第七話 リゼリナ
2020/03/21に投稿した話です。
よろしくお願いします。
むかしむかし。今はもう、誰もそのことを知らないほどに、むかしむかし。
あるところに、大国がありました。
広大で豊かな土地の真ん中には、大きな大きな街があって、その真ん中に、大きな王宮がありました。
そこに住んでいる、第一王女は、とても素晴らしいおひとでした。
それはそれは美しく、優しく、聡明で。そして強い意思を持つお姫様でした。
なので人々は皆、こう思い、こう言いました。
次の王は彼女になるだろう、と。
彼女が女王となり国を治めれば、この国はより素晴らしい国になるに違いない、と。
ある日、王宮内で臣下たちがそのことについて話していました。
「いやはや、姫様は将来有望ですな」
「えぇ。この国も安泰でしょう」
にこやかに、話していました。
第一王女は素晴らしき王になるに違いない、と誰もが思っていました。彼女も、そのつもりで日々頑張っていました。
ですがこのことを、よく思っていない者がいました。
第一王女の兄、第一王子です。
彼は全てにおいて第一王女より劣っていたので、王位継承権が、第二位になってしまいました。
本当なら、自分が王位継承権第一位だったのに。
本当なら、自分が必ず王となっていたのに。
なので、彼は第一王女を憎んでしまいました。
相手は、愛している妹なのに。素晴らしく、誰もが認める誇るべき妹なのに。
憎んでしまいました。
第一王女の十五歳の誕生日に、彼は、彼女のいる塔に、火を放ってしまいました。
ごうごうと燃え広がる炎のせいで、第一王女は、一生消えない火傷を負いました。
彼女の真っ白な肌は焼き爛れ、その美しい容姿が、台無しになってしまいました。
国王は激怒し、第一王子を王族から追放しました。ですが、第一王女は引きこもるようになって、王位を継承したくないと言いました。
彼女には、弟がいました。心の優しい、第二王子です。
国王は残念に思いましたが、王位継承権の第一位を第二王子にして、第一王女の傷を癒すため、国中から医師を集めました。
彼ら医師のおかげで、身体の火傷は酷い痕が残ってしまいましたが、第一王女の顔にあった火傷は綺麗に治って、美しい顔に戻りました。
ですが第一王女は、自分の塔に閉じ籠ったまま。表面の火傷よりも、『信頼していた兄に裏切られた』ことにより受けた、深い悲しみの方が彼女にとって、酷く、心を傷つけました。
第二王子は、心優しく見目麗しい少年でしたが、とても病弱でした。もともとすぐ寝込んだりしていたのに、王位を継承するためいろんな知識を詰め込まれ、余計に寝込む頻度が多くなりました。
第一王女は第二王子が寝込む度に自分の塔を出て、彼の看病をしました。そして、毎日毎日言い続けました。
「私のせいで……ごめんなさい」
第二王子は、その度に優しく笑って、「大丈夫です」と言いました。
二年の月日が経ちました。第一王女の心の傷は、時間と共に少しずつ、少しずつ癒えていきました。
……ですが、またしても彼女を傷つけるような……その傷ごと抉りとってしまような事件が起きました。
第二王子の食事に、毒が盛られていたのです。
致死性のものではなく、毒が全身にまわらないうちに治療してしまえば大事には至らないような毒でしたが、第二王子は病弱です。
小柄な体にすぐ毒はまわってしまい、どんどん彼は衰弱していきました。
最期は、第一王女に手を握られて、微笑みながら亡くなりました。
後継ぎが亡くなったことにより、王宮中……いえ、国中が騒ぎになりました。
「この国はどうなるのか」
「第一王女は何をしているのだ」
「第一王子を連れ戻した方が良いのではないか」
国民の声を聞いた臣下の一人が国王に伝えました。ですが国王は、それについて何も答えません。そんな国王の態度に呆れたのか、はたまた「もう駄目だ」と見切りをつけたのか。国中で内乱が頻発しました。
第一王女は国中が騒がしいことを、自身の塔のなかで感じていました。
国王は兵士を引き連れ、内乱をひとつひとつ沈めていきましたが、それが追い付かないくらいに内乱はあちこちで起こりました。
そして、ある日。反逆が起こりました。
武装した国民たちが王宮に攻め立てました。王妃はもう捕まり、国王は逃げ惑いました。
そんな中、第一王女は国外に逃亡する準備をしていました。
真っ黒なローブを羽織り、フードで顔を隠して。自分の身分がばれないように。
彼女は誰にも知られないように、こっそりと自分の塔から出ました。綺麗な綺麗な、花束を抱えて。
塔の裏にまわると、そこには第一王女が作らせた第二王子のお墓がありました。丁寧に削り出された墓石は立派なもので、周りには色とりどりの造花が囲んでいます。
彼女は無言のままお墓の前にいくと、しゃがんで持っていた花束を供えました。
きっと、最後の手向けになります。
立ち上がると、隣に造られた女神像に目を向けました。目を伏せて微笑む、慈愛に満ち溢れた女性神。第一王女は女神像に向かって手を合わせて、目を瞑りました。
それは、懇願のような、ただの祈りでした。
彼女は口を開くと、小さな声で、ですがはっきりと言って、願いました。
神様、と。
神様、どうか……と。
「どうか、私のいとしい弟を、次の生では幸せにしてください」
噛みしめるようにゆっくりと言って、言葉を続けます。
神様、と。
「どうか、丈夫な体に生まれ変わって、誰からも愛されて、ずっと笑顔でいられるような……」
彼女の宝石のような瞳から、ぽろりと涙がこぼれました。
「そんな生に、してください」
そうして彼女、リーゼシア・フィント・レウルッフェンは身分を捨てて、国外へと逃亡しました。
いつか、弟が生まれ変わって、幸せに暮らしてほしいと思いながら。
彼女の容姿は美しく目立ちますから、その旅は決して平穏なものではありませんでした。
多くの人と出会って、笑いあったり、騙されたり、助け合ったり、傷ついたり、信じたりして生きました。
強くも弱く、そんな脆い存在でありました。
彼女がだれか、あなたには、わかるでしょう?
ー ー ー
「アルフィー!」
彼の体から、真っ赤な血がどくどくと流れている。白いシャツが赤黒く染まった。
リゼリナは顔を青くさせながら、倒れ込んできたアルフィーを支え周りを睨み付けた。
彼を斬りつけた兵士が、顔をしかめながら言う。
「大人しく拘束されれば良いものを……。まあ、その小僧が死んでもこちらには何も不利益は無いが」
「……」
リゼリナは兵士を睨みつけながら、小さい声で呪文を紡ぐ。
「〈魔力よ、我が身を守れ。何者も入ることは許されない、鉄壁を我の周りに〉」
その魔術は先程の防御結界より強く、硬い。解除石も石ころサイズ程度なら効かないくらいの魔術だ。剣で叩かれたぐらいではびくともしない。
兵士の一人が言った。
「防御したって、この状況は変わらないぞ。それに魔術を展開することによって、逃げる余裕がより無くなる」
「あら、それはどうかしら」
完全に見下したような口調に、リゼリナはそう答える。兵士は怪訝そうに眉をひそめた。
「さっきはあまり騒ぎにしたくなかったから、普通に逃げようとしただけよ」
「何を強がっている」
「ふふ、そう見える?」
リゼリナは余裕そうに、上品な笑みを浮かべた。その微笑みはまるで、どこぞの令嬢のよう。アルフィーに治癒魔術をかけたあと、彼女は懸命に結界を剣で叩いている兵士たちに手をかざす。
「アルフィーが傷つけられた以上、手加減は無しにしてもらうわ。従者を傷つけても魔女は怒らないとか、流石に思っていないわよね」
ちらりとアルフィーを見る。大方傷は塞がったようだ。流れた血は戻らないので、血まみれで顔色は悪いけれど。
「何で私が、【天災】と呼ばれているのか……貴方たちは、知っているのでしょう?」
兵士たちの動きが止まった。リゼリナが纏う冷気が漂って、兵士の頬を撫でていく。兵士たちの顔が少しずつ青くなっていって、ぶるりと身震いした。
彼らは知っている。リゼリナが【天災の魔女】……天の災いと呼ばれている意味を。
噂から、情報から。上司から、先輩から。……もしくは、今、この場から。
「〈火、水、風、地、光、闇。この世界の根源よ〉」
彼女は淡々と呪文を唱える。空が雲で覆われて、見たこともないような色が渦巻いている。
「〈我に力を与えて、この者たちに、天の災いを〉」
あっさりと、リゼリナは魔術を行使した。周囲に魔力が充満して、兵士たちが持っていた解除石が耐えきれずに粉々に割れる。
そしてすぐに、“それ”は現れた。
それは火で、それは水。風でもあり、地でもあって。それは光で、闇の化身。
それは、世界のすべて。
美しい光景を綴る詩人や、神秘を描く画家が“それ”を見たとすれば、こう言うのだろうか。
───“それ”はまるで、女神の怒りだと。男神の裁きだと。……天の災いだと。
自然界にあるものが、すべてが、集まって、まとまって、ひとつになったもの。
彼女の魔術は、そうとしか表せないものだった。
戸惑いどよめき恐怖して、どこかへ逃げようとする兵士たちを見ると、リゼリナはアルフィーを抱えて飛行の魔術を使う。
兵士たちの末路は目に見えている。仲間を押し退け逃げようとしても、“それ”からは絶対に逃れられないのに。わざわざ彼らの死に様を見届ける必要はないと、リゼリナは考えた。
空を飛行すると、すぐに家が見えてくる。紫色の薔薇の蔦に覆われた、あの屋敷が。
屋敷内にアルフィーを運び入れ、クロードに事情を説明したあと、アルフィーの部屋に戻る。クロードが何か言いたいようだったが、「まあいい」とはぐらかされた。リゼリナはアルフィーが眠るベッドの横に椅子を置いて座る。
すやすやと寝息をたてるアルフィーを見て、なんだかこんなことが、昔あった気がするわね、と彼女は考えた。その記憶は少しおぼろ気で、ぼんやりとしている。
彼の顔色はあまり良くない。リゼリナはじっと眺めながらそのことを思い出そうとする。
(あぁ、あのときだわ。私がまだ魔女ではないとき……王女だったとき。弟の……×××の看病を、たくさんしていたわ……)
使用人に休んでくださいと言われても、全く言うことを聞かなかったわね、と彼女は当時のことを思い出した。
(×××は、生まれ変わって幸せに暮らしているかしら……?)
久々に思った、その言葉。最近は魔術の研究に没頭していたから、あまりそのことを考えていなかった。こんな姉でごめんね、と心のなかで謝ったとき。
アルフィーが、その水色の目を開けた。
「あっ、貴方……!」
リゼリナは立ち上がる。アルフィーは、彼女に目を向けると、こう言った。
「お姉、様?」