第四話 あたたかいご飯と密談
2020/04/26に投稿した話です。
よろしくお願いします。
「さて、エミーちゃんも帰ってきたことだし食べましょうか」
マテリアが笑顔で言った。彼女の表情は、ずっと朗らかでとてもあたたかい。「いただきます」と皆で手を合わせて夕食を食べ始めた。
迷わずステーキを取り分けて、エミーは口に運ぶ。口の中にじゅわりと肉汁が広がって、オニオンソースの甘味と合わさっている。
目を輝かせながらもぐもぐと噛み締めて飲み込むと、頬を上気させて言った。
「美味しい!」
「ふふふ、良かったわ。たくさん食べてね」
「うん!」
ライ麦パンをかじると、固めの歯ごたえと麦の味がする。クリームスープに浸して食べたら、更に美味しくなった。
次々にぱくぱく食べていると、リゼリナは優しく笑みを浮かべ言う。
「よく食べるわね」
彼女はエミーとアルフィーを見ていた。その一言で二人とも顔をあげリゼリナを見るので、リゼリナは可笑しそうに笑う。
マテリアがエミーに聞く。
「そういえば、エミーちゃんは何歳なの?」
「え~っと、たしか十四歳くらいだったはずだよ!」
エミーは少し考えながら答えた。「なら食べ盛りね。アルフィーくんもエミーちゃんも、お腹いっぱいになるまで食べてね」とマテリアは言う。
優しくあたたかい人たちと食卓を囲んで、温かく美味しいご飯を食べる。そんな素晴らしいことがここに当たり前のようにあることが、エミーには奇跡だと思えた。
何故ならエミーは、今まで、こんなことが出来なかったから。
ー ー ー
お腹がまん丸になるまで食べてすごく温かいお風呂なるものに入り、やわらかいパジャマを着ると、ちょっとだけ眠くなってきた。
しばらくエミーの部屋となった客室に入ると、タンスの上にシャツとスカート、靴下などの衣服が置いてあった。お風呂に入っていたときにマテリアが置いてくれたのだろう。エミーの服はさっきまで着ていたものしかないので、とてもありがたい。
貸してもらったスリッパを脱いで、ベッドの上に上がる。
ぴんとシーツが伸ばされているベッドは、優しくエミーの体を受け止めた。こんなにふかふかな寝台は初めてだ。綿が入っている掛け布団も初めてで、少し重いと感じた。だけど、その重みが心地いい。
だんだんと、まぶたが重くなっていく。
(せんせ……はちじゅうななばんは……ねむ……ま……)
エミーは半分無意識的に、半分義務的にそう考えた。しばらくすると規則正しい寝息が聴こえてくる。
外では風が吹いて、窓はがたりと揺れた。
ー ー ー
ギィィ……と扉が開く音がする。そして、一人の足音が聴こえる。
マテリアはその音を聴いて、くすりと笑った。
アルフィーとエミーはもう眠っていて、リゼリナは二階の自室にいる。それなのに何故、一階から足音が聴こえるのか。
答えは簡単。彼は、まだ起きているということだ。
「デューク」
マテリアは彼の名を呼ぶ。彼女がつけた、その名前を。
デュークは夕食のときに渡した木盆を持って、リビングに顔を出した。表情は相変わらずむすっとしていて、マテリアを睨む。
「ご飯、美味しかった?」
そう聞くと彼は、無言のままマテリアに木盆を押し付けた。皿を見ると全部空っぽで食べきってくれたみたいだ。それを見た彼女は微笑み、デュークに話しかける。
「少し、話をしましょうか。ここで待っていて。お皿を洗って、お酒を持ってくるから」
彼がマテリアのにこにこした顔を見て、近くにあるソファに座る。マテリアはそれを確認したあと、台所へ行った。
とくとくと二つのコップに果実酒が注がれる。林檎の爽やかな香りがふんわりと漂う。「はい」とマテリアが片方のコップを差し出せば、デュークは素直に受け取った。
マテリアは彼の向かい側にあるソファに腰を下ろすと、果実酒を口に含む。デュークも一口飲んだあと、言った。
「……こんな酒しかないのか?」
「えぇ。私にはこれくらいのお酒がちょうどいいのよ。デュークは、果実酒は嫌い?」
「嫌いってほどじゃねぇが、この程度の酒じゃ全然酔えねぇ」
「あら! 貴方ってお酒強いの? うふふ、大人になったわねぇ」
マテリアが口元に手を当てて笑う。それを見たデュークは、少しだけ嫌そうな顔をした。
「ねえデューク。貴方が今まで、外の世界を見てどう思ったか教えてくれないかしら?」
「はあ?」
「エミーちゃんとはどこでどう会ったの? 貴方はああいう元気でまっすぐな子、苦手だったじゃない。リゼリナと仲が悪いのは、そのせいでもあるんでしょう?」
「……」
デュークは少し黙り、コップをあおる。そしてマテリアの顔を見て、口を開いた。
「別に。どっかの森であいつが呪いの暴走でのたうち回ってる所に偶然、通りかかっただけだ。うるせぇし、周りに魔力が充満してうぜぇし、暇潰しに呪いの暴走を止めてやったらつきまとってきただけだ」
「あらあら」
「『呪いを解いて殺してほしい』なんて言うし、どれだけ殴って蹴り飛ばしてもついてくるしでうざいから、仕方ねぇから呪術のババアを探してんだよ」
マテリアが微笑みながら聞く。
「そういえば、なんでエミーちゃんにはあの呪いがかかっているの? 不老と不死身の呪いなんてかけるのも難しいし、かけてもすぐ暴走するぐらいのものよ?」
「……あぁ、それは」
デュークはぼそりと口を動かす。目を開けて、その蛇のような目でマテリアを見る。
「最近、呪詛魔術を使おうとしている、バカな人間どもがいる」
ぴくり、とマテリアが反応した。
「そいつらは研究施設を作りガキどもを放り込んでガキに呪いをかけている。しかも、完全だったり不完全だったりする呪いだ」
「魔術は魔術師じゃないと正しく使えないものだからね……。いくら呪詛魔術が、他の魔術と比べてまだ簡単だとしても、ちゃんとした魔術師から教えてもらわなくては、いつか失敗する」
呪詛魔術とは、一般的に呪術や呪いと呼ばれているもので、人や物、生物になんらかの紋様を刻み、魔力を注ぎ相手を呪う魔術だ。その呪いのために必要な魔力は、術者から半分、被術者から半分使われるので術者の負担も少なく、比較的容易なのだ。
「あいつもそれの実験体だ。しかも他にいたガキどもは全員呪いの失敗や暴走で死んでいて、生き残りはあいつだけらしい」
「そう……」
「ま、そこの施設にいる研究員も全員死んでるっぽいが、似たような研究施設は他にもありそうだ」
「それは……貴方が視たの?」
マテリアがそう聞くと、デュークはゆっくり目を閉じながら「あぁ」と答えた。
彼の瞳は“蛇眼”と呼ばれる魔眼の一種で、その目から放たれる威圧感に怯んだ者の思考や記憶を読み取ることが出来る。
だがそうやって視ることが出来るのは、一人の対象につき数回だけだ。何故なら人は、慣れるから。対象が恐怖に強ければ強いほど、恐怖を感じないほどその回数は減っていく。
「施設内での生き残りはエミーちゃんだけ……ね。なんで研究員はエミーちゃんを残して死んだの? あの子は唯一生き残れたのでしょう。その人たちにとっては絶対に逃がしたくない子だと思うけれど……」
「……」
デュークはまたも少し黙る。その表情がいつもの不機嫌そうなものなのか、言うか言わないか迷っているものなのかは区別がつかない。
「俺が視たのは、さっき言ったことと、あともう少し」
彼は投げやりに言った。その蛇の目を開けて。
「血だらけの研究室のような部屋に、刃物で刺されて殺された、白衣の人間どもが転がっている」
「……」
「そこに、血のついた包丁を持ったあいつが立っていた」
マテリアは優雅な動作で果実酒を口にする。目元は朗らかに細められていて、瞳の色も分からない。だが彼女の目はまっすぐにデュークへ向いていた。
「……私は気にしないわ。たとえ貴方がここを出てから、たくさん人を殺めていても。リゼリナが独り立ちしてからいろんなことに巻き込まれて、人を信じられなくなったことがあったとしても」
ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「今まで、たくさんの子達に、たくさんの愛情を注いだわ。かつて、私の先生がそうしてくれたように。……だから、エミーちゃんが人を殺していても、私は貴方たちを追い出したりしない」
優しい声色で、強く言った。デュークは眩しそうに目を細めると、話を続ける。
「で、そのクソイカれた研究施設を、一つ見つけた。ここからでもそう遠くはない距離だ」
「えぇ。それで?」
「俺は、その施設をぶち壊しに行く」
彼はソファの肘掛けに肘を置いて、頬杖をつく。口角をくっと吊り上げた。
「そんで、クソイカれた研究者たちを殺す。雑魚の人間のくせに魔術を使おうとするあいつらは、目障りだ」
「そう。だけど、あんまり人を殺したら組合から警告がくるんじゃない?」
「はっ。んなもん無視する」
デュークは鼻で笑い飛ばし、立ち上がってリビングから出ようとする。
マテリアはそんなデュークを見つめて、くすくすと笑った。少し体勢を変えて軽く伸びをすると、改まって言う。
「デューク、貴方は貴方の好きなように生きなさい。ただし、あんまり人に迷惑はかけては駄目よ?」
「知るかよ。……あぁ、もし研究施設にガキがいたら……てめぇが勝手にしろ」
最後を小声で言った彼に、マテリアは「えぇ」と頷く。
デュークは自分の部屋に戻ると、そのままの真っ暗な部屋の中で眠りについた。