっかぁ。リゼリナさまは……お姉様なんだ……」
「×××? ……いえ、アルフィー?」
呆然としたリゼリナに、彼……アルフィーはにっこりと笑って頷いた。その笑顔は、アルフィーのものだった。
「アルフィー、貴方……。一体、どういうこと……?」
「えっとですね……ぼく、何故かリゼリナさまの弟さまの、記憶を思い出しました。さっきまでは、無かったのに……」
「……」
「たぶん、ぼくは弟さまの生まれ変わりなんです」
その言葉を聞いて、リゼリナはぽすん、と椅子に座った。
「さっき、兵士さんに斬られたショックで、思い出したみたいです」
アルフィーはそのあと、自分でもよく分かんないんですけど、と付け足す。
「ぼく、分かったんです」
彼ははっきりとした口調で言った。
「何を……?」
「なぜ、ぼくはリゼリナさまを警戒せずに、ついていってこの家に来たのか」
それは、クロードが気になっていたことだった。
「リゼリナさまのことを、とても、世界の何よりも優しい人だと分かっていたから」
アルフィーは一息ついたあと、
「“僕”の最期を看取ってくれた、他ならぬお姉様だったから……だと思うんです。クロードさんは、なんだか気付いているようでしたけど」
そう言って、じっとリゼリナの顔を見る。
「リゼリナさま……お姉様。“僕”は幸せでしたよ。病弱だったけれど」
彼は眉を下げながら笑う。くしゃりとした笑い方で。
「たとえ、あんな死に方をしても、“僕”は幸せでした」
「……そう」
リゼリナは静かに、彼の話を聞く。
「リゼリナさま。ぼくは幸せですよ。両親には、愛されなかったけれど」
彼は目を細めて笑う。にっこりとした笑い方で。
「丈夫な体で、またリゼリナさまに会えました。……だからぼくは、幸せです」
そして彼は、顔を歪めた。今にも泣きそうな表情になった。
「……だから……」
右手を、リゼリナの頬の近くまで伸ばす。
「泣かないでください、リゼリナさま……」
リゼリナの両頬に、大粒の涙が伝っていた。その濃い紫と赤のオッドアイから、宝石のような両目から、透明な涙がぽたぽたと滴り落ちる。
涙はあのとき、枯れたはずなのに、と考えながら。
彼女の両目からは、涙がこぼれている。
アルフィーは、リゼリナを抱き締めた。背中に手をまわし、ぽんぽんとあやすように軽く叩く。
リゼリナは、彼をぎゅっと抱き締め返した。
ー ー ー
数日後。
リゼリナとアルフィーは最低限の荷物を持って、夜の内に家を出た。
近くの街の兵にばれた以上、もしかしたら家もばれるかもしれないので、しばらくの間留守にしておこうと考えたからである。
留守はクロードに任せて、屋敷全体に隠蔽魔術をかけておいた。よっぽどのことがない限り、家は見つからないだろう。
「リゼ姉様。ぼくらはどこに行くんですか?」
アルフィーが聞いた。その呼び名は、彼が考えに考えて決めたものだった。
「私の師匠の家よ。あの家もだいぶ大きいから、泊まる部屋くらいはあるだろうし。お師匠様もお人好しなところがあるから、中に入れてくれるだろうしね」
リゼリナは微笑んでそう答えた。少しだけ、晴れやかな表情になっている。
「そうなんですか……。リゼ姉様のお師匠様かぁ。優しい人なんですねっ」
「えぇ」
二人は歩いて、リゼリナの師匠の家へ歩き出す。
【焔の魔女】マテリア・ルブルの屋敷へと。