第三話 あたたかい人たちと
2020/04/18に投稿した話です。
よろしくお願いします。
マテリアに促され、エミーはソファに腰かけた。デュークは近くにあった椅子にどっかりと腰を下ろし、足を組む。
リゼリナが台所に行って、紅茶を淹れて戻ってきた。良い匂いが湯気と共に漂ってくる。
「ほら、デューク、エミーちゃん。お砂糖もミルクもあるから、冷めないうちにどうぞ」
マテリアはにっこりと笑い、カップをソーサーごと持った。彼女は深緑の髪の三つ編みを左肩の方に垂らしており、詰め襟のふくらはぎまで覆うワンピースに赤いストールを羽織っていて、とても母性溢れる素敵な女性である。
とりあえず紅茶を一口飲んだエミーは、お母さんみたいな人だな、と思った。デュークやリゼリナからすれば、本当に母親同然の人なのだろう。
(リゼリナさんはマテリアさんととても仲が良さそうだしなぁ。主はなんだか、反抗期の子供みたいだ)
そう思い、エミーは口元を綻ばせた。
紅茶に手をつけないデュークを見て、リゼリナが文句を言う。
「ほら、兄弟子。貴方も飲みなさいよ。折角私が淹れたんだから」
その言葉を聞き、デュークはリゼリナを睨み付けた。
「あぁ? 別に俺は茶なんか頼んでねぇし」
「それ以前に、出されたものはとりあえず口にしなさいよ。礼儀がなっていない人ね」
「黙れ小娘」
「何よ親不孝者」
そこまで言い合ったあとリゼリナは「ふんっ」と目を逸らし、デュークは舌打ちをした。この兄妹弟子は、本当に仲が悪いようだ。そんな二人をマテリアは「あらあら」と微笑ましそうに見ている。アルフィーはおろおろとした様子でリゼリナとデュークを交互に見つめていた。
マテリアはデュークをまっすぐに見ると、優しい声色で言った。
「それで? デューク。用事と言うのは何かしら。エミーちゃん関連?」
「あぁ」
デュークは相変わらず不機嫌そうに答える。
「こいつにかかっている、不老と不死身の呪い。それを解呪するために、【呪術の魔女】ドーラ・カーズに用がある。だが探し回っても見つかんねぇんだよ」
「ふふ、あの子はひとつの土地にずっと居られない性分をしているからねぇ。一年もしない内に違う場所に移ってるんじゃないかしら」
「だから、そのドーラ・カーズと文通しているてめぇんとこに来たんだ。手紙を出すときに、こっちに来るよう伝えてくれ」
「分かったわ」とマテリアは頷いた。椅子の背もたれにもたれるデュークを見て、彼女は嬉しそうに笑う。
「じゃあせっかくデュークがエミーちゃんを連れて帰ってきたんだし、今からご馳走を作るわね」
エミーはちらりと窓の外を見た。少しだけ空に赤みが増している。今から夕食を作るにはちょうどいい時間帯だろう。デュークが話は終わったと言わんばかりに立ち上がって、廊下へ出ようとする。
「デューク、貴方の部屋はまだそのままだからそこに泊まりなさいね。エミーちゃんには、客室を使ってもらいましょう。リゼリナ、エミーちゃんに部屋とお手洗いの場所を教えてあげて」
「えぇ。あとで夕食の準備を手伝うわね」
「あ、このワタシも手伝うよ!」
エミーが手を挙げて言うと、マテリアは頬に手を当てて言った。
「それはありがたいのだけれど、エミーちゃんも長旅で疲れているでしょう? ゆっくり休んでいてもいいのよ?」
「ううん、このワタシは全然大丈夫だよ! ご飯作るのしたことがないから、あまり役に立たないと思うけど」
「あらあら、ありがとう」
エミーは一旦外に置いてある自分の荷物を取ってきて、リゼリナについていった。
ー ー ー
客室と案内された部屋は案外広かった。エミーは今まで、自分の部屋というものを持っていなかったので尚更そう感じる。
客室は二階にあって、中にはやわらかそうなベッドにクローゼット、小さめのタンスに書き物机などが置いてあり充実している。リゼリナによると、こんな部屋があと数部屋あるそうだ。「さすが主の師匠だなぁ」とエミーは荷物を片しながら考えた。
台所へ行くと、エプロンを付けたマテリアが食材の確認をしていた。リゼリナとアルフィーも集まっている。貸してもらったエプロンを付けて、エミーは改めて台所を見る。マテリアが食材を取り出した長方形の白い箱は冷蔵庫というものだそうだ。それに隣にある、魔石に魔力を込めると水が使えるようになる流し台、マッチを使わずに火が出るかまど、その全てがエミーにとって初めて見るものだった。
魔術が禁忌ならば、それで作られている魔術具も禁忌である。魔術具は、森などに家を持つ魔術師しか持っていない。初めてなのは当然だ。
魔術具から出る水で手を清潔にしたあと、エミーはマテリアに聞いた。
「ねえマテリアさん。何を作るんだい?」
「そうねぇ……エミーちゃんは何が好き?」
「食べられるものならなんでも好きだよ! ただ、苦かったりどろっとしたものは苦手かな」
エミーが元気良くそう答えると、リゼリナが思い出したかのように声をあげた。
「そうだわ。エミー、あの馬鹿兄弟子と旅をしているとき、何を食べていたの?」
「え? んっと、パンとか干し肉とか乾燥果実とかかなぁ」
「そう、良かった。もしろくなもの食べさせていなかったら、ちょっと制裁を加えようと思っていたのに」
「リゼリナさんは過激だね!」
「ぼ、暴力はだめです……!」
冗談で「道端の草とか食べてたよっ」とか言わなくて良かった、とエミーは考えた。不老不死の魔術師でも不死身ではないから、身体が死ねば本当に死ぬそうなのだ。リゼリナがデュークより強いのか弱いのか分からないが、アルフィーの青ざめた顔を見ると強いのだろう。
「う~ん……デュークはお肉が好きだから、メインディッシュはお肉料理にしましょう」
マテリアはぽん、と手を合わせると棚に置いてあった玉ねぎを持って言う。
「そろそろこの玉ねぎを使っておきたいし、ステーキのオニオンソースがけにしましょうか。確か、新鮮な牛肉があったはずだから」
美味しそう。そう思ったエミーは目を輝かせた。
ー ー ー
八人分ぐらい料理がのりそうなテーブルに、ほかほかと湯気がたつ料理が並べられる。
真ん中には大きなステーキが置いてあり、一人一人の席の前には取り分け用の皿がある。スライスされたライ麦パンはバスケットの中にたくさん入っており、野菜たっぷりのクリームスープはお椀に注がれていく。トマトサラダの緑と赤が食卓を彩っていて、パプリカと生ハムを包んだオムレツの断面は綺麗な黄色。
デザートの、オレンジとベリーで色鮮やかなタルトなんか、見るからに美味しそうだ。
「わぁっ、美味しそう!」
アルフィーが、水色の瞳をきらきらさせて言った。早く席について食べたいとそわそわしている。
エミーも同じくそわそわした。こんなに豪華なご飯は初めてだ。というか、湯気の漂うあたたかい食事が初めてかもしれない。あの料理はどんな味がするのだろう。あっちの料理はどんなに美味しいんだろう。とても、興味を引かれた。
ちなみに料理初心者であるエミーは、案の定あまり役に立てなかった。だけど包丁の扱いだけはうまく出来て、教えてもらうとすぐお手本通りに切ることが出来た。
クリームスープに入った星形のにんじんは、けっこう自信作である。
料理を食卓に並べ終わったので、デュークを呼びに行く。彼の部屋は二階へ続く階段の隣にある部屋だそうだ。とりあえずノックを二回してドアを開ける。
「我が主ー、ご飯ができたので呼びにきたよー!」
エミーはそう言いながらデュークの部屋を見る。意外と綺麗に整理整頓されており、家具は客室の方と特に変わらない。だが、ベッドの近くには本がたくさん並べられた本棚と、布の一部が破れた一人掛けのソファがあった。
そして、とても暗い。窓はあるがカーテンが閉めきられていて、壁に取り付けられているランプにも火が灯っていない。これだと目が悪くなりそうだなぁ、とエミーは思った。
ソファに座っていたデュークは、目線をエミーの方へ向けた。
「マテリアさんって料理がとても上手なんだね! すっごく手際が良かったよ。このワタシも見習いたいと思ったね!」
「あっそ」
「うん!」
デュークの返事に、エミーは大きく頷く。そんな彼女を見てデュークはうんざりしたような表情をすると、ふい、と顔を違う方向へ向けて言った。
「いらね」
「えー!? なんで!? あの料理、絶対美味しいよ! 食べようよ~!」
「いらねぇ」
「えーー!?」
エミーは驚きの声をあげる。この状態が、マテリアの言った『意地を張っている』ということなのか。ますます、デュークが反抗期の子供に見えてきた。「む~」とエミーは唸り、とりあえずリビングに戻る。
「ねえねえマテリアさん! 主がご飯食べないって言うんだよー!?」
マテリアにそう報告すると、彼女は「あらあら」と頬に手を当てた。その表情には特に困っている様子は無く、デュークのあれはいつものことだったのだろう。
一方、リゼリナはむっとした表情になった。
「ほんっとあの兄弟子は……! あんな人は放っておいて、先に食べましょう」
そして席に着く。アルフィーは少し迷ったようにおろおろすると、同じく席に着いた。
「どうしよう、マテリアさん」
「そうねぇ……お盆に料理を載せて持っていってもらえるかしら? エミーちゃん」
「! うん、分かった!」
マテリアは台所の方から大きめの木盆を持ってくると、ステーキを切り分け皿に入れて、他の料理も一人分ずつ載せエミーに渡した。
木盆はずっしりと重たい。受け取ったエミーはそろそろと歩く。
「あーるじー! ご飯持ってきたよー!」
今回は、ノックもせずに入る。するとデュークは、ギロリとエミーを睨んだ。大の大人でも怯えるその睨みに(前怯えていたのは野盗だったが)、エミーは平然とした様子で話す。
「マテリアさんが主のために、料理を取り分けてお盆に載せてくれたんだよ。食べてね!」
はい、とエミーは近くの書き物机に置いた。
「んじゃあ、あとで持ってきてね!」
エミーがそう言うと、デュークはため息をつく。
彼の目が木盆へ向いたのを横目に見ながら、エミーは軽い足取りで部屋を出た。