双子の王子の恋人達
煌びやかなホールで、卒業パーティーが開かれていた。
そこに現れたエスペンザ公爵の長女、ランジュはエスコートもなく、入口からまっすぐ歩き、軽食が並んだテーブルへと向かった。
数々の美味しそうな料理を前に、最初はどれにしようかしらと悩んでいると、背後に立つ人影に気付いて振り返った。
「ランジュ」
「あら、ごきげんよう、ミロード様」
背後にいたのは王太子ミロード・フォン・クエイク。
ランジュの婚約者である、カルロ・フォン・クエイクの双子の兄だ。
「弟は?」
「カルロ様ですか?わかりませんわ。一緒に来た訳ではありませんので」
ランジュの言葉にミロードは目を瞬かせた。
通常こういうパーティーでは、婚約者がエスコートするものなのに、一緒に来てないという事はエスコートしてない、という事だ。
「ランジュ、もしかして弟と上手くいってないのか?」
声を殺して尋ねてきたミロードに、ランジュはにっこりと微笑みかけた。
「上手くいくもなにも、もうカルロ様とは半年程お会いしておりませんわ」
「え?なぜ・・・」
「あ、ミロード様、カルロ様が居ましたわよ、ほらあそこに」
ミロードが、ランジュが扇で指した先を視線で辿ると、そこには別の令嬢の腰に手を回すカルロがいた。
「カルロ・・・あいつ何のつもりだ?ランジュ、あの令嬢は誰だ?」
「ええと、たしか・・・ジャ・・・ジュ・・・あ、ジュスティーヌさんだったかと。リオーネ伯爵のご令嬢で、カルロ様の恋人ですわ」
「は?恋人?」
「ええ。今カルロ様の左隣にいらっしゃるご令嬢も、たしかそうですわ。あの方は男爵令嬢だったかしら、名前はすみませんが忘れてしまいましたわ」
「はぁ?恋人が二人?」
「いいえ、恋人は片手では足りませんわ。それよりミロード様、遅れましたが、おかえりなさいませ」
ミロードは先週、留学先から戻ってきたばかりだった。
「あ、ああ・・・ただいま。なぁ、ランジュ」
「はい」
「いいのか?カルロが君以外と居ても」
「良いも悪いも、仕方の無い事ですわ。わたくしは政略結婚の婚約者なだけですわ。カルロ様が現在のカルロ様の恋人達を卒業後どうされるのかは分かりませんが、わたくしの邪魔にならなければどうでもいいですわ」
「ランジュ、君はカルロを好いていたのではないのか?」
「ふっふふ、ミロード様、何おっしゃってますの?あんな女好きな方、好く方が難しいですわよ?婚約は王家からでしたから、断れませんしね」
「そう、なのか・・・」
「ところでミロード様、ミロード様は留学先で婚約を結んだと聞きましたわ。おめでとうございます。今日はいらしてませんの?」
「あ、ああ、その話は無くなったんだ」
「あら?そうでしたの。ミロード様の婚約者様ならお会いしたいと思ってましたのに、残念ですわ」
「あのさ、ランジュ」
「はい」
「カルロをやめて、俺にしないか?」
「あら、ミロード様、それは難しいですわ。わたくしは公爵家の長女で一人っ子。ミロード様は王太子様ですもの。お互い家を継ぐ義務がありますわ」
「それは・・・そうだが、俺はてっきりランジュがカルロを好いて婚約しているのだと思っていたから、諦めたんだ」
「ミロード様・・・ありがとうございます、嬉しいですわ」
「ランジュの方は・・・」
「あら、ミロード様、カルロ様が何やら壇上に上がられましたわよ。何をなさるのかしら?」
「え?・・・本当だ、何を始める気なんだ」
ランジュが壇上のカルロを横目に、今のうちにと様々な料理を載せた皿からタルトをひとつ選んだ時、カルロが声を張り上げた。
「ランジュ・エスペンザ公爵令嬢、お前との婚約を破棄する」
美味しそうに1口サイズのタルトを齧っていたランジュに、皆の視線が集まった。
「ランジュ、聞いているのか!?」
答えたくとも、ランジュは今タルトを咀嚼中なのだ。
手のひらで『待って』と合図し、先程確保していた果実水で喉を潤す。
ランジュはバサッと扇を広げ、ようやく壇上のカルロに返事を返した。
「お待たせして申し訳ありません、カルロ様。まさか食事中に話しかけられるとは思っておりませんでしたもので・・・ええと、婚約破棄でしたか?」
「チッ、いちいち腹の立つ物言いだな!そうだ、婚約破棄だ」
「さようでございますか」
二人の様子を窺っていた他の生徒は、ランジュがまだ何か続けるのを待っているのか、しーんとしている。
「ランジュ、何か言うことがあるだろう」
「・・・言うこと?でございますか?いえ、特には」
「お前は私の恋人達にした非道な行いを悔いる気持ちはないのか!?」
「・・・非道な、行い?とは」
「知らぬと申すか!お前のような悪辣非道な女が王妃になり、国母となるなど、私は許せん!」
ここで、周囲がざわっと騒ぎ出した。
「えっ、王太子様ってミロード様よね?」
「いつの間にか代わったのか?」
「いや、そんな発表なかったぞ?」
ランジュは、気付く人は気付くわよね、と扇に隠した口から小さな溜息を吐いた。
「カルロ様に許して頂かなくとも、わたくしは元より国母になる予定はございませんけれど?」
「は?何を言っている!お前のような悪女なら私の妻になり国母の地位を狙うに決まってるではないか」
「カルロ」
あまりの馬鹿発言に、口をあんぐりと開けていたミロードが、ようやく復活してカルロを呼んだ。
「・・・ミロード?お前、帰ってたのか」
「ああ、先週な。それより聞かせてくれ。なぜお前の妻が国母になるんだ?王太子は俺のはずだが」
そう、双子でも、王太子はミロードと、幼少期に発表されている。
「ミロード、私達は双子だぞ?王太子が代わる可能性なんていくらでもある。今はそんな話をしている場合ではない。私はランジュに婚約破棄を突きつけているんだ。ミロードは少し黙っていてくれるか」
「カルロ、お前・・・」
「ミロード様、先にこちらの話を終わらせますので、少しお待ちいただけますかしら。カルロ様、かしこまりました。では婚約を破棄させて頂く書類をお持ち致しますので、パーティーの途中ではありますが下がらせて頂きますわね。あ、そうですわ、先程の非道な行いとやらに心当たりはございませんが、もしカルロ様の恋人達が何やら申されてるようでしたら、こちらの王家の影の方からの調査結果をお読み下さいませ。ではごきげんよう」
いつの間にやらランジュの後ろに控えていた人物が、カルロの元とミロードの元に分厚い書類を手渡した。
書類のタイトルは『カルロ様の恋人たち』。
カルロがペラペラと報告書を捲るのを、その横から覗き込んでいた恋人達は、次第に顔が青ざめていき、一人二人とその場に崩れた。
ランジュはホールの入口からそれを眺めると、無機質な顔でホールを後にした。
一方、同じ報告書を見ていたミロードは、ワナワナと顔を赤くし、壇上のカルロの元へと駆け上がると、読み終えた報告書でバシーンとカルロをぶっ叩いた。
「み、ミロード!何をっ」
「カルロ、黙れ。そこの者、こいつら纏めて城へ連行しろ」
「いやぁ!」「ミロード様!お許しを!」
「ミロード!?なぜ私まで!」
「黙れと言っている!」
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後日、エスペンザ公爵家から出された『婚約破棄の書類』はもちろん、公爵家からの破棄の書類。
『こんなに悪辣非道な恋人達をたくさん侍らせる殿方を、王子とはいえ公爵家に婿入りさせる事はできない』
これが公爵家からの破棄理由だった。
ランジュから影に捜査依頼をするまで、カルロの女性関係を見ないふりをしていた国王と正妃だが、影の報告書を読んでしかたなく破棄に同意し、公爵家に慰謝料を払った。
カルロは王位継承権剥奪の上、子が出来ない魔術をかけた上で騎士団の見習いへ。
カルロの恋人達も、ランジュに冤罪をかけたとして、それぞれ公爵家に慰謝料を支払い、中には没落しかけているところもあるとか。
「ランジュ、今日は改めて君に婚約を申し込みに来たんだ」
カルロとの騒動がようやく落ち着いたある日、公爵家の応接室に、ミロードが来ていた。
「あら、本気でしたのね」
ランジュがコロコロと鈴の音のような声で笑う。
「もちろん、幼い頃から好きだったからね」
立ち上がってランジュの前に跪いたミロードが、ランジュの手を取・・・ろうとしたのだが。
「ミロード様、プロポーズの前にこちらを」
笑顔のランジュの手にあるのは、何かの報告書の束。
ミロードが渋々と手に取って目にしたタイトルは、『ミロード様の恋人達』。
「なっ・・・」
「ミロード様、さすが双子ですわね」
そう、ミロードは留学先で婚約者候補だった第三王女の他に、何人もの恋人を作り、それに怒り狂った王女が婚約を嫌がり、結局婚約の話は流れたのだ。
「まぁ、まだ正式に婚約してなくて良かったですわね?カルロ様のように婚約破棄なんてなってたら、あちらの国王にさらに恨まれてましてよ?婚約破棄の原因が男性でも、女は傷モノ扱いなのですから」
ランジュは冷たい目で言い捨てると、応接室を後にした。
ランジュの母は侯爵家の次女で、現王の婚約者だった。
しかし現王妃に冤罪をかけられ、婚約は破棄。
その後、母をずっと想っていた幼なじみと結婚した。
それがエスペンザ公爵の現当主だった。
そもそも母は、最初から父を慕っていた。
それが王家からの政略婚約を結ぶことになり、母は父を諦め、父も母を諦めるために、しばらく留学と称して国を出ていた。
なのに母は、冤罪をかけられ瑕疵があるとされ、婚約破棄された。
18歳を迎えていた母には、もうあらたな婚約など結べる家があるわけがなかった。
しかし、母を想い続けた父がそれを聞きつけ、帰国してすぐに二人は結ばれた。
ランジュは幼い頃、この話を祖母から聞いていた。
そして自分が王子の婚約者になった時から、もし自分も同じような事になったら、冤罪なんてかけさせてたまるか、と幼いながら決意していた。
そして実際今回の事が起き、ランジュはやり切ったのだ。
「王子達、呆れるほど親にそっくりね・・・。お母様とお祖母様のお二人の復讐にもなったかしら。さて、この国の王子には未来もないし、お父様に国外に出る相談をしようかしら」
ランジュはスキップしそうな足取りで、父の執務室へと足を向けた。
ちょっと暗めの話を書こうと思ってたんですけど、まったく暗くならなかったです。
ランジュの性格は、見方によると暗いかもしれない。