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魔術師と、その従者。  作者: 夢野由芽乃
第二章 苛烈の魔術師と不死身の少女
14/15

第六話 エミー

2020/05/10に投稿したものです

よろしくお願いします


 マテリアとリゼリナとアルフィーと一緒に、朝食を食べたエミーは。


 デュークの部屋で駄々をこねていた。


「ねーえ! なんで!? なんでせっかく帰ってきたのにまた出るの!? しかもなんで主だけ!?」


 デュークのコートの裾を掴んでぐいぐい引っ張るエミーに、デュークは言う。


「うっせーな。んなの俺の勝手だろうが」


「主の勝手だろうがなんだろうがこのワタシは知らなかったんだもん!! なんで出るの!? ねえなんでー!?」


 「なんでなんで」とにじり寄ってくるエミーを、デュークは蹴飛ばした。だが彼女は諦めずにデュークのそばに寄る。デュークはギリッと歯を噛み締めた。


「うっっっぜぇな!」


「このワタシがウザいのならば、ちゃんと説明してよ!! 一から十まで、十から百まで、なんならこのワタシが納得するまでぇぇーー!!」


 そう叫びながらがばっと両手を上げて彼の方へ倒れ込もうとするエミーだったが、腹をデュークに膝蹴りされ「ごふぅ!!」と吹っ飛び尻餅をついた。


 お腹を押さえて苦しそうに、だがニタニタと笑っているエミーに、デュークは嫌そうに眉間のしわを更に深くする。


 デュークはもともと、こうやってしつこくされるのが大嫌いである。エミーが不死身ではなく、彼女に被虐趣味が無ければ即座に殺していた。それが出来ないのでデュークのイライラは募るばかりだ。


 エミーはそんな彼の様子を見て言う。


「まあこの際なんで出ていくのかは置いといて、このワタシはついていったら駄目ってどういうことだい?」


「なんでてめぇがついてくんのを俺が許すとでも思ったんだよ」


「えっ、う~んと、ダメもとで?」


「じゃあ駄目でいいんだな。はっ、ついてくんなよ」


「うわぁぁぁん! よくないよ! 全くもってよくない!!」


 うっうっうっ、と服の袖で目元を拭うエミー。嘘泣きである。


 そんな騒ぎを聞き付けてか(ほぼエミーの大声でだったが)、リゼリナがノックも無しに部屋に入ってきた。


「騒がしいわね……。どうしたの、エミー」


「リゼリナさぁん。我が主がこのワタシのこといじめるぅ」


「なんでてめぇが被害者ぶってんだよ」


 エミーが泣き真似をしながらリゼリナへ寄りかかると、デュークが不機嫌というか半ばキレかけの表情で言った。リゼリナの後ろの扉から覗いていたアルフィーが、びくりと震える。


 リゼリナは冷静に両方の意見を聞き、はぁ、とため息をついた。


 そして二つの色を持つ瞳をデュークに向けてたしなめるように話す。


「まずそこの兄弟子。何も言わずに『ついてくんな』は酷いと思うわ。ちゃんと理由を言って説明しないと。エミーは貴方のことを慕っている訳だし。言わなければ分からないわよ」


 そう言うと、じっとりとした目で彼を見た。見られた本人のデュークは、「チッ」と舌打ちをして目を逸らす。


「それとエミー。貴女もただ『なんで?』と騒ぐんじゃなくて、落ち着いてから聞かないといけないわ。あの兄弟子は天邪鬼だから、しつこく聞くと余計に答えなくなるからね。ほら深呼吸して」


「うん、分かったよ。すーっ、はーっ、すーっ」


 エミーは素直に頷くと、言われた通り深呼吸をした。肩が大きく上下している。少し大袈裟だ。何回かそれを繰り返したあと、エミーは改めてデュークの方を向く。


「ねえ主。我が主。どうしてこのワタシはついていっては駄目なんだい? このワタシの願いは、そりゃあ主に殺されることだけれど、このワタシは主についていきたいんだ」


 ゆっくりと落ち着いて、デュークの顔を見て言う。デュークは面倒くさそうに息を吐くと、観念したのか口を開いた。


「俺の用事で、すぐに行って終わらせてぇことがあんだよ。いちいちてめぇに合わせてたら日が暮れちまうからな」


「その用事とはなんなんだい、主」


 エミーのその問いに、デュークは少しの間黙る。そのあとに、彼は答えた。


「この近くに、ある研究施設がある。ガキに呪いをかけて、呪詛魔術の研究をしてるクソ共が作ったそうだ」


「ほうほう」


「んで、俺はそこをぶち壊しに行く」


 今度はエミーの方が黙った。何の感情もない顔で、黒みがかった赤い目で彼を見ている。


 彼女の様子を見ていないリゼリナは、意外そうな表情で「そうなのね」と声をあげた。


「だから、出来るだけはやく事を終わらしてぇんだ。理解できたか?」


「……うん。よく、分かったよ」


 こくり、と頷く。素直に大人しくなったエミーを見て、デュークは前髪をかき上げると、


「そういうことだから、俺はもう行く」


 「ひと月くらい帰ってこねぇからな」そう言って、エミーやリゼリナたちの横を通って部屋の外に出た。






 ー ー ー






 エミーには、親からもらった本当の名は無い。『エミー』という名前も、幼い頃に読んだ絵本に出てくる主人公のものだ。


 彼女が唯一持っていた呼び名は、『87番』


 不老不死の呪詛魔術の研究を主としている、研究施設の被験体である。


 物心がついた時から、白い壁に白い床、真っ白な部屋で真っ白な服を着た他の被験体の子供たちと共にいた。


 整った空調、質素で冷たいけれど毎食出る食事。欲しいと言えばもらえる玩具。そこだけを見れば恵まれた環境なのかもしれない。いや、彼女たちは恵まれていると思っていた。なにせ、他と比べる方法が無かったのだから。


 まず、朝起きると必ず採血をされる。注射が嫌でぐずる子供も少なからずいたが、採血をしなければ朝食が食べられない。


 乳歯がぐらぐらとしたり、背が伸びる前の成長痛がしたりと成長に関わることについて、事細かに紙にまとめたりした。


 そして何故か、子供が減っていった。


『ねえねえ先生。70番はどこにいったの?』


『70番はね、とても良い親御さんに引き取ってもらえたんだよ』


『そっかぁ。お別れの挨拶したかったなぁ』


『87番は、70番と仲が良かったもんね。じゃあここで、70番の幸せを願おう』


『うん!』


 そんな会話を、『先生』とした気がする。だがそれは、真っ赤な嘘だったのだ。


 本当は、70番は、魔術のなんたるかも分かっていない人間である『先生』たちに、実験として呪詛魔術をかけられ暴走したので、殺処分された。


 他のいつの間にかどこかに行った子供たちも、呪いをかけられ暴走したか、呪いに耐えきれずに死亡したのだ。


 その実験がエミーの番ともなると、施設にはもう、エミー以外子供はいなくなっていた。エミーはそのことを疑問に思っていなかった。何故なら、みんな良い人たちに引き取られたと言われていたからだ。正直に、「次に引き取られるのは自分なのだ」と楽しみに待っていた。


 実験は、エミーが眠っている間に行われたらしい。目覚めた朝には、左頬に刻まれた紋様とどれだけ傷をつけても死ねない身体があった。


 『先生』たち……研究員たちは喜んだ。


 やっと、やっと実験が成功したのだと。


 エミーは、よく分からなかった。初めは、エミーのことを『成功品』だと褒めて喜ぶ『先生』たちの姿に、「自分は褒められるようなことをしたんだ」と嬉しかったが、段々とそれは変わっていった。


『私たちの希望である87番。これからも実験に協力してくださいね』


『はい……?』


 『先生』たちは次に、また新たな実験を始めた。


 どれだけ傷をつけても、エミーは死なないのかという実験だった。


 両足を切断された。すると切り落とされた両足は自ら動き、皮膚や骨、組織、血すらも元に戻った。


 次は、四肢を全部切り落とされた。するとまた、元通りになった。


 腹を刃物で切って開けられ、内蔵なんかも取り出されたが元通りになった。


 首を半分くらいまでかっ切られたが、全てくっついた。


 両目をくりぬかれたが、元にあった場所に戻っていつも通りに機能した。


 傷をつけては元に戻って、元に戻っては傷をつけられた。


 痛いと言っても、嫌だと言っても、実験は繰り返された。


 途中で気が付いた。いなくなったみんなは、この過程で死んでいったのだと。


 ただそのことに気付いた時には、既にエミーは、痛くても痛いと思わなくなった。




 気がついたらエミーは、血のついた包丁を手にしていた。


 辺りは血だらけ。真っ白な部屋に赤黒い血の、その対照的な絵面が網膜に焼き付くようだった。


『先生』


 と、周りに転がっている死体(もの)に声をかけてみたけれど、何も返ってはこなかった。


『先生』


 と、周りに転がっている死体(もの)に触れてみたけれど、何も返ってはこなかった。


『先生』


 と、周りに転がっている死体(もの)に包丁を突き刺してみたけれど、何も返ってはこなかった。


『おい、何をしている』


 と、後ろから声をかけられた。また違う『先生』だった。


『先生』


 と、後ろにいた『先生』を包丁で何回も突き刺してみたけれど、何も返ってこなくなった。


 死体(もの)になっていた。


 辺りには血や死体(もの)で散乱して、エミー自身も血まみれだった。


 噎せ返る鉄の匂いに、くらくらするくらいに真っ赤な血に、もう、なんだか分からなくなった。




 ー ー ー




(あの時とは、もう違う)


 何十年の時を経て、87番(エミー)は手に入れたのだ。


 あたたかい人たちのいる居場所を、穢れた自分を殺してくれる(あるじ)を。


 そして、あの時『先生』たちを殺した自分に同情して、非難して、客観的に見ることが出来る自分エミーを。


 ぼんやりとしていた頭が、どんどんとはっきりしていく。


 遠くの方から聴こえてきた気がしたリゼリナの声が、ちゃんと近くで聴こえる。


 まだ、デュークが家のなかにいることも、理解できた。


 いつの間にかへたり込んでいた体をばっと立ち上がらせると、回れ右をしてデュークのあとを追いかけた。驚いたリゼリナの声が後ろから聴こえるが、とりあえずは無視をした。内心「ごめんなさい」と謝罪しながら彼に追いつく。


「あるじっ!」


 と、リビングでマテリアと話をしていたデュークを呼んだ。デュークは不機嫌そうに「んだよ」と返してくれる。そのことがたまらなく嬉しく感じると同時に、声が出る。


「ありがとう、我が主!」


 突然感謝し始めたエミーに、デュークは訝しげな目を向けた。


「それといってらっしゃい! くれぐれも施設にいる子供たちには、優しくするようお願いするよっ!」


 そう言って満面の笑みで抱きつこうとするエミーの頭を、デュークはベシィ! と叩いた。「あらあら」とマテリアは微笑ましそうに見ている。


「唐突に何言ってんだよ。気色悪い」


 ギロリと目を開けて睨んでいるデュークに、エミーは「えへへ」と笑う。


 デュークはその日の内に、マテリアの家を出た。



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