第七話 魔術とは
2020/05/17に投稿していたものです。
よろしくお願いします。
魔術とは、自然の法則、理、掟などを魔力でねじ曲げ様々な現象を起こし、影響を与える術だ。
『魔』という言葉がついているので、魔術の使えない人間からすると、神に反する禁忌の術だと言われている。
なので、迂闊に街中で「自分は魔術が使える」と他人に言ってはならない。何故なら人間にとって魔術師は、禁忌の術を使う異端であり、害悪を撒き散らす敵であり、拘束対象で迫害対象だからである。
魔術師ということがばれてしまったら、すぐに近くの衛兵が通報し、“聖騎士団”が来て拘束され処刑されてしまうそうだ。
ゆったりとした口調で言ったマテリアに、「はい」とエミーは手を挙げた。
「なんでしょう、エミーちゃん」
「魔術師って、そんなに悪い人ばっかりじゃないと思うけど、なんでそんな認識になっているんだい?」
デュークが出ていってから数日後。今はマテリアによる、世界の一般常識の授業だ。生徒はエミーとアルフィー。先生はマテリアで、補佐はリゼリナである。
エミーは施設出身で、アルフィーは貧村出身だ。ろくな教養を持っていない。アルフィーは最近文字が読めるようになったくらいだし、エミーは簡単な算数も出来るが常識は何も知らなかったのだ。
エミーの質問に、マテリアは優しく答える。自分たち魔術師を貶すようなことを言っているのに、いつもと変わらない様子だ。
「魔術師たちに古くから伝わるお話があるの。私も体験した身なのだけれどね」
「へぇ~。そんなのがあるんだねっ」
「どんなお話なんですか?」
エミーとアルフィーが興味津々、といった様子で聞く。そんな二人を見て、マテリアはくすりと笑うと、話し始めた。
ー ー ー
むかしむかし。
あるとき、魔術師がひとり、生まれました。
魔術師は、他の人間に魔術を教えて、魔術師を増やしました。
すると、善い魔術師と悪い魔術師が生まれました。人は力を持つと、それを誇示したくなります。そのせいで、悪い魔術師が増えてしまいました。
悪い魔術師は、悪事に手を染めました。物を盗んだり、人を騙したりそそのかしたり。そして、人間を殺したりしました。地を腐らせ水を枯らし、病を流行らせたりもしました。
そのことが、人間に伝わりました。「魔術師は悪いものだ」という噂が広まってしまいました。 人間は魔術師を憎んで、魔術師のことを、魔の力を使う殺人者と、邪悪であると認識しました。
人間は、その悪い魔術師を倒しました。多くの犠牲が出ました。人間側にも、魔術師側にも。しかし人間は言いました。「他の魔術師も殺してしまえ」と。
人間は魔術師を大勢殺しました。数の力で倒しました。魔術師も殺されないように逃げたり戦ったりしましたが、魔術師は大幅に減りました。善い魔術師も悪い魔術師も、世界中の魔術師が殺され、今のような現状が生まれたのです。
この戦争と言ってもいい争いは、"魔術師狩り"と呼ばれています。人間の、多くの人間の数による一方的な『狩り』なのでした。
人間の学校では、この話は都合よく解釈されているようです。
"魔術師は悪の権化。魔術師狩りもなるべくしてなったようなもので、穢らわしい魔術師は今もこの世に生きており、人類に災いと呪いを撒き散らしている"と───
ー ー ー
「どうだったかしら」とマテリアはいつもの調子で聞いた。マテリアは四六時中あの朗らかな表情をしている。優しく細められる瞳、柔らかく弧を描く唇。それらを崩している所をエミーは見たことがない。
デュークやリゼリナはそれを見たことがあるのだろうかと、関係のないことをエミーが考えていると、アルフィーが先に答えた。
「えっと、人間が魔術師を嫌ってるとかは、前にリゼ姉様に教えてもらってたんですけど、そんなことがあったからなんですね。ちょっと……酷いと思います」
形のいい眉をハの字にひそめている。続いてエミーも答える。
「うん、このワタシも知らなかったよ。やっぱり両方に悪い奴はいるんだね。善い魔術師もいるのに、一方的に殺して自分達は都合よく解釈して他人に伝えるのは、理不尽だなぁ」
ふと、話している途中に施設の『先生』の顔が頭に浮かんだ。いや、あの人たちはそんな"良い人"ではなかった、とエミーはそれを打ち消す。
マテリアは言った。ほんの少し困ったような表情で、頬に手を当てている。
「このお話は、本当のこと。だけれどもう一つ、本当のお話があるのよ。だけれどそのお話はもっと酷いし、一人の魔術師に責任を押し付けるようなものだから、あまり話したいものではないわね」
「へぇ、そんなのがあるんですか? リゼ姉様も知っています?」
「えぇ」
アルフィーの問いにリゼリナは頷いて、「あまり貴方に聞かせたくはないものよ」と微笑んだ。少し悲しそうな、申し訳なさそうな、そんな複雑な表情だった。じゃあ、とエミーが手を挙げる。
「このワタシは聞いても大丈夫なのかい? 興味があるから、聞いてみたいな」
そう言うと、マテリアとリゼリナは「うーん」と考える仕草をした。流石師弟、仕草がそっくりだ。
しばらくして、リゼリナが「まあいいかしら」と言った。
「お師匠様。別室でアルフィーに勉強を教えてもらってもいい?」
「えぇ、別にかまわないわ。でも、なんで?」
おっとりと首を傾げるマテリアに、リゼリナは肩をすくめる。
「だって、お師匠様の声は優しすぎて暗い話には似合わないのよ。だから私の方がいいと思って」
「あら、そうなの? けれど貴女の声も優しいわよ、リゼリナ」
マテリアはくすりと笑って、勉強道具を持ちアルフィーを連れて隣の部屋に行った。確かにマテリアの声は優しく朗らかで、子守唄のように安心感のあるものだ。暗い話を真面目にするならばちょっとちぐはぐだろう。その点、リゼリナの声は冷たい。いや、彼女の声も優しく柔らかいのだが、マテリアより淡々と話すし、慈愛が滲み出るような声ではないのだ。
「では、その"魔術師狩り"のもう一つの話をするわよ、エミー」
リゼリナはその濃い紫と赤色のオッドアイでエミーを見て、淡々と話し始める。
ー ー ー
魔術師には、善い人と悪い人が出来た。善い人は魔術を善いことに使って、人間から感謝された。悪い人は魔術を悪いことに使って、人間から憎まれた。
だけれど悪い人も魔術師なのだ。人から憎まれても、その人の認識を変えればいい。……魔術によって。それほどの高位な魔術を、彼らは使うことが出来る。
何故なら、彼らに魔術を教えたのは、魔術の起源である"原初の魔術師"なのだから。
原初の魔術師から教えを乞うた彼らは、原初の魔術師よりは劣るが強い力を手に入れた。だがその次はどうだろうか。そんな彼らから魔術を覚えた、次の世代の魔術師は。
結果、多くの魔術師が生まれ、多くの劣った魔術師が生まれ、多くの悪い魔術師が生まれた。
その中で一際悪事を働き、原初の魔術師とその弟子よりかは劣るが、比較的力のある魔術師がいた。彼はその自分勝手な傲慢さから、【独尊の魔術師】と呼ばれていた。
彼が師事していた魔術師は、原初の魔術師がとった弟子の中で一番悪に寄っている者だった。原初の魔術師の弟子たちは全員何かしらを抱えていたが、性根は善い人ばかりだったので、独尊の魔術師の性根が腐っているのは、その悪い魔術師の弟子になってしまったからだとも考えられている。
そんな独尊の魔術師は、世界各国で暴虐非道な行いをした。その行為を記した書物は世界中から見つかっていて、今もその悪名を知らしめている。
───『悪い魔術師と言えば、独尊の魔術師』そんな認識が世界に広がっていくと、人間たちは「独尊の魔術師を殺す」という結論に至った。彼が行った所業は、裁判などでは裁けない程にあったのだ。
彼は、それはもう多くの人々を殺していた。男も女も、老いも若きも、子供や赤ん坊までもを残虐に殺していた。
彼は、それはもう多くの人々を騙していた。見目のよい女を洗脳し自分の愛人にしたり、殺めた人の家族や近所の人間の記憶を消して、殺された人の存在を無かったことにした。
彼は、それはもう多くの禁忌を犯していた。魔術で人を殺し物を奪い、自然を破壊し、辺りを火の海にしたり津波を起こし街を滅したりした。
そんな魔術師を、生かしてはおけない。
それは、人間も魔術師も思った、結論だったのだ。
そして、【独尊の魔術師】は殺されることになった。だが、彼は生き延びてしまった。彼はどれだけ悪事を働いたとしても、元は才能ある魔術師なのだ。ただの人間から逃げる術も持っている。
最終的には、彼も死亡したのだが、この"魔術師狩り"では死ななかった。
しかし、多くの魔術師は殺された。「全ての魔術師が独尊の魔術師のような悪である」と思い込んだ、人間が起こした"魔術師狩り"によって。
殺された魔術師は、死ぬ最期の最後までこう思っていた。『悪いことをしたのはあいつなのに、何故自分が殺されなければならなかったのだ』
残された魔術師は、死んだ仲間の残骸を見てこう思っていた。『悪いことをしたのはあいつなのに、何故自分が危険に晒されなければならなかったのだ』
人間の社会では、この様な言い伝えがある。
"魔術師は死んだとき、近くにいた人間と、この世に呪いをかける"。
"魔術師狩り"は、【独尊の魔術師】が引き金となって起こり、彼のせいで殺された魔術師が呪って、この惨状が生まれたのだと、多くの魔術師は思っている。
本当は、他にも【独尊の魔術師】のように悪事を働いた魔術師はいた。なのに、魔術師は【独尊の魔術師】ただ一人のせいにした。
【独尊の魔術師】が全て悪いのだと、全ての元凶だと言われているのだ。
ー ー ー
「この話は、お師匠様の師匠から伝わったみたい。お師匠様の師匠は、とても客観的に現状を視る人らしくて」
リゼリナは話し終えて、幾分柔らかさの戻った声で言った。
彼女の話しぶりには迫力があった。陶器のように冷たくて、少しだけ体が震えたエミーは神妙な顔をしている。
「じゃあ、アルフィーたちを呼んできましょうか。勉強を再開しましょう」
「はーい」
部屋を出るリゼリナを見送っていると、エミーの背後で性悪そうな笑い声が聴こえたような気がした。