第二話 あたたかい家
2020/04/10に投稿した話です。
よろしくお願いします。
デュークとエミーが乗る荷馬車は、森の中へと入っていった。
鬱蒼とした木々が日光を遮り、葉と葉の間からしか日光は差してこない。地面はでこぼこした岩や固まった土、泥などでぐちゃぐちゃで、茂みの向こうには魔獣の死体のようなものが転がっている。
エミーは暇そうにそれらを眺めたあと、ゆっくり息を吐き、デュークに話しかけた。
「ねぇ主。主の師匠は、この森の奥地に暮らしているんだよね。そこまで、あとどれくらいかかるの?」
「もう少しで着くから、話しかけんな」
彼はエミーの顔を見ずに、前だけを見て言った。
そんな冷たい態度にエミーは目を細め、なんだか嬉しそうな表情になる。
「珍しいね、主がちゃんと、受け答えしてくれるなんて」
「はあ?」
デュークが嫌そうに顔をしかめて、振り返り彼女の方を見る。エミーは彼のそんな様子を見て、更に頬をゆるめた。
「もしかして主は、主の師匠に会うのが実は楽しみなのかい?」
エミーがそう言った瞬間、彼女は背後にあった荷物に叩き付けられた。
なんてことない。デュークに腹部を殴られたのだ。
「かはぁっ」と肺から一気に空気が押し出され、エミーはごほごほと咳き込む。息を吸う度に腹がずきりと痛み、あばら骨が何本か折れているようだ。骨が内臓に刺さったのか、口から血を吐いた。
荒くなる呼吸を整えている内に、骨折は治っていく。
「はぁっ、はぁ…………ははっ。どうしたんだい、我が主。いつになく、サービスしてくれるじゃないか。このワタシはと~っても嬉しいよ! 余計、死にたくなるねっ」
「うっせーな。黙れボケ」
苦虫を噛み潰したかのような表情をしているデュークに、エミーは笑う。彼女が一しきり笑い終わると、デュークはエミーを睨みながら言った。
「何をふざけたこと言ってやがんだ、てめぇ。俺がんなことで喜ぶとでも思ってんのか?」
「え~? いや、こういうところで喜んだら、ぎゃっぷ萌え、とかでいいんじゃないかなと、このワタシは思うよ?」
「…………殴られてぇのか?」
「うんっ、どーんときてほしいな!」
ばっと両手を広げたエミーを見て、デュークは深くため息をつく。なんでこんな奴と一緒にいて、会話しているのか。かなり嫌になった。だが、もしこいつを今この場で捨てたとしても、しつこく付きまとってくるのだろう。そう考えて、彼は眉間にしわを、更に寄せた。
「えっとまあ、主が嬉しがってるのかどうかは置いといて。……ってあれ、あっちの方向に建物が見えたよ? 主の師匠のお家はあそこかい?」
「……」
エミーが前方の木々の間を指差したが、デュークは無視をした。
「いえーい。我が主のシビれる無視、いただきました! 久々の無視だね、主。この最近はちゃんと返事したくれてたからなぁ、ってこの数日間のことを思い出してみるよ」
「……」
「あぁ、懐かしいね、この感じ! 無言を貫き通す主に、ペラペラと喋り続けるこのワタシっ。ま、特に気にしないので、このワタシはそのまま話すけれど」
「……」
「主の師匠はどんな人なんだい? 【焔の魔女】って呼ばれている、マテリア・ルブル……。良い人ってことは分かってるけど、他に情報が無いからねぇ。我が主を拾って、魔術を教えた人ってことしか」
「……」
「相当な物好きだ、と言ったら怒るかい? 主。……うん、やっぱり無視だね、別にいいけど。昔の主って、今と変わらず人に威嚇してそうだし」
「……」
「そんな主を好き好んで拾ったのだから、あながち物好き、は間違ってないかもね」
そう締めくくったエミーは、荷台の木箱にもたれながら彼の様子を見る。デュークは無視を決め込んでいるのか、反応は無かった。
エミーは何かが面白かったらしく、「ふふっ」と笑い声を漏らす。
しばらくすると、木々が開けて大きな屋敷が現れた。
「……着いたぞ」
デュークが低い声で言う。エミーは右手を眉のそばに添えて、屋敷を見上げた。
「お~、大きいねっ。お屋敷より、修道院とか教会に近い感じの見た目だね」
彼女は簡単に感想を述べる。デュークの師匠の家らしき屋敷は、三角屋根におとなしいダークブラウンの壁で造られており、なんだか荘厳な雰囲気を醸し出していた。透明なガラス窓の他に、色つきのガラスがいくつかはめられていて、太陽に反射してきらきらと輝いている。
その屋敷の隣には、一部屋くらいしか無さそうな平屋が三件ほど並んでいる。庭は可愛らしく整えられていて、小さめの菜園や井戸、戸が開きっぱなしの物置小屋があった。
荷馬車をその庭の空いているスペースに停めて、馬はデュークが召喚したものなので帰還させる。積んでいる荷物はとりあえず置いていくようなので、エミーはぴょん、と荷馬車から飛び降りた。
デュークは自分の後をついてくるエミーに少し目をやってから、屋敷の扉をどんどんと叩く。
「はーい」と中から女性の声がした。エミーはわくわくしながら扉を見た。がちゃりと鍵を開ける音がしたあと、扉は開く。
屋敷の中からは、肩まで伸びた桃色の髪に大きな水色の目の、女の子か男の子かよくわからない子供が出てきた。
「え、えと……どちら様、でしょうか……?」
おどおどしたような子供は、上目遣いでデュークに聞く。子供は声でも性別は判定できない。エミーも、デュークの顔を見た。この子供はデュークの師匠ではないだろう。彼は師匠のことを『ババア』と呼んでいたので、少なくとも成人済みの女性のはずだ。
エミーがそう考えていると、デュークはその両目を少しだけ開いた。
「誰だ、てめぇ」
「ひっ、ひぃ!」
彼に威圧され、子供は大きく肩を震わせた。デュークはいつも顔をしかめて不機嫌そうなので、子供にとってそれはそれは怖いだろう。エミーは全く怖いと思わないが。
「えっと、えっとぉ……」
びくびく震えながら言いどもる子供に、デュークは苛立ったような声色で問いかける。
「だから、誰だてめぇ。またあのババアは、ガキを拾ってんのか?」
「ひっ、ひぇっ……ご、ごめんなさいっ! りっ、リゼ姉様ー!」
デュークの低い声の重圧に耐えきれなかったのか、子供は勢いよくお辞儀をして謝ったあと、勢いよく屋敷の中に入っていった。
「ふっ……ふふっ。我が主は、本当に子供に怖がられるねっ。もう少し、やわらかい表情で話した方がいいんじゃないかな?」
「黙れ殺すぞ」
「うぇるかむなんだよ!!」
「キモい」
そんな会話をしながら待っていると、中から新たなる人物が現れた。
出てきた人は女性で、珍しい濃い紫と赤のオッドアイが警戒心丸出しでデュークとエミーを見る。彼女に気が付いたデュークが、舌打ちをして言った。
「んだよ、お人好しの小娘もいんじゃねぇか。最悪だ」
「……何か、不愉快な言葉が聴こえた気がするのだけれど。これって、聞き間違いじゃないわよね? 『悪い魔術師』代表格の兄弟子さん?」
「あぁ? ついに耳が遠くなったか?」
「そうかしら? だけれど、不老不死にもなっていない十代のときから、聞こえていなかったのか知らなかったけど、無視ばかりしていた人よりかは老いていないはずよ?」
二人は互いに毒を吐いた。どうやらデュークと女性は兄妹弟子で、仲が悪いようである。
女性は細い指先を頬に当てると、デュークの隣にいるエミーに目を向けて、上品に首を傾げる。
「こっちの女の子は誰かしら。というか、何の用? お師匠様から聞いたけれど、貴方独り立ちしてから全く顔を出していないそうじゃない」
「うるせーな。てめぇには関係ねぇし。てかてめぇこそ、あのチビどうしたよ。『姉様』なんて呼ばせて……そういう趣味あんのか?」
「は? あるわけないじゃない。そこは、少し事情があるのよ。まあ、貴方には関係のないことだけれど、ね」
冷たい笑みを浮かべながらデュークと言い合いをしたあと、女性はエミーに聞いた。
「初めまして、私はリゼリナよ。さっきの男の子はアルフィー。貴女は?」
「あ、このワタシはエミーっていうんだよ! このワタシは死ぬために、主についていってるんだ」
「死ぬ、ため? その紋様……不老と不死身の呪い?」
「うん。よろしくね、リゼリナさん」
エミーはお辞儀をしたあと、再びリゼリナを見る。彼女はほんの少しも申し訳なさそうな、気の毒そうな目でエミーを見ている。デュークに対してはあんなだったが、根は優しい人なのだろう。
リゼリナはまた訝しげな目で、デュークを見た。
「で、なんで貴方がその子を連れてここに来たの? お師匠様は呪詛魔術について知ってはいるだろうけど、不老不死の呪いなんて解けないと思うわよ。ドーラおば様なら出来るんじゃない?」
「オレもそう思ったんだがよ、全く捕まんなかった。どこかでくたばってんのかもな」
「まさか。あの人はお師匠様と同等の力を持っているのよ?」
「知るか。まあ、捕まんなかったからババアに呼び出してもらう為にここに来た」
「ふぅん……」
リゼリナは少し考えたあと「入りなさい」と中に入ったので、二人も続く。
屋敷の中は隅々まで掃除されており、ほんのりと花の香りが漂っている。家具は可愛らしい木製のもので、壁には編みぐるみや手作りらしいレースが飾られていて、とてもあたたかい空間に思えた。
エミーはそれらを物珍しげに見ていると、さっきの桃色の髪の男の子……アルフィーが話しかけてきた。アルフィーは中性的な服装をしていて、可愛らしい容姿にとても似合っている。
「さ、さっきは逃げてごめんなさいっ!」
ぺこっと頭を下げたアルフィーに、エミーは「真面目な子だなぁ」と笑った。
「ううん、全然大丈夫だよ。子供が主の顔を見て逃げることってよくあるしね」
「だけど、ぼくは失礼なことをしちゃいました。男の人にも、ちゃんと謝りたいですっ」
「そっか、じゃあまたあとで謝ろうか」
「はいっ」
アルフィーは大きく頷いたあと、「ありがとうございます!」と言ってリゼリナの所へ歩いていった。彼のへにゃりとした笑顔に、それを見たリゼリナの微笑み。その優しい目は、まるで弟を見守る姉のように愛しげに細められており、二人の姿は幸せそう。
不意に、胸の奥が痛んだ。エミーは無意識に胸に手を当てて、首を傾げる。
玄関から続く廊下の右側に、台所が見えるリビングがある。その手前で靴を脱ぎ、出されているスリッパに履き替えた。床にはふかふかの絨毯が敷かれており、歩いても音がしない。
リビングの中央にあるソファに座っていた女性が、デュークの姿に気付き立ち上がって駆けてきた。
「あらあら、久しぶりね、デューク。元気にしてた?」
「……見たら分かんだろ」
優しく目を細めている女性の言葉に、デュークはぶっきらぼうに答える。そんな返事にも関わらず、女性は嬉しそうに笑った。
「元気そうで何よりよ。本当、何の便りもなくて心配してたんだから。ふふ、貴方の性格じゃそういうのは気恥ずかしいのかもしれないけれど」
「るっせーな。用があるから来たんだ。それが済みゃすぐに出る」
「あらあら、もう。意地を張っちゃって。だけど、帰ってきてくれて嬉しいわ。今日はご馳走を作りましょう」
ゆったりとした仕草で胸の前に両手を合わせて、女性はエミーに体を向ける。
「こちらは初めて会う子ね。こんにちは、初めまして。私はマテリア・ルブル。デュークとリゼリナの師匠をやっていた魔女よ」
マテリアはおっとりと上品に微笑み、スカートの裾をつまんで礼をした。