逃走劇第1番~コンビニのロードランナー~
「走れ! 塩崎ぃ!! 捕まえろぉ!!!」
店長の怒号で背中を押される様にして、俺は駆けだした。
バイト先のコンビニでバックヤードから突如、見知らぬ男が飛び出したのだ。
そのままレジ横にある従業員用のスイングドアを蹴破って男が走り抜けていった時には膠着していた身体が、聞き親しんだ怒号で弾かれる様に動き出す。 レジを飛び越えて自動ドアをから外に出る。 追いかけているのは、前を走る中年男。 何やら片手に袋の様なものを持っている様だ。
「おい! あんた待てやぁ!!」
声を掛けて威嚇するが、すでに逃げている人間が待てと言われて待つはずもなかった。
走りながら追っ手がいる事を確認すると男は益々ペースを上げて逃げていく。
(マジかよ。 野郎、かなり速ぇな)
趣味とはいえ週末には2~3時間近くジョギングをして鍛えている俺でさえ引きはがされそうだ。
奴は交通量の少ない住宅街に逃げ込んだ。 車等で足を止められる心配が少ないここで一気に引きはがすつもりなのだろう。 真っ昼間の住宅街を全力疾走する男二人に道で世間話をしていたであろう主婦や、散歩中の老人などが、好奇の視線を向けてくる。
右へ左へと男はこちらを引き剥がすべく、複雑なルートを描きつつ時折おいてあるゴミ箱をなぎ倒してこちらの妨害を行ってきた。
たまに足を取られそうになったが、決定打には至っていない。 住宅街の中でも少し広めの道に出た時に、後ろから疾走する足音が聞こえてくる。
塩崎は驚いた。
振り返ると30m程後方から鬼の形相で店長が追いかけていたのだ。
凄えな。 男も俺もかなり速いはずなのに追いついてくるとは。
流石は学生時代陸上で県大会上位になったという自慢を普段からしているだけの事はある。
50超えていたはずだが、未だに鍛えていたらしい。
店長はハイペースを維持したままで更に近づいてきた。 塩崎は速度を合わせて並走する。
「野郎は空き巣だ! 事務所の金を持っていかれちまった!! 絶対捕まえろ!!!」
「はい!」
塩崎が店長と並走しつつ、奴の背中を追っていると徐々に距離が詰まってきた。
流石にさっきの加速は無理があったと見える。 こっちは二人だ。 一緒に飛び掛かればもう逃がしはしない。 それに塩崎はまだ息に余裕がある上、交通量がほとんどない住宅街に入っている。交差点等で撒かれる心配はない。
奴も距離を詰められていると悟った様で度々振り返っては距離を測っているようだが、体力が尽きつつあるのだろう。ペースは減速してきた。 ここまでの追い上げで店長も息が上がってきたようだが、
もはや奴との距離は10mもない。 塩崎は勝利を確信しつつあった。
「きゃあぁ!!?」
突如、前方で声が上がった。 逃走していた男が住宅の前でポスティングをしていたらしい中年の女性と衝突し、勢いの乗っていた男に女性が弾き飛ばされて地面に転がった。
更にそのまま男は荷台にポスティングのチラシが乗ったママチャリを奪い、ハンドルに手をかける。
「野郎ぉ!」
店長の怒号が飛ぶ。 なんて悪辣な方法を使う奴だ。
男はわざと女性にぶつかって、速度の乗った身体を減速させてスムーズに自転車を奪ったのだ。
人をクッション代わりにするとは。 卑劣な手段を使った男に怒りが沸いたが、当の男は逃げるのに必死なのだろう。 突き飛ばした女性を見もせずに地面を蹴って初速をつけ、ママチャリのペダルを素早く回転させる。
(まずい!)
しかし自転車にまたがる為に一瞬足を止めたお陰で、手の届く所まで男の背中が来ていたのだ。
塩崎の手を男の肩に伸ばしたが、自転車の車輪が回転を始め、男の背中が再び動き出す。
だが塩崎は肩から男の上着へとターゲットを変えて、ついにその手に上着を掴んだ。
「追いかけっこは終わりだ! この空き巣野郎が!!」
思いっきり力を込めて上着を引き寄せ、そのまま地面に男を引き倒してやろう。
すると違和感が手に伝わった。 余りにも手ごたえが軽い。 男の体重が消失した。
見ると、上着が前方を舞っていた。
(何!?)
なんと男は上着を振り払って脱ぎ棄て、そのままペダルを漕いで加速したのだ。
(ここまできて逃してたまるか!)
塩崎は掴んだ上着を投げ捨てて、再び足に力を入れる。
「店長はその方を看ていてください! 俺はこのまま奴を追います!!」
店長はもう大分息が上がっていたので、自転車に追いつく余力はないだろう。 それに突き飛ばされた女性を放っておくわけにもいかない。
「絶対逃がすなよ! 塩崎ぃ! 頼んだぞぉ!!」
店長の声が後ろから響いてきた。
塩崎は女性の介抱を店長に任すと男を追いかけて更に加速した。