第二話 一緒にご飯
2019/04/29に投稿した話です。
よろしくお願いします。
「あら、よく似合っているじゃないの」
風呂から上がり、用意された服を着たアルフィーに、リビングのソファに座っているリゼリナがそう言った。
アルフィーは言いにくそうな顔をしながら、彼女に聞く。
「あの、これって本当にぼく用の服なんですか?」
「えぇ。サイズもぴったりね。それにほつれも無くて、流石私、と作成した自分を褒めたいくらいだわ」
これを自分で作ったんですか、とアルフィーは言いそうになったが、とりあえずそこはツッコまないでおく。
「いや、それはそうですけど……。高級そうな服ですけれど、あの……」
彼は少し顔を赤らめてワンピースの裾を握って言った。
「これ、すっごく女物です……!」
そう。アルフィーが今着ている服は、どこからどう見ても、女物の可愛らしいワンピース。全体的にシンプルだが、胸元や袖にリボンがついているし、リゼリナが髪につけている紫色の薔薇が所々刺繍されていて、細かいところまで手が込んでいることが分かる。
彼の言葉に、リゼリナはちょっとキョトンとした表情で、あっさり言った。
「そうよ? 女物よ。間違いないわ」
「いやあの、ぼく男……」
もごもごと言うアルフィーに、彼女は「だから」と立ち上がり、近付く。
「言ったでしょう? 貴方は私の、着・せ・替・え・人・形よ。私は貴方に寝床と、食事と、衣服をあげて、生活できるようにしてあげるの。まぁ、似合わなくなったら、女物は着せないけれど」
「それぐらい、妥協してちょうだい」と、リゼリナは人差し指を彼に指す。指が軽くアルフィーの鼻にちょん、と当たった。
アルフィーが困ったように眉を下げていると、彼女はまた口を開く。
「そんなに嫌なら無理強いはしないけど……その服を着ていたら貴方、女の子みたいよ? 何もおかしく見えないわ」
「そうですか?」
「えぇ」
リゼリナがにこりと笑う。アルフィーはそうなのかな、と納得したような、してないような気分になった。
彼女の言う通り、そのワンピースを着たアルフィーは、女の子みたい、というか、女の子にしか見えないようになっていた。
さっき使ったシャンプーのお陰でいくらかサラサラになった桃色の髪は、まともに切ってなかったのか、肩にかかるくらい伸びているし、痣や汚れが消えた肌は白く、体はほっそりとしている。
栄養不足のせいで体の成長が遅く、二次成長や声変わりもまだだそうで、どこからどう見ても女の子だ。
「可愛らしいわよ、貴方」
「……そう言われると、なんだか微妙な気持ちになります」
「気のせいよ」
言い切ったリゼリナは顎に手を添え、少し考えると彼に言った。
「だけど、裸足なのは頂けないわね。ちょっと待っていなさい。靴下と履き物を持ってくるわ」
彼女は「適当に座っておきなさい」と言い残すと、衣装部屋があるらしい方の廊下に出ていった。
広いリビングに一人残ったアルフィーは、とりあえずソファに座ってみる。
「……!」
このソファも高級品のようで、若干固いが座ると程よい弾力で押し返ってくる。見た目もシックな黒で、あるだけで部屋が引き締まるような、そんなソファだった。
(すごい。ソファなんか初めて座ったけど、こんなに座り心地の良いものなんだ……!)
基本、地べたかガタついた椅子にしか座ってこなかったアルフィーは、一人でこっそり感動した。そういえば、と彼は周りを見渡す。
リゼリナの家は、とっても綺麗で美しい家具がいっぱいだ。ソファの前にある机は滑らかな猫足のローテーブルで、繊細な装飾が施された棚には、芸術品のような陶磁器がガラス越しに並んでいる。
天井にまで届きそうなくらい高い本棚には、年季の入っていそうな分厚い本が隙間無く詰められていた。
今まで見たことの無いようなものの数々に、アルフィーは立ち上がり、水色の瞳をきらきらと輝かせた。
彼は本棚の前で止まると、本の背表紙を見て首を傾げた。
「……?」
「持ってきたわよ。……あら、本棚の前でどうしたの。読みたいものがあるのなら、勝手に読んでいいわよ? 丁寧に扱いなさいね」
衣装部屋から戻ってきたリゼリナが、不思議そうに問いかけた。それに気付いたアルフィーは、彼女の方を向いて「いえ、その……」と口ごもる。
「何よ、煮え切らないわね。もしかして貴方、文字が読めないの?」
「……あ、はい。読めない、です。ごめんなさい」
アルフィーはこくりと頷く。そりゃあそうだ。彼は貧乏な家の育ちである。敬語がちゃんと使えるから文字も読めるのだろう、とリゼリナは誤解していた。
じゃあ、と彼女は口を開いた。
「また今度、文字を教えてあげましょう。文字が読めないとなると、不便だし、魔女集会のときに他の奴に馬鹿にされそうだしね」
「え、あ、ありがとうございますっ」
「別に貴方のためじゃないわよ」
そう言ってリゼリナは、彼に靴下と履き物を渡した。靴下は白色でワンポイントに刺繍が入っている物で、履き物はフワフワのスリッパだ。
それらを履いたアルフィーに、リゼリナは声をかける。
「もう夕方くらいだから、ちょっと早いけれど夕ご飯にしましょう。貴方、料理は出来るの?」
「あっ、はい! 簡単なスープとかは、家で作ったりしていました」
「そう」
台所に行くリゼリナの後ろを、アルフィーがついていく。
この家の台所はとても広い。そしてコンロや流し台、冷蔵庫などがあり、それらは全て魔術具と呼ばれるもので、魔力を込めると火や水が出たり、食材を冷やして新鮮な状態のまま保存できたりする。
「包丁は使える?」
「はいっ」
「じゃあ、これを切って貰えるかしら」
リゼリナが冷蔵庫から野菜を取り出す。人参に玉ねぎ、ピーマン、アスパラガスがボウルの中に入っている。
アルフィーは野菜をまな板の上に置いて、指示された通りの形に切っていく。切られた野菜でボウルが一杯になる頃には、リゼリナが焼いていた肉の、いい匂いが漂ってきた。
「切れましたっ」
「ありがとう。じゃあ、貴方が作っていたという、スープを作ってちょうだい」
「え、えっと、分かりました」
リゼリナが鍋を用意してくれたので、アルフィーは水を入れようと流し台の方に行く。だけど、水の出し方が分からない。使ったことが無いので、首を傾げる。
「……? あぁ。はい、これで使えるわ」
それを見かねたリゼリナが、蛇口部分についた魔石に魔力を込める。アルフィーはお礼を言い、鍋の半分くらいまで水を注いだ。
鍋に火の通りにくい順に野菜を入れて、コンロの火を点けて煮る。良い感じに柔らかくなったら、塩と胡椒を少し入れて、お玉でぐるぐる回した後火を止めた。
「出来ました!」
「こっちも出来たわ」
二人でダイニングのテーブルに料理を並べる。シミ一つ無い真っ白なテーブルクロスの真ん中には、またしても紫色の薔薇が飾られていた。
テーブルの上で、湯気をたてる料理。アルフィーが作った野菜スープと、その間にリゼリナが作っていた牛肉のステーキ。そして籠一杯に入ったふわふわな白パン。デザートには綺麗にカットされたリンゴと、一房のブドウが用意されていた。
「わぁ……! 美味しそうですっ。豪華ですね!」
「そうかしら。これくらい普通じゃないの」
「普通じゃないですよー」
アルフィーがにこにこしながら言った。
「ぼく、お肉なんて久しぶりに食べます!」
「…………あら、そう。良かったわね」
「はい!」
彼の純粋な笑顔に、リゼリナは一瞬言葉を失いながらも答えた。
アルフィーは十歳の男の子にしては小柄で、とても華奢だ。頬がこけてまではいないが、手首足首などはぽっきり折れそうな程に細く、太ももと脛の差もあまり無い。どう見てもガリガリだ。
「貴方、家ではこういうスープの他に、何を食べていたの?」
「えっと……小さい黒パンとか、たまに卵、とかですかね。野菜スープもこんなに具だくさんじゃなかったです」
「……そう」
リゼリナが少しだけ眉間に皺を寄せる。
「お腹いっぱい、食べなさい。足りなければ、私の分も食べるといいわ」
「え? それだと、リゼリナさまがお腹いっぱいにならない……」
「いいから。私、今日はあまり空腹ではないのよ」
そう話して席に着く。「いただきます」と二人で手を合わせた後、食べ始めた。
アルフィーは物珍しそうに、白パンを食べる。そして、ぱぁっと顔を輝かせた。
「美味しいです! この、白くてふわふわしたもの!」
「……それはパンよ」
「パンなんですか!?」
彼は驚き、聞き返した。リゼリナが呆れたように言う。
「むしろパン以外に何があるというのよ……。同じ小麦粉よ?」
「いや、何か魔術でどうにかしたのかと……」
「魔術を使えない人の手で作られているわよ」
えへへと笑ったアルフィーは、白パンを一個食べ終わると、野菜スープを食べた。
いつもより多い具材は、甘くてシャキシャキしていて、ちょっと苦い。色んな味がするスープを、彼は初めて口にした。
「野菜スープ、美味しく出来てるじゃない。薄味で好みだわ」
「そう、ですか。良かったです」
「えぇ。……さぁ、お肉も食べなさい」
「はいっ」
アルフィーがステーキを見て、フォークを手に取る。ナイフも一緒に置いてあったけれど、使い方が分からないので持たなかった。
ステーキを一口大に切り取って、口に入れた。
「……!!」
彼は感動したように目を輝かせると、黙々とステーキを食べ始める。
リゼリナはそんなアルフィーを見ながら、彼が作った野菜スープを飲んだ。